【R18】星屑オートマタ

春宮ともみ

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5.星屑をこの胸に飾って *

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「おねーさん。、ってところ?」
「……」

 図星を突かれ思わず押し黙る。私の顔を覗き込んでいる千歳くんの瞳には、一目でわかるほどの憂色が浮かんでいた。初対面の人間からもこうして心配されるほど――今の私が醸し出しているオーラは暗いのだろうか。身体の奥底から込み上げてくる情けなさに、小さく肩を落としてため息をついた。彼は私の無言の肯定を受け取り、ゆっくりと歩みを進める。

「男なんて、星の数ほどいるでしょ。そこまで落ち込まなくても良さそうだけど」

 周囲はもう暗く、あっという間に彼の背中の輪郭が曖昧になっていく。その背中を追うように足を踏み出した。
 男も女も、この地球上に星の数ほどいるのは私だって理解している。でも、そんな使い古されたような言葉で3人連続フラれたことを割り切れるほど……私はデキた女ではない。容姿端麗で気遣いも出来る、モテる部類であろうそんな人間から投げかけられたことも癪に障る。思わず嫌味のような言葉が口を衝いた。

「それはあなたがフラれたことがないからそう思うのよ?」
「なんで僕がフラれたことがないって思うの?」

 少し先を行く千歳くんが私を振り返った。傷心中の、その上初対面の人間を構って何が楽しいのだろう。ぼんやりとした電灯の明かりに照らされた彼の表情は、何を考えているのかさっぱり読めない。
 『女に苦労したことがなさそう』という言葉は少しばかり辛辣すぎるだろうか。一瞬躊躇い、僅かに濁したそれに近い言葉を投げかけた。

「……だってモテそうだもん」
「僕、全然モテないんだけどなぁ」
「うっそだぁ」

 こんなイケメン、世間で放っておかれるわけがない。それこそ私と違って引く手数多だろう。
 コツコツとヒールの音をさせ、彼を追い抜きながら春の満天を仰ぎそっと呟いた。

「いいの。私、もうこれからひとりで生きてくって決めたから」

 三十路に足を踏み入れたばかり。婚活を始めても可能性が無いわけではないだろう……けれど。
 疲れた。面倒だ。それが正直な言葉。ここからまた新たに出会った人間と1から関係を築いていかねばならない。相手を信じたい、でも信じられない、という感情に心をすり減らし、星屑が積もっていく日々をループするだけ。もうたくさんだ。
 やはり彼はモテる部類の人間なのだろう。目の前の人間が落ち込んでいるとわかればこんなにも流麗に、そして歩調までも合わせて的確に宥めていくのだから。

「信じられる人間もいれば信じられない人間もいる。恋愛だけじゃないよ。仕事上、嘘を吐くだけの詐欺師みたいな人間もいるし、真面目に頑張っている人間もいる。そうでしょ?」
「そりゃ……そう、だけどね。もう十分だって。わかってるから」

 私のこの感情は二枚目の男にはわからないだろう。これ以上私に構わないでほしい。そんな心持ちから少々乱雑に言葉を放った。
 私の真横を歩いていた千歳くんがぴたりと足を止める。

「う~ん。この状況、普通はもっと警戒した方が良いと思うんだけどね」
「……え?」

 暗闇に紛れるような小さな声が聞き取れなかった。思わず私も足を止め聞き返すと、するり、と。彼の長い指で顎を捕らえられた。
 周囲にはもう人影はなかった。逃げられない、と、理解した時にはもう遅かった。
 彼の乾いた唇が、私の唇に優しく重なった。唐突な行動に抵抗もできず、何が起きているのかを理解するのにひどく時間を要した。
 小さなリップ音が耳朶を打つ。呆然としていると、彼がふっと小さく笑みを浮かべた。ゼロ距離にあるその瞳に我に返り、瞬時に顔が染まる。

「なっ、なっ……!?」
にこんな気を起こす男もいる、ってこと」

 くすくすと目を細めて笑みを浮かべた千歳くんの表情。マスターとの会話で私の名前を覚えてくれたのだと理解すると同時に――すとん、と腑に落ちる。

(慰めて……くれた、ん……だ)

 あの店を出る時。『私相手にそんな気起こすようなひとはいないから』と口にしたことを否定するための行動だったのだ、と。理解してしまった。
 彼にとっては、落ち込んでやさぐれた人間を落ち着かせるための気まぐれな行動だったのかもしれない。けれども、一瞬。、してしまった。ただの慰めだとわかったら――不思議なことにひどく哀しくて、虚しかった。愉しそうな光を宿した瞳の輪郭がじわりと滲んでいく。

