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変わらぬ華やかな世界で ④
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麻子がカメラマンに願いでると、カメラマンはにこやかな表情でそれを快諾した。ふたたび響くシャッター音とともに、明日香たちの笑顔の写真が画面に切り取られていく。心の底から幸せな気分にさせてくれる、かけがえのない瞬間だった。
明日香がカメラマンに頭を下げると、麻子がカメラマンから戻されたスマートフォンを確認したのちに明日香の手の中のスマートフォンを指さした。
「あとでグループチャットの方に送るから、麦沢さんのIDを教えてほしいな」
「あっ、うん……ちょっと待ってね」
明日香が手に持ったスマートフォンのディスプレイをオンにすると同時に、高砂席の新郎側の席に一人の男性が姿を現した。
すらりと背が高く、目鼻立ちが整った端正な面差しをした男性。その瞬間、明日香の心臓が大きく跳ねる。
――せ……いじ、くん……?
明日香の視界に映ったのは一瞬だけだったが、それでも彼のことをすぐに思い出すことができた。両親が健在だった頃、麦沢住建と親しいある資産家が開いたガーデンパーティで一緒に遊んだ男の子。明日香よりも三つ年上で、年齢こそ幼くとも顔立ちは整っていたので、ひどく大人びていた印象があったのを覚えている。
ガーデンパーティには必ず彼と彼の両親が出席していたので、大人たちが難しい話をしているパーティの間はお互いによき遊び相手になっていた。
明日香は驚きで瞳を丸くしたまま、まじまじと彼の横顔を眺める。すると、彼は明日香の視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「あ……」
視線が絡み合った途端、思わず声が漏れてしまう。その瞬間、どくん、と、心臓が確かな鼓動を大きく刻んだ。
彼はあの時の面影を残したまま、大人の色気を感じさせるような笑みを浮かべて軽く会釈をする。まるで昔と変わらない、幼子に向けるようなやわらかな眼差しだった。
それは、明日香の記憶の中にあった彼とまったく同じもので、明日香はなぜだか胸の奥が小さく締め付けられるような錯覚を抱いた。
「……どうしたの、麦沢さん?」
隣に立つ麻子に小声で尋ねられ、明日香ははっと我に返り、慌てて首を横に振る。
「う、ううん! なんでもない」
明日香はそう答えながらも、どこか落ち着かなかった。
どうしてだろう。久しぶりに会ったというのに、彼に対しては懐かしさや嬉しさよりも先に、なぜかいい知れぬ感情がこみ上げてきた。
彼はなぜ、あんなにも親しげなまなざしで自分を見たのだろうか。
「本当に? なんだかぼうっとしているみたいだけれど……」
「大丈夫。ちょっと昔のことを思い出して懐かしくなっただけなの」
明日香は曖昧に笑って誤魔化すと、ふたたび友人の輪の中に溶け込んでいった。
それから、明日香は桃子や友人たちと話を弾ませながら、ちらりと新郎側の席にも視線を向けてみるものの――すでに彼の姿は、高砂席から消えてしまっていた。
明日香がカメラマンに頭を下げると、麻子がカメラマンから戻されたスマートフォンを確認したのちに明日香の手の中のスマートフォンを指さした。
「あとでグループチャットの方に送るから、麦沢さんのIDを教えてほしいな」
「あっ、うん……ちょっと待ってね」
明日香が手に持ったスマートフォンのディスプレイをオンにすると同時に、高砂席の新郎側の席に一人の男性が姿を現した。
すらりと背が高く、目鼻立ちが整った端正な面差しをした男性。その瞬間、明日香の心臓が大きく跳ねる。
――せ……いじ、くん……?
明日香の視界に映ったのは一瞬だけだったが、それでも彼のことをすぐに思い出すことができた。両親が健在だった頃、麦沢住建と親しいある資産家が開いたガーデンパーティで一緒に遊んだ男の子。明日香よりも三つ年上で、年齢こそ幼くとも顔立ちは整っていたので、ひどく大人びていた印象があったのを覚えている。
ガーデンパーティには必ず彼と彼の両親が出席していたので、大人たちが難しい話をしているパーティの間はお互いによき遊び相手になっていた。
明日香は驚きで瞳を丸くしたまま、まじまじと彼の横顔を眺める。すると、彼は明日香の視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「あ……」
視線が絡み合った途端、思わず声が漏れてしまう。その瞬間、どくん、と、心臓が確かな鼓動を大きく刻んだ。
彼はあの時の面影を残したまま、大人の色気を感じさせるような笑みを浮かべて軽く会釈をする。まるで昔と変わらない、幼子に向けるようなやわらかな眼差しだった。
それは、明日香の記憶の中にあった彼とまったく同じもので、明日香はなぜだか胸の奥が小さく締め付けられるような錯覚を抱いた。
「……どうしたの、麦沢さん?」
隣に立つ麻子に小声で尋ねられ、明日香ははっと我に返り、慌てて首を横に振る。
「う、ううん! なんでもない」
明日香はそう答えながらも、どこか落ち着かなかった。
どうしてだろう。久しぶりに会ったというのに、彼に対しては懐かしさや嬉しさよりも先に、なぜかいい知れぬ感情がこみ上げてきた。
彼はなぜ、あんなにも親しげなまなざしで自分を見たのだろうか。
「本当に? なんだかぼうっとしているみたいだけれど……」
「大丈夫。ちょっと昔のことを思い出して懐かしくなっただけなの」
明日香は曖昧に笑って誤魔化すと、ふたたび友人の輪の中に溶け込んでいった。
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