【R18】焦がれた麻痺の限界値

春宮ともみ

文字の大きさ
4 / 19
I'm confusing like a child.

◇ 4 ◇

しおりを挟む
「お前、スリだな」

 瞬哉は斬りつけるようなドスの効いた声色で直球の言葉を投げつけ、すい、と捕らえた男との距離を詰める。瞬哉に腕を掴まれたままの男はどこにでもいそうな風貌の、いたって普通の男性。グレー地の小粋な浴衣を身に纏い、周辺の人たち同様にお祭りを楽しんでいるように見える。……しかし、瞬哉から向けられた言葉に明らかに狼狽えたような表情を浮かべていた。

「なに言ってやがる、そんなこと俺はやってねぇ!」
「センチネルの耳を誤魔化せると思うなよ。お前の袂から尋常じゃねぇ量の小銭の音がする。スッた財布をそこに入れてんだろ」
「おまっ……ノアの!? くっ、そ!」

 放たれた言葉を理解し、一瞬にして青ざめた男に向かって瞬哉は不敵に笑みを浮かべた。センチネルである瞬哉は五感の全てが一般人ミュートよりも優れているのだ。小銭が擦れる僅かな音さえ聞き逃さない。いくらテキ屋で飲食をするための小銭が重宝される時節であったとて、通常の比ではない小銭と布地、そしてそこに混じる革地が擦れる音に瞬哉は違和感を抱かずにはいられなかった。
 ギリギリと音がするほどに瞬哉は掴んだ男の腕を握り締めている。男が上げた怒声に周辺を行き交う人々が騒ぎに気付きはじめたのか、瞬哉と男の周りを取り囲むような人の山がそう時を経ることなく完成した。緊急事態にざぁっと顔色を変えた未来はその場からそろりと一歩下がり、瞬哉が捕らえている男に気が付かれぬよう胸元を押えマイクを起動させる。

「スリ確保中。Eブロック付近。援護願います」

 すわ何事かと騒めく人ごみの中で未来が小声で発した要請に、彼女がつけた左耳のインカムからは担当警察官の応答が飛んだ。このインカムはノアのチームだけでなく、雑踏警備に当たっている警察官らとも繋がっている。ノアに託された任務は犯罪の芽を見つけ、逮捕権・捜査権を持つ警察組織への橋渡しをすることだ。
 瞬哉は何気なく男の腕を掴んでいるようにみえるが、いつの間にやら相手の身体を引き込み男の体勢を崩し、手首の腱や靭帯を痛め脱臼を起こさせる『小手回し』の態勢を整えていた。ノアに所属する能力者たちは、能力を制御するための訓練時に、こうした一朝有事の際に活用できる体術等も問答無用で叩きこまれる。このため、今朝がたの千里は浴衣を着せられまいと逃げ惑う未来を捕獲出来たと言っても過言ではない。
 男を捕らえている間に出来た野次馬の人だかり。りんごあめを買おうとしていた未来の後ろには、幼い子ども連れの家族が並んでいた。万が一この男が凶器を持っていて、瞬哉の制止を振り切りそれらを振り回したのならば周辺の人たちを危険に晒すこととなってしまう。そうならないよう今は自分が踏ん張らねばと未来はそっと背後の家族たちに視線を向ける。案の定、怯えたように母親に縋る子どもの姿を視界に捉え、彼らにも気付かれぬよう背中に庇った。浅くなりがちな呼吸を平常に戻すため深呼吸をひとつ落として、瞬哉が捕らえた男の挙動に注視し丹田に気を込める。

「クッソ、このやろ離せっ」
「ッ、大人しく捕まっとけっつんだ、バカ!」

 関節の動きを封じられ、それでもなおも瞬哉の腕を振り払おうと暴れる男。顔を顰めた瞬哉は乱雑に足払いをかけ、男を引き倒した。足元に敷き詰められた砂利がざらりと激しい音を立て、技をかけた際に瞬哉の足先から飛んで行った下駄が重力に従いカランと乾いた音を響かせた。

「てめぇっ……往生際がわりぃっ、んだよっ……!」

 瞬哉は地面に押し倒した男の背中に膝を当てのしかかる。そのまま男の腕を後ろ手に捻りあげた。体術を会得している人間とそうでない人間。その結果は言うまでもない。這いつくばらされた男の頬に砂利が刺さる。男は、上半身に感じる重みと砂利が刺さる鋭利な痛みに苦悶の表情を浮かべ「ぐっ」と短くうめき声を上げた。

「警察です、道を開けてください!」

 喧噪の奥から凛とした声が響く。人の山を掻き分けてくる水色の開襟シャツの人物を認識し、瞬哉はほぅと息を吐いた。桜の代紋がテキ屋の照明を反射し、きらりと光を放つ。未来も、知らず知らずのうちに強張っていた身体を解きほぐすようにゆっくりと瞳を閉じた。


 駆け付けた警察官によって身体検査をされた男は、なんと自分で縫い繕った『袂落とし』を首からひっさげて犯行に及んでいたらしい。袂落としとは、忘れ物防止やスリの被害から逃れるために外出の際に襦袢の中に仕込んでおくもの。袂に直接モノを入れると袖が膨らみ不自然な格好となるが、袂落としを使うことで手ぶらでスマートに行動できる。それを逆手に取った犯行だったようだ。見た目にはわかりづらい犯行、瞬哉のセンチネル能力がなければ見破れなかった可能性が高い。


 瞬哉は今回の功績を労う警察官とぽつぽつと言葉を交わす。詳しい顛末は任務後の報告書にてと告げた瞬哉はそのまま後処理を警察に引継ぎ、引き続き任務を続行するためその場から離れる。その様子を一歩下がった場所から見つめていた未来は、乱闘の拍子に飛んでいった瞬哉の下駄をそっと拾い上げ、一仕事終えたと言わんばかりに首を鳴らす瞬哉へと差し出した。

「お疲れさまでした」
「……おう」

 仏頂面のままそれを受け取った瞬哉は、未来から手渡された下駄を砂利の上に落として荒っぽく履いた。そして、行き場をなくした未来の手をぱしりと握り、強引にその場から歩き出す。急に引っ張られた未来は、つんのめるようにして瞬哉の背中を追った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

涼太の後悔の一夜〜本能と本心プロローグ〜

うちこ
恋愛
こちらは「本能と本心」のプロローグになります。 成宮涼太28歳、大手商社勤務 仕事第一で生きている。 子会社の商社勤務、村田梨花29歳と飲み会で出会い、夜を誘われる。 梨花は衣服の上からでもわかるほど胸元が豊かだった。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...