【R18】星屑オートマタ

春宮ともみ

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6.満たされては燃え落ち、朽ちてゆく *

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 そろりと引き抜かれた昂ぶりが一気に押し込められる。

「ひ、あぁっ!」

 最奥を穿つ甘く鋭い感覚に下腹部がひくりと波打ち、背筋がくんっとしなる。思わず足の指先でシーツを握り締めた。ふたたび軽く視界が白く瞬いたような気がしたけれど、その白さが達したからなのか、目元を覆うタオルの白さなのかの判別はもう出来なかった。
 反射的に上へ逃げようとする腰が千歳くんの熱い手のひらに囚われる。ぬるりと潤った陰部から、ぐじゅ、ぱちゅ、と生々しい水音が響いた。ゆっくりと揺れる腰。激しくはなく、けれども高みへと確実に追い詰められていく。

「んっ、あぁ、ふ、ぅんっ」

 緩やかに突き上げられるたびに腹部の奥から快感が這い上がってくる。甘く苦しい疼きにひどく鼻にかかった嬌声が零れ落ちていった。限界まで怒張した屹立が肉壁を抉り、更に奥深くへと分け入ってくる。眦から生理的な涙が溢れ、こめかみに伝い落ちることもなく視界を遮るタオルへ吸い込まれていく。

「あああっ!」

 不意に結合部がねっとりと擦り合わせられ、ぴんと張りつめた秘芽がゆっくりと彼の恥骨で潰される。途端、身体の奥底で燻っていた悦楽が一気に弾けた。眩いものが押し寄せる津波のように勢いよく全身へと広がって行き、脳天へと突き抜けていく。

「あ、っ、んんんっ」

 恐怖心を感じるほどに私のナカがひくつき、彼の熱い楔を離さない。胸の奥がひどくむずがゆい。それはまるで、こんな風にひたすらに優しく慈しむような抽挿ではなく、叩きつけるような激しい律動が欲しくて我慢できないのだ、と――内なる私が言っているような気がした。

 肌が触れ合うたびに与えられる快楽に、どんどん理性がぼやけていくのを感じる。気が狂いそうになるほどの快感のうねりが私を次々と襲っていく。
 それでも最後の力を振り絞り理性のカケラだけは手放さなかった。千歳くんに入れ込んでしまわないように、と――淫欲の波に幾度もさらわれても、『愛されている』と錯覚しそうになるほどの優しい睦み合いに心をかき乱されても。彼のしなやかな身体にしがみつくことだけはしなかった。



 何度私が昇りつめても、千歳くんが果てる素振りはなかった。ひたすらに甘く、でも確かな灼熱を刻まれ続けた。

 どこか俯瞰した部分で、視界を閉ざされていて良かったと感じた。彼の姿を、その表情を見つめてしまえば――込み上げてくる言いようのない慕情を見抜かれてしまうと思ったから。



 最中の千歳くんはずっと無言だった。いや、楔を埋め込む際に痛くないかと確認されただけ。それから彼が果てた時に、何かを堪えるような声を落としただけ、で。



「やよさん? そろそろ起きないと、帰れなくなるよ?」

 気が付けば、寄せては返す波のような、穏やかで優しい余韻に包まれ微睡んでいた。はっと我に返り周囲を見回すと、目元を覆っていたタオルは取り払われ私の身体にはふかふかの掛け布団がかかっている。視線を動かせば苦笑いを浮かべた千歳くんの表情が視界に映りこみ、こみ上げてくる申し訳なさから勢いよく上半身を起こした。

「そのっ、ごっ、ごめんなさい!」
「え?」

 掛け布団を引き寄せ胸元を隠しつつ頭を下げると、困惑したような声が耳に届いた。

「慰めて、なんてワガママ言って付き合わせて……彼女さんを裏切らせちゃって、本当にごめんなさい」

 振り返れば振り返るほど、黒く塗り潰されていく感情。脳内にとびっきり美人な女性が涙を零し顔を伏せているシーンが克明に浮かんだ。私の想像の中の――千歳くんの彼女。私が軽率に放った考えなしの一言のせいで、顔も知らない彼女を傷付け彼を道ならぬ道に引きずり込んでしまった。元凶は紛れもなく私だ。どれほど謝罪したって償えるはずもない。

 なんて馬鹿なことをしたのだろう。頭を下げたままぎゅうと唇を噛んだ。すると、大きなため息とともに呆れたような声が落ちてくる。

「だ~から。彼女なんていないって。いたら他の女なんて絶対に抱いたりしないから」

 ベッドの上で胡坐をかき、困ったように頭を掻きつつ紡ぎだされた言葉。その言葉の意味を受け取り、そろりと顔を上げた。

「……本当?」
「うん、本当。僕、そんなにチャラそうに見える?」
「え、と。その……」

 おずおずと投げかけた問いに問いが返される。見るからにモテる部類の男の人から大真面目な表情で見つめられ、答えに窮した。真っ直ぐに私に向けられた瞳は曇りを感じさせない。けれどもこんな見目も抜群、気遣いも出来るひとが今現在フリーであるなんて、私が生きてきた世界線上ではありえないことに近く、どうしたって信じられなかった。何一つ言葉が出てこず視線を彷徨わせていると、彼は手を伸ばし私の髪をくしゃりと撫でた。

