【R18】焦がれた麻痺の限界値

春宮ともみ

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I'm confusing like a child.

◇ 3 ◇

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「ハルカーー! ミク、確保~!!」
「やだっ、先輩離してっ……!」
「あ、センリ! ナイスナイス~~! こっちこっち!」

 未来が夫婦コンビである遥香はるか千里せんりに捕獲され、ズルズルと彼らの部屋に引きずられて来たのは、つい半日前の今朝の話だ。じたばたと腕の中でもがく未来を後ろ手に難なく拘束する千里は未来と同じくガイドなのだが、22歳を迎えるまで覚醒プレゼニングすることが出来ずにいた未覚醒者レイタントと呼ばれる区分の男性だった。プレゼニングの時期は個人差があるが、大抵は思春期にそれを迎えることが多い。しかし、千里は何故か適正な時期に覚醒できず、8年前のとある事件をきっかけに覚醒した。その後、ノアに保護され遥香というセンチネルに出会いコンビを組み、仕事の枠を越え戸籍上でも遥香と婚姻関係を結んだ未来の先輩コンビでもある。

「あのな、本当にじれったいんだよミクは。お前の気持ちに気付いてないの、ノアではシュンだけだから」
「ちがッ、絶対違いますっ! 先輩は私の訓練に付き合ってくれてたからわかっただけでしょうっ!? ハルカさんだって先輩から聞いたから知ってるだけでっ」

 ガイドはガイド同士、センチネルが暴走した万が一の時のため、相手の深層意識まで声をかける訓練を行っている。千里は未来の訓練にたびたび付き合っており、その過程で未来が瞬哉へ向ける慕情の確信を掴んだのだ。

「何言ってるの? 去年の訓練でセンリが視てくれるより前から私は気付いてたわよ? っていうか、ミクがあんなに視線でシュンを追ってるくせにシュンが一切気付いてないのがムカツクのよ。あの唐変木、一発殴ってやりたい」

 千里の指摘に焦ったように弁明する未来だったが、遥香が憮然として未来の主張を一蹴したことで未来は初めて己の言動を自覚した。自分はそんなに、瞬哉を見ていただろうか。普段の自分の態度を思い返し、己の恋心を取り繕えていなかった事実にずんと落ち込んだ。

 瞬哉は両親に名付けられた名前の通り瞬間的な判断力に長けており、高難易度の任務を請け負うことが多い。難しい任務も難なくこなし、時には身体を張って同じ任務に携わる他のコンビの危機を救うこともある。芸能人かと見紛うほどの精悍な顔立ちにスラリとした立ち姿。モテないはずがない。
 特務機関・ノアは国家が運営する組織であり、任務を遂行する能力者たちの他に、業務を円滑に回すための庶務などを担う国家公務員で構成されている。ノアに配属された女性職員は、みな一様に瞬哉に恋に落ちてしまう確率が高い。かく言う未来も瞬哉に一目惚れした側の人間だ。だから、瞬哉に想いを寄せている女性たちの気持ちは痛いほどわかる。
 端正な風貌をしているくせに、普段の口調はめっぽう悪く、辛辣ともいえる。だというのに、誰に対しても無遠慮で驕慢な態度を取るかと思えば妙に情に厚く、自分自身の負傷を差し置いて仲間の安否をもっとも気遣う。瞬哉のそばにいる時間が長い未来は、官公庁からノアへと派遣されてきた職員らがこぞって瞬哉に想いを告げ思いっきり玉砕していたり、その後はけんもほろろな態度を向けられる姿を頻繁に目にしている。未来も瞬哉からつっけんどんな応対をされているとはいえ、コンビで仕事に取り組んでいる以上、この関係が壊れてしまったらと思うと行動に移せなくなってしまった。

 それでも、今の状況で瞬哉に最も近しい人間が自分なのだ、と思うと、未来はそれだけで良いとさえ思っていた。この関係を壊したくないという想いから、同じ部屋で過ごしているときも――瞬哉が風呂上がり等の時は特に――顔が赤くならないように、あからさまな態度を取らないよう努めて冷静な態度を心がけてきた。……だというのに。

「……ほかに、気付いていらっしゃるかた……」
「だから、さっきセンリが言ったでしょ? シュン以外のほぼ全員がミクの気持ちに気付いてるって」

 千里の腕の中でさぁっと顔を青くした未来の様子を見遣った遥香は、呆れたように眉を顰めた。


 瞬哉が自身のガイドである未来を想い、反対に未来も瞬哉に想いを寄せているということはノアに所属する能力者たちの間ではもう何年も前から有名な話。それらに気が付いていないのは当人同士だけなのだ。瞬哉も未来も、きっと今の関係がぬるま湯のように心地よいものであって、それ以上の関係になりたいと願っていても互いに『今』の関係を壊すことに怯え、一歩を踏み出せずにいることは、彼らの周辺にいる誰しもが察していた。互いに相手が自分を異性と思ってないと考えており、その結果ふたりとも『相手に自分の感情恋慕を気取られてはいけない』という結論に達し、棘のある態度を向けあっていることは明白だった。


