【R18】焦がれた麻痺の限界値

春宮ともみ

文字の大きさ
6 / 19
I can’t imagine my life without you.

◇ 6 ◇

しおりを挟む
「探し出して欲しいのはこの男です。本名、三藤みとう 裕介ゆうすけ。SNS上では『ジル』という偽名を使ってクスリの売人をしています」

 警視庁組織犯罪対策部――通称・組対5課――に所属する刑事、朝比奈あさひなは銀縁メガネを左手でずり上げながらテーブルの上に1枚の写真を置いた。一重の鋭い眼光が印象的な朝比奈が、ノアの会議室に集まった面々――龍騎・蓮コンビ、瞬哉・未来コンビの4名をぐるりと見渡す。

「先般、大麻所持で逮捕された俳優が出入りしていたナイトクラブ。そこでいくつかの売人グループがイベントの際に情報交換を行っていることまでが掴めています。……特にハロウィーンである今夜は仮装者で街が賑わいます」
「木を隠すには森の中。クラブへの出入りが増える今夜は、売人たちからしてみればまたとない情報交換チャンス、というわけですか」

 渋い顔のまま腕を組んだ蓮の言葉に、朝比奈は無表情のまま「はい」と短く返答した。彼が身に纏っている品のあるネイビーのスーツは、刑事という雰囲気を微塵も感じさせない。前髪を上げ聡明な額を全面に出し知的さをアピールするような彼の扮装いでたちは、さながら商社マンを連想させる。これから捜査だというのに、場違いにも思える朝比奈の装いに瞬哉は首を捻った。

「そいつを捕まえるのが今回の依頼……ってわけではなさそうだな」
「ご明察です」

 瞬哉の言葉に朝比奈はふたたび銀縁メガネを押し上げ、瞳を細めた。朝比奈の言わんとすることを察した未来は、朝比奈に指定された自らの服装を眺めそっと言葉を引き継いだ。

「なるほど。今回はオトリ捜査、ということですね」

 ノアに依頼される任務で服装を指定されることは少ない。肩を大胆に露出したオフショルダーのニットワンピース、というピンポイントな指定にどういう意図があるのだろうかと一晩悩んだが、女性である未来を主軸にしたナイトクラブでのオトリ捜査が今回の依頼内容であれば納得がいく。
 法に触れる薬物の捜査は、厚生労働省管轄の麻薬取締部――通称・マトリ――と、警視庁管轄の組対5課が主に担っている。マトリには麻薬を買うことができるオトリ捜査の法的権限があるが、組対5課にはそれがない。そのためにオトリ捜査をノアに依頼したい、ということなのだ。未来をはじめとしたノア側にナイトクラブを張らせ、警視庁側は仮装した人々で賑わう街の中を張る、というのが今回の任務内容のようだ。

「その通りです。今回の依頼の目的は『ジル』の身柄確保ではありません。『ジル』が接触している売人グループの洗い出しです。クスリの商流を見極め、売人グループの主軸である人物を特定すること。必要であればその場でクスリを購入することも選択してください。我々にはその権限がなく、あなた方にしか頼めない内容ですので。……くれぐれも、目的を履き違えることなくお願いいたします」
「了解」

 朝比奈が機敏な動作で一礼をし、一同はいつも通り任務前の打ち合わせを終えた。


 ***


 今も昔も変わらず、繁華街には人と情報が集まる。とりわけ色と欲望が交錯する場所はその傾向が強い。

「『ジル』……どういう意味なのでしょう」

 辺り一面のスモークの中を、閃光のような青いレーザーライトが館内を照らしている。重いベースに交じる激しく攻撃的なシンセサイザーの音が瞬哉の思考をさらに乱していく。今夜の任務では未来と二手にわかれ、単独行動の時間が増える。そのため、瞬哉は高い聴力を補正する器具を片耳にセットしているが、やはり未来のガイド能力の方が効く気がする。瞬哉は五感の全てが麻痺していくような感覚に眉根を寄せながらぽつりと言葉を落とした未来へ小声で返した。