「今は本当にフリーだから。やよさんが気にすることないよ」

 その表情に、思わず目を奪われた。柔らかく目元を下げ微笑んだ彼の表情はどこか寂しげで、まるで――

(想い人が……いる、のかな)

 どんなに手を伸ばしても届かない。彼の心の中にはそんな人がいるのだ、と……そう思わされるような、表情に思えた。

 もしかすると、私の視界を遮ったのは私への配慮だけでなく、も理由だったのかもしれない。想いが届かない人の代わりに私を抱いていたのだろうか。そう考えれば、まるで恋人に接するように……ただただ甘く優しく抱かれた理由に腑に落ちるものがあった。


 この世界は叶わない願いで溢れている。決して手に入れられないものがある。その事実を知り、噛みしめ、日々を歩いていく。知らず知らずのうちに、星屑のような何かが心に積もっていく。もしかすると、彼も……私と同じ、心の中に星屑を抱えた人間なのかもしれない。


「さて、やよさん。もうやさぐれなくてよさそうかな?」

 伸ばした手を引っ込めくすくすと目を細めて笑みを浮かべた彼の表情は、ちょうど数時間前に路地裏でキスを落としてきた時の表情に似ていて。優しく、それでも力強く引き寄せられたあの瞬間の千歳くんの手の感覚が蘇り、かっと顔が赤らんだ気がした。

「あっ、う、うん。ありがとう、ございました」

 不思議なことに、胸の中に抱えていた『もうどうでもいい、面倒だ』という感情は薄れていた。初対面の人間に抱かれただけなのに、どうしてこんな心境になったのかはわからない。……今すぐに未来に向かって歩みだせるほど、感情の整理がついたわけでもない、けれど。
 いつぶりだろうか。こんな前向きな心境になれたのは。待っていても幸せは降ってこない。30にもなって、夢見る夢子ちゃんじゃいられないことはわかりきっている。女性としての幸せを掴むことは出来ないかもしれないけれど、せめて一人でも胸を張って堂々と生きていける日々を重ねていきたい。
 こんな気持ちになれたのは、紛れもなく千歳くんが真正面から、真っ直ぐ私に向き合ってくれたから、だ。改めて姿勢を正しそっと頭を下げると、彼はおどけたように大袈裟に肩を竦めた。

「お礼を言われるほどのことじゃないよ? だってになっちゃったからねぇ。あっ、マスターにバラさないでね? もうあの店に行けなくなっちゃうから」

 千歳くんはいたずらっぽく笑みを浮かべ、私の唇に人差し指を当てた。無邪気な子どものような笑顔に、とくんと胸が高鳴った気がしたけれど。

「そろそろ帰ろっか。それとも泊まってく?」
「あ、ううんっ。帰る」

 彼の問いにぶんぶんと頭を振り、馬鹿げた思考を振り払う。この胸の高鳴りは気のせいだ。彼は私を好きで抱いてくれたわけではない。優しい彼はきっと問い正しても口を割ることはないだろうけれど、私に想いが届かない人を重ねていただけなのだろうから。
 身体の奥は睦み合いの余韻が気だるく感じるほど強烈に残っている。早くこの場を出ないと、駐車料金が跳ねあがってしまう。経済的に余裕がないわけではないものの、軽率に不必要な出費を重ねたくない。
 淫靡な熱を灯し続ける身体を懸命に動かすけれど、腰から下が言う事を聞かなかった。それでも必死にベッドから降りると身体を支えきることが出来ず、生まれたての小鹿のようにペタリと床にへたりこんでしまう。私のその様子に、千歳くんがぷっと笑い声をあげ肩を震わせた。

「僕、先にシャワー行ってくるから。まだゆっくりしてたら」

 困ったように笑った彼は床にへたりこんだ私をひょいと難なく抱え上げ、ふたたび私の髪をくしゃりと撫でた。その優しさはありがたかったし、けれども少しだけ堪えるものもあった。



 順番にシャワーを浴び、私がベッドに腰かけてドライヤーをかけている間に他愛もない会話を交わした。

「え、ウソ。千歳くん24歳なの?」
「『くん』は要らないよ、なんかくすぐったいから」
「……ん、わかった。えっと、千歳はあのお店にはよく行くの?」
「会社でも家でもマスターの豆使ってコーヒー飲んでるからね。2週間に一回、土曜日にこうしてマスターから豆買ってるんだ」
「そっか……じゃ、本当に偶然の出会いだったんだね、私たち」
「そうだねぇ……まさかこんなことになるなんて思ってもなかったけど」
「あはは、私もだよ。ワンナイトラブなんて、本当にドラマの中の出来事だと思ってた」

 ごうごうと大きな風が耳元で鳴っている。それに負けないように、お互いに声を張り上げる。……頬に熱い風が当たる。その熱に浮かされないように必死に自分を保った。そうでもしないと、心の隙間に千歳の面影を引き込んでしまいそうだったから。



 身支度を整え、一緒に部屋を出た。千歳に駐車場の方向を尋ねられ、あたふたとスマートフォンの地図アプリを起動する。そして指さした駐車場の場所までともに歩き――

「じゃ、またね」

 ひらりと手を振って、何もなかったかのように。千歳はくるりと踵を返し、宵闇の中に溶け込んでいった。
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