「どうせ慰めるなら、もっとちゃんと慰めてよ……」

 震えるような私の声に、顎を捕らえた彼の手がぴくりと動いた。



 ***



 千歳くんは何も言わず、私の手を引いて――妖しげなネオンが光る場所へと私を導いていった。
 部屋の扉が閉じられ、鍵を下ろす音が聞こえると同時に身体が跳ねた。彼がふっと小さく吐息を零しつつ、私を後ろから抱き締める。森林を連想させるどこか親しみやすい香りが鼻腔を掠めた。

「緊張してる?」
「……信じ、られなくて」
「僕が?」
「ちが、」

 胸の奥で大きな鼓動を刻む心臓。じっとりと口の中が湿っていく。

「……私、が」

 自分が信じられなかった。だって、身持ちは堅いはずだった。これまで交際する前に身体を許すなんて一度もなかった。それが――自分からきちんと慰めてくれと男性に持ち掛けてしまうなんて。それこそ……ドラマの中の一幕みたい、で。いざベッドそれを目の前にすると妙に冷静になってしまう。
 急速に機能していく思考回路。引く手数多の彼には現在進行形の交際相手がいるのでは? もしそうであればこの状況は絶対的によろしくない。浮気されていたと知った時の絶望感を思い返し、慌てて身を捩り彼の腕から抜け出した。

「ご、ごめん。その、今彼女さんとかっ、!?」
「気にしなくていいから」

 言葉を遮られ、呼吸ごと強引に塞がれる。何度も唇を優しく啄まれ、身体の奥を焦がす焔が緩やかに灯されていく感覚に、思考回路がゆっくりと停止していく。
 とすん、と、優しくベッドに押し倒された。彼がするりと枕元に手を伸ばす。酸素が足りずぼうっとしたままその手の行く先を追うと、彼の手にはホテル備え付けのフェイスタオルが掴まれていた。

「僕じゃなくて……この前フラれたひと、とか」

 細長く折られたそれが私の目元にあてられ、枕と頭の間に差し込まれる。彼の心配りを察して、そっと首を上げた。
 私が、ちゃんと慰めて、と……口にしたから。だから、違う人に抱かれてると思えばいい、と。彼はそう言いたいのだと思う。鈍ってしまった白痴状態の脳内でも、彼の気遣いはしっかり受け取る事が出来た。

 真っ白な視界の中、衣擦れの音だけが聴覚を刺激する。彼の熱い指先が緩やかに私の唇をなぞっていく。何も見えない中、聴覚と肌感覚だけが鋭敏になっているように思えた。
 ふたたび唇が軽く触れ合わされる。軽いリップ音が繰り返される。啄ばむようなそれが貪るような深いものへと切り替わっていく。半ば強引に唇が開かれ、熱い舌が歯列をなぞる。先ほどとは違う、生々しく官能的な口付けだった。

「ん……ふっ…んん、ぁ」

 漏れた声の甘ったるさに自分でも驚いた。その間にも彼の手は私のブラウスのボタンにかかり、その下のブラジャーを押し上げていく。ふたつの膨らみの柔らかな感触を楽しむようにふにふにと揉まれ、時折蕾を掠める指にびくりと身じろぎしてしまう。
 千歳くんの唇が私の首筋を軽くみながらキスを落とした。ざらりとした舌で鎖骨をなぞられるたびに身体の奥がじんと痺れていく。熱い手のひらの中でその存在を誇示しだした蕾がきゅっと摘まれる。

「ひゃっ、あっ……んっ…」

 途端、背中が反り返った。まるで彼に胸を差し出すような形になり、羞恥心から思わず唇を噛んで顔を背けた。

「ふあっ……っ、ん、あっ…」

 緩やかに吸いつかれ、転がされ。かと思えばざらりと執拗に舌先で舐め上げられていく。胸元に感じる熱い吐息が思考を奪っていった。
 熾火のような何かが胸の奥を、身体の芯を焦がす。とろりと零れた蜜の感覚に両膝を擦り合わせると、彼の膝がそこに差し込まれた。私には彼の姿も表情も見えないのに、彼には私の痴態が見えている――かっと全身が赤くなるように感じた。
 やがて千歳くんの唇が胸元を離れ、つぅ、と下腹部へと下りていく。彼の手が私のスカートのファスナーをおろし、はだけたショーツと肌の隙間に口付けた。左の膝裏に手が宛がわれ大きく持ち上げられた瞬間、彼の思惑を察してタオルの下で目を瞠る。

