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I'm confusing like a child.

◇ 2 ◇

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「お前、そりゃ『恋』だわ」
「……あ゛?」

 龍騎りゅうきれんコンビが住まう部屋。そこのリビングテーブルを挟み、龍騎は飲み終えたビールの缶をカラカラと揺らした。そんな彼は端正な顔付きに似つかわしくない、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ瞬哉の訝し気な表情を見遣っている。

「ミクに『恋してる』んだわ、シュンはさ」
「……なんでそーゆー結論になんだよ」

 未来が18歳を迎え、正式にノアのメンバーとして認められた日。辞令交付式のため、瞬哉と未来はふたり揃って本部へと呼び出された。未来に辞令とバッジが本部長から手渡された瞬間――嬉しそうに微笑む彼女の横顔から、瞬哉は目が離せなかった。

 コンビを組むこととなって早3年。瞬哉センチネル未来ガイドが付き添っていなければ日常生活を送ることもままならない。ゆえに、ノアでは希望すればコンビを組む同士で生活をともにすることも可能だった。瞬哉と未来も生家を出た者同士、ルームシェア感覚で書類にサインをした。

 普段から寡黙で、何を考えているのかわからない未来が一瞬だけ見せた、やわらかな表情。辞令交付式のあの瞬間、瞬哉は人生で初めて、胸の奥が締め付けられる感覚に襲われたのだ。

「同じ部屋にいたらよ、気が付けばミクに目が行くんだろ?」
「……」
「今日みてぇにミクが受付所のシフトに入ってっとき、ふとした瞬間にアイツどうしてんだろって気持ちになる。違うか?」
「……」

 瞬哉は龍騎の問いかけに言葉を返せなかった。否定できる要素がひとつもなかったからだ。

 ノアのメンバーは、治安を守るという任務だけが仕事ではない。ノアへ依頼された任務を適任なコンビに斡旋し、任務が終わればその報告書を受理し上層部へ上げる受付所の業務も仕事のひとつ。これはノアに所属するメンバー全員で順繰りに回していくことになっており、未来が不在の時の瞬哉は手持ち無沙汰となるため、以前己のガイドを務めてくれていた龍騎の部屋に入り浸っていた。

「シュンの話を総合すれば、ミクの一挙手一投足が気になる。辞令の時のミクの表情が忘れられない。そういうことだろ? 意外と可愛いところもあるな、シュン」

 コトリと小さな音を立て、つまみをテーブルに差し出した蓮がへらりと笑った。彼は瞬哉と同じくセンチネル。瞬哉の鋭敏な味覚に合った薄味のつまみを差し出した蓮の表情に、瞬哉はふたたび顔を顰めた。

 先日の辞令交付の時に感じた胸の締め付けが、もしかしたらセンチネル特有の何かの病かもしれないと不安を感じて信頼できる先輩コンビに相談に来たというのに、弾き出された結論が『ミクに恋している』というなんとも間抜けな結果となってしまった。瞬哉にとっては実に面白くない結果。

「……俺はセンチネルで、ミクはガイドだ。センチネルはガイドがいないと生きていけねぇ。だから俺はミクに依存してるだけで、恋だとか愛だとか、そういうんじゃねぇと思うんだが」
「じゃぁこうしよう。シュンはリュウとそこまで相性が悪いわけじゃぁない。相性がいいミクが現れたからリュウがお前のガイドとしてお役御免になっただけだろ。なら……俺がリュウとコンビ解消してミクと組みたいつったら、シュンは受け入れられるか?」
「ッ……」

 テーブルを挟んだ向こう側。龍騎の隣に座る蓮の言葉に、瞬哉は息を止める。龍騎の席に、蓮のそばに未来がいたとしたら。そこであの日のようにやわらかく微笑む未来がいたとしたら――その光景を想像するだけで、黒くざらりとした感覚が落ちてきた。瞬哉はもう、自覚するしかなかったのだ。



 しかし、瞬哉と未来はなまじ3年もシェアメイトをしてきた。たかが3年、されど3年。自分の恋心を自覚したところで、不器用な瞬哉は未来に対し、つっけんどんな態度を加速させるしかできなかった。

『冷蔵庫に置いていた私の食材、使いました? 勝手に使わないでくださいと何度言ったら理解していただけます?』
『あ? 忙しかったんだっつの。明日同じもの買ってくっからそう怒るなって』

 自分のことは自分でする。互いの生活に影響を及ぼさない。それが瞬哉と未来がルームシェアをするにあたって交わした約束。けれど瞬哉はその不文律を破り、未来の生活に少しずつ干渉するようになった。それはまるで、幼い子どもが好きな子に向かって意地悪を重ねていくように。



 瞬哉と同じく年齢を重ね、27歳となった未来。彼女もいつかは好意を向けるオトコが出来るだろう。そう考えると、瞬哉は気が気ではない。けれど当の未来はノアのメンバーほぼ全員に、瞬哉に向ける態度と同じように。一定の距離を保ち、「女性」を感じさせないような接し方をしていた。だからこそ、花火大会の任務に就いた瞬哉はひどく焦っていたのだ。

 普段はざっくりと後頭部でひとまとめにされている未来の黒髪は、彼女が左耳につけているインカムを覆い隠すような形で綺麗にセットアップしてあった。恋人同士を装うならとノアのメンバーが施してくれたらしい。細く白いうなじに散らしてある、ゆるやかな後れ毛。紫色の生地に白い絞りが水面を模し、そこに青い小花が散っているその浴衣。『大人の女性』を全面に出し、美しく成長した未来をよく引き立てている。

 先ほどからちらちらと自分たちに――いや、正確には未来に向けられている視線。その視線を、センチネルである瞬哉が感じ取れないはずはなかった。五感の全てが発達しているのだ。視力もさることながら、物理的な視野の広さも通常の人間ミュートの比ではない。未来に向けられた視線は間を置いて未来の隣を歩く瞬哉に移され、嫉妬とも恨みとも諦めともつかない視線へと変わる。

 未来がここまで他人の目を引く人間だと、瞬哉は思ってもみなかった。このまま手をこまねいていては、未来を誰かに奪われてしまうかもしれない。瞬哉が抱いていた長年の焦りは、一瞬にして危機感へと変貌を遂げた。



「もうすぐ花火大会の時間ですね」
「……だな」

 未来が広場の中央、星形を模した時計にちらりと視線を向け、ぽつりと言葉を落とした。すると次の瞬間、未来が左耳につけていたインカムがブツリと音を立てる。

『ミク。広場に観客が集まりゃテキ屋の方に客が薄くなる。それを狙うスリもいるかもしれねぇし、お前らはそっちを回ってくれ。広場は俺とレンで見る』
「了解」

 同じ警備の任務に当たっている龍騎からの指示。周囲の観客に気取られぬよう、未来は浴衣の下に隠した胸元のマイクをそっと起動させ小さく返答した。そのまま未来は胸元に手をあて、小さく深呼吸をこぼす。

 この任務が始まってからの未来は、胸の鼓動をおさえることに必死だった。瞬哉はセンチネルで、聴力すらも鋭い。普段と違う鼓動、呼吸の速度。それに勘づかれまいと、未来は必死に平静を装っていた。


 瞬哉に出会った瞬間――――未来は、彼に一目惚れしたのだ。彼女はもう、10年近く瞬哉に恋慕を抱いている。
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