「こういうお祭りで相手に異性オンナとして認識してもらう、なんてのは恋愛駆け引きの常套手段でしょう? せっかくの機会なんだから、任務にかこつけてシュンにアピールしてくればいいのよ」

 むすっと顔を顰めたまま、遥香は手に持ったふたつの浴衣を未来の肩に当て、どちらの方が未来に似合うかを見比べながら淡々と言葉を紡ぐ。


 両片思いであることは周知の事実ではあるのだが、それを本人らに伝えるような野暮なことは遥香も千里も出来るはずがなかった。当人同士で一歩ずつ信頼関係を築き、コンビとして長年寄り添いながら仕事をしてきたふたり。そこに外野が面白半分で真実を突きつけ、彼らの関係にむやみやたらに亀裂をいれることはご法度だ。遥香も千里も能力者だからこそ、自分たちがされて嫌なことを熟知している。それゆえに、先ほどからしつこいほどに未来の想い『は』バレバレだと告げているのだ。
 端から見てだだもれな感情を土台に一進一退の関係を何年も見せられている周囲はじれったくてたまったものではない。この機会任務を足掛かりにふたりを正式にくっつけたい、という同僚たちの総意のもと、龍騎・蓮コンビは瞬哉を、千里・遥香コンビは未来を今日の任務前に確保した……という運びだ。


「ハルカ。俺は紫の方がいいと思う」
「そぉ? やっぱり清楚な水色の方がいいと思うんだけど」
「シュンにはミクを女性として見てもらわなきゃいけないんだろ? 10年近く一緒にいるからこそあいつも目が狂ってンだよ、色っぽさを出してミクだって『大人の女』っつう認識をしてもらわねぇと」
「ふうん。……そんなもの?」
「男っつぅのはそういうもんだ」

 逃げられないようにと千里に後ろ手にされたまま着せ替え人形のように遥香の前に立たされた未来は、ただただ混乱のままに目の前で繰り広げられる会話に途方に暮れる。未来自身も愛想のない態度を瞬哉へ向けているからか、任務以外のプライベートな時間でもほとんど会話らしい会話も出来ずにいる。それなのに、急に自分を異性として意識させるような装いをして、自分は任務中に平静でいられるだろうか。


 ――――果たして、その考えはふたつの意味で的中したのである。


 普段とは違う自らの大人びた装いに猛烈な羞恥心を感じながらも、未来は隣を歩く瞬哉の研ぎ澄まされた抜き身の刃とも表現出来るような二枚目な姿に動揺を隠しきれずにいた。

(……かっこ、いい)

 瞬哉は黒地に薄墨で描かれた無数の大きな金魚が目を引く浴衣をさらりと着こなしている。動きやすいから、と、ラフなスエットを好んで身に纏っている普段とは全く違う、モダンでハイカラな装いの瞬哉の姿。瞬哉の涼し気で切れ長な目元が周辺を警戒するように向けられ、それでも時折みせる無防備な姿には強烈な色気が纏わりついている。必死におさえてはいるが、それでも未来の心臓はこの任務の開始直後から全力疾走を続けていた。

(ううん……集中、しなきゃ)

 この任務は龍騎・蓮コンビと、瞬哉・未来コンビの4人チームで請け負っており、龍騎がチームリーダーだ。彼から飛ばされた指示に従い、瞬哉と未来は花火会場である広場を離れ先ほど通り過ぎたテキ屋の並びへと足を向けた。龍騎が口にした通り、数十分前よりも人出が捌けているように思える。

「……りんごあめ、買っていいですか」
「あ? さっき仕事中っつったの、おめーだろ」

 未来の小さな問いかけに、瞬哉は一瞬不愉快そうに眉を顰めた。そんな彼の様子に、未来は自分には一欠けらの可能性すらないのだと実感し心がずきんと収縮するのを感じたが、それらも悟られないよう何気ない所作で手に下げた小ぶりな巾着から小銭入れを取り出した。

「カップルを装っているわけなので。お祭りを楽しんでいる、という雰囲気を出さないと、逆に不審に思われますよ」

 未来は瞬哉と違い、視覚や聴力が良いわけではない。それでも、ノアの一員として自分でも出来る範囲でスリや痴漢といった良からぬことを働く輩がいないか、自らもテキ屋で買い物をしたりすることで周囲に目を光らせようとしていた。

 瞬哉は納得したような、納得しきれないような表情を浮かべ、口元をへの字に曲げた。そのまま、りんごあめを売るテキ屋に並ぶ未来の隣に仏頂面で立つ。やがて未来がりんごあめを購入する順番となった――その、刹那。


「――――お前」


 瞬哉が、未来の後ろを通り過ぎようとしたひとりの男性の腕を掴んだ。
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