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5.断れません
断れません②
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エレベーターの前で深くお辞儀をする。
ドアが閉まって、翠咲は終わった……と思った。
判決が出たのならば、もう自分にできることはなくて、粛々と上司である沢村の指示に従うだけだ。
それにしても渡真利すらお見事、と言わせた倉橋の手腕はやはり素晴らしいのだろう。
『まかせなさい』
そう言った時の倉橋が、翠咲の頭をよぎる。
有言実行って、カッコよすぎでしょ。
翠咲は、その日の仕事を少し早めに片付けて、エレベーターで階下に降りる。
今日は気持ちが一区切りついたので、早く帰りたかったのだ。
すると、ロビーのソファで倉橋弁護士が座っているのを見かけた。
翠咲の姿を見て倉橋が立ち上がるので、翠咲もソファーセットに向かって歩いていく。
「倉橋先生、まだいらっしゃったんですね。お疲れ様です」
「いや、今日は結構早いんだな」
「はい。おかげさまで案件が一段落しましたし今日はもう帰ってしまおうかと思って」
「なら、食事に付き合わないか?」
「え……?」
前も思ったのだが、なぜ翠咲なのだろうか?
どうしよう……。
行きたいけど、断りたいような。
そんなことを頭で考えて俯くと、頭の上から倉橋の声が降ってくる。
「断っても構わないが……元町ヴィラだぞ。」
その声に反応して、翠咲はつい顔を上げてしまった。
「それは……断りづらいです」
元町ヴィラは予約の取れない店として有名なレストランだ。
シェフのおまかせコースしかないお店で高くはないが、味に間違いはないのと、サービスがとにかく素晴らしいと聞いている。
一度行くとファンになってしまうようなお店なのである。
以前にこの店を気に入った客が、同じ月に別のお客様を連れて訪問したところ、一度目とは全く違う料理を出してくれたということがあったそうだ。
気遣いが半端ないのだと。
口コミが口コミを呼び、予約が取れない店になっている。
翠咲も一度行ってみたいとは思っていたけれど、縁がなくて訪ねることが出来なかった店だ。
断らないと見てとった倉橋が翠咲に声をかける。
「タクシーで行こう」
倉橋は翠咲を連れて、さっさとビルの前でタクシーを止め、ドアを開けて待っていた。
「あの!私行くって言いました?」
「断れないっていうのは、行く、ということじゃないのか?」
「まあ……そうですけど」
「行きたくないのか?」
そんな訳はない。
機会があれば絶対に行ってみたいと思っていた店だ。
「行きたいです。ただ……」
「じゃあ、タクシーに乗って。運転手がずっと待っている」
そうして2人でタクシーに乗り、翠咲は首を傾げた。
なぜ、翠咲なのかな……と思うのだ。
「で、ただ? なんだって?」
「私で良かったのかなって」
ちょっとふざけて、翠咲は笑って見せた。
「君と行きたかったから」
まさか、真顔でそんな返事が返ってくるとは思わないではないか。
車に2人きりだと……いや、もちろん運転手はいるのだが、こんな時に限って運転手も全く喋ってくれなかったりして、微妙に気詰まりな沈黙が流れる。
気詰まり……なんて思っているのは私だけか。
倉橋に限ってはそんなこともなく、全く普段通りに見えるからだ。
この人が気まずいなんて、感じる訳がないしね。
君と行きたかった、とはどういう意味なのだろうか?
打ち上げ?的な?
「倉橋先生、……あの、すみません。私が来ちゃって」
何だかいたたまれなくなって、翠咲はそっと倉橋に話しかけた。
「どういう意味だ?」
ちらりと翠咲を見た倉橋は、緩く首を傾げる。
ドアが閉まって、翠咲は終わった……と思った。
判決が出たのならば、もう自分にできることはなくて、粛々と上司である沢村の指示に従うだけだ。
それにしても渡真利すらお見事、と言わせた倉橋の手腕はやはり素晴らしいのだろう。
『まかせなさい』
そう言った時の倉橋が、翠咲の頭をよぎる。
有言実行って、カッコよすぎでしょ。
翠咲は、その日の仕事を少し早めに片付けて、エレベーターで階下に降りる。
今日は気持ちが一区切りついたので、早く帰りたかったのだ。
すると、ロビーのソファで倉橋弁護士が座っているのを見かけた。
翠咲の姿を見て倉橋が立ち上がるので、翠咲もソファーセットに向かって歩いていく。
「倉橋先生、まだいらっしゃったんですね。お疲れ様です」
「いや、今日は結構早いんだな」
「はい。おかげさまで案件が一段落しましたし今日はもう帰ってしまおうかと思って」
「なら、食事に付き合わないか?」
「え……?」
前も思ったのだが、なぜ翠咲なのだろうか?
どうしよう……。
行きたいけど、断りたいような。
そんなことを頭で考えて俯くと、頭の上から倉橋の声が降ってくる。
「断っても構わないが……元町ヴィラだぞ。」
その声に反応して、翠咲はつい顔を上げてしまった。
「それは……断りづらいです」
元町ヴィラは予約の取れない店として有名なレストランだ。
シェフのおまかせコースしかないお店で高くはないが、味に間違いはないのと、サービスがとにかく素晴らしいと聞いている。
一度行くとファンになってしまうようなお店なのである。
以前にこの店を気に入った客が、同じ月に別のお客様を連れて訪問したところ、一度目とは全く違う料理を出してくれたということがあったそうだ。
気遣いが半端ないのだと。
口コミが口コミを呼び、予約が取れない店になっている。
翠咲も一度行ってみたいとは思っていたけれど、縁がなくて訪ねることが出来なかった店だ。
断らないと見てとった倉橋が翠咲に声をかける。
「タクシーで行こう」
倉橋は翠咲を連れて、さっさとビルの前でタクシーを止め、ドアを開けて待っていた。
「あの!私行くって言いました?」
「断れないっていうのは、行く、ということじゃないのか?」
「まあ……そうですけど」
「行きたくないのか?」
そんな訳はない。
機会があれば絶対に行ってみたいと思っていた店だ。
「行きたいです。ただ……」
「じゃあ、タクシーに乗って。運転手がずっと待っている」
そうして2人でタクシーに乗り、翠咲は首を傾げた。
なぜ、翠咲なのかな……と思うのだ。
「で、ただ? なんだって?」
「私で良かったのかなって」
ちょっとふざけて、翠咲は笑って見せた。
「君と行きたかったから」
まさか、真顔でそんな返事が返ってくるとは思わないではないか。
車に2人きりだと……いや、もちろん運転手はいるのだが、こんな時に限って運転手も全く喋ってくれなかったりして、微妙に気詰まりな沈黙が流れる。
気詰まり……なんて思っているのは私だけか。
倉橋に限ってはそんなこともなく、全く普段通りに見えるからだ。
この人が気まずいなんて、感じる訳がないしね。
君と行きたかった、とはどういう意味なのだろうか?
打ち上げ?的な?
「倉橋先生、……あの、すみません。私が来ちゃって」
何だかいたたまれなくなって、翠咲はそっと倉橋に話しかけた。
「どういう意味だ?」
ちらりと翠咲を見た倉橋は、緩く首を傾げる。
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