「やっ! まって、シャワー行ってなっ、……あぅっ!」

 慌てて脚を閉じようとするも、片脚は既に彼の手によって押し上げられておりそれは叶わない。その舌がショーツ越しにぷくりと膨れた芽をつついた。瞬間的に一層高い嬌声を上げて、背中がくんっと仰け反る。千歳くんの動きを止めようと手を伸ばすけれど、舌の動きがどんどん大胆になっていく。

「ひゃあっ……ああっ、んっ…あっ」

 ショーツ越しの感覚に頭が沸騰しそう。不意に、クロッチをずらされ熱い舌が濡れそぼった秘裂にするりと滑り込んでくる。

「んんんっ! あっあっ…んあっ……やんっ」

 指とは違う舌の動き。時折じゅっと啜るような音がする。その音の意味を理解し、ぞくりと背筋が甘美に打ち震えた。

「あああっ…、だめっ、そんなのっ、や…っああっ」

 夥しいほどに湿っていることを自覚した。真っ赤に熟れているであろう秘裂にひたすら繰り返される丁寧な愛撫。交代、と言わんばかりにつぷりと指が埋められ、続けざまに大きく膨れる秘芽がざらりとした舌で舐めあげられた瞬間、バチンと視界が弾ける。

「あっ、ぅ、――ッ!!」

 くんと足の指がつっぱり、身体中が酸素を求める。蠕動するナカの感覚に達したことを悟ったであろう千歳くんがふっと息を零した。


 正直、元カレたちと身体を重ねてもここまでの快感は経験したことが無い。いつも感じているフリ、イッたフリをしていたくらいなのに。だからこそ自分の身に起こっている事実ことが余計に信じられず、混乱していた。


 膝を固定していた手が離され、するりとショーツが剥がされる。真っ白に染まった思考に派手な水音が届いた。ナカで蠢く指がざらりとした内壁を擦り上げていく。

「っあ、ああっ、くぅっ、ああああっ!!!」

 脳内が白く弾けた。喉の奥が、全身が痙攣する。痙攣がおさまらない内に、ナカを蠢く指が増える。舌で尖った秘芽が撫で上げられ、ナカでバラバラに指を動かされていく。バチバチと連続して視界が眩く弾け、息をつく間もなく今度は最奥を容赦なく揺らされていく。

「あああっ、まって、ぅんんっ!!」

 ひたすらに繰り返される優しい愛撫に気が狂いそうになる。

 痛みを感じないようにという千歳くんの心配りだろうか。まるで恋人同士のように錯覚してしまうではないか。そんな義理は彼にはないはずなのに。どうせ今宵限りの関係なのだから、乱暴に抱いたって構わないのに。

 ぼやけた思考の中でただただそれだけが浮かび、立て続けに何度も視界がスパークしていく。許容を超えた身体の震えが止まらない。思わず腕を動かしてぎゅうと枕を掴んだ。

「っ、あ、ああああっ!!」

 ふたたび身体が弓のようにしなって、頭が真っ白になる。次の瞬間、熱い昂ぶりが泥濘んだ秘裂に押し付けられ、一気に押し込められた。圧倒的な質量に息が詰まる。

 はくはくと口を動かし、声にならない声で叫ぶ。真っ白に染まった思考。熱い。ただただ、熱い。蜜壺を占領する熱い質量が苦しい。

「痛い?」

 行為が始まってから初めての言葉だった。違う人に抱かれていると思えばいいと彼は言っていたからこそ、これまで一言も言葉を発しなかったのだろう。不安げに小さく問いかけられた声色にふるふると頭を振る。痛みは無い。けれどもあまりの質量に苦しさが勝っている。

「良かった」

 安心したような声色が落ちてくる。千歳くんはすぐには動かず、私の額や髪に何度も小さくキスを落としていく。愛おしそうに、慈しむように繰り返されるそれに、思わず胸が高鳴った。


 期待してはだめだし、勘違いしてもだめだ。彼は慰めに抱いてくれているだけなのだから。


「う、ごいて……いい、から」

 壊れ物のように大切に抱かれては私が持たない。彼に不用意に入れ込んで、これまでのように心をすり減らすのはもうたくさんだ。割り切った関係でいたい。溢れそうになる涙を堪え、震える腕で彼の汗ばんだ胸板を押し返す。

 荒い呼吸のまま紡いだ私の言外の主張。視界が塞がれ彼の表情を確認することもできない私は、彼がその言葉をどう受け取ったのかはわからない。


 いや――わからなくてもいい。わからないままでいたい。


 ぎしりとスプリングが軋む音がして、ゆっくりと硬い先端が蜜壺の入り口まで引き抜かれた。
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