「おおかたフランス語由来だな。ヘブライ語を語源とする名前だ。『幸福』っつう意味がある……クスリの売買をすることで幸せを届ける、という意味なんじゃねぇか」
「もしくはジル・ド・レ、か? ジャンヌ・ダルクの戦友だったが、彼女の処刑をきっかけに狂人となった。自らも狂人だと言いたいのかもしれない」

 瞬哉の言葉を引き継いだ蓮も、瞬哉と同じように顔を顰めていた。センチネルにとって眩い照明と重低音の音楽、数多の飲食物のにおいが混ざるクラブという空間は鬼門でしかない。瞬哉は勢いで「とことんふざけた野郎だ」、というセリフがまろび出そうになるのをぐっと堪える。もう自分たちは敵陣に潜入しているのだ。『ジル』の尻尾を掴むため、『ジル』を批難するような言葉は慎まなければならない。

「んじゃ。ひとまずここで」
「はい」

 未来は龍騎の合図を皮切りに、熱が上がっているナイトクラブの人ごみの中へと足を踏み入れた。こうした場所には初めて来たのだと言わんばかりに、うろうろと視線を彷徨わせる。

「こんばんは。君、さっきフロアのあそこら辺にいたよね?」
「あ……はい」
「可愛いなって気になってたんだ。その服も似合っててサイコー」
「あはは。お兄さんモテそうですね」
「と思うでしょ~? ノンノン、ネアカなだけ。俺、童貞だから!」

 未来の思惑通り、早速声をかけてくる人物がいた。未来がナンパ男に向かって笑顔で相手をするその様子を遠巻きに確認した瞬哉は、一瞬で自分の思考回路が赤く染まるのを自覚する。打ち合わせの場で朝比奈が告げた今回の依頼内容に、瞬哉は正直に言って眩暈を覚えた。未来をオトリにする――こんな任務は受けたくない、受けられるか、と言ってやりたかったからだ。

「あ~あ~。やってんねぇ、シュン」
「……うっせぇ。おら、仕事だ、仕事」

 ニヤニヤと揶揄うように瞬哉の肩を叩く龍騎をきつく睨めつけ、瞬哉は意識を未来から外した。任務上のこととはいえ、想い人が自ら進んでナンパされに行く光景をみせられるなど苦行以外の何物でもない。早いところ『ジル』と接触し、情報を引き出さなければ、と、瞬哉は龍騎・蓮コンビとわかれバーカウンターへ急いだ。酒を受け取り、この場を楽しんでいるという雰囲気を必死に醸し出す。
 今夜の任務。未来はオトリとなり、声をかけてくる男性から情報を引き出す。龍騎・蓮コンビは反対に女性に声をかける。クスリを常習している人間は体臭が変わるためセンチネルである蓮の嗅覚で目ぼしい女性をリサーチし、龍騎の話術で情報を引き出すという算段。瞬哉はナイトクラブ全体を俯瞰し、怪しい動きをする人物を洗い出す――という作戦だ。
 瞬哉は受け取った酒を呷り、薄暗い空間の中で視力と聴力の幅を全開にする。そのまま朝比奈から見せられた写真の『ジル』に似た男がいないか、ゆっくりとこの空間を見渡した。

(……奥、か?)

 目を凝らした先。DJブースの奥にちらちらと出入りする人影を瞬哉は認識した。あの場所が密談の舞台となっているのではないかと推測し、そこに出入りする人物を見つめ観察する。……すると。

(っ……!)

 未来に声をかけた男が、先ほど瞬哉が密談の舞台と見定めた方向へ未来を連れてゆっくりと歩き出した。ビンゴだ、と、瞬哉は口の中で小さく呟く。
 日付をまたぎ、クラブ内の雰囲気は最高潮となっていた。人の波を掻き分け、もつれるように瞬哉はDJブースを目指す。腰を落とし、影と自らを同化させながらその奥へと瞬哉は忍び歩きで目的の場所へと近づいていく。
 近づくほどに、瞬哉はくらくらと眩暈を覚えた。鼻につくのは甘ったるい香りだ。腕で鼻と口元を覆うが、遅すぎた。花の蜜のように馨しく、蜂蜜のように蕩けるような匂い。 落ちた花が踏みにじられた瞬間のような、噎せ返るほどの強い香りが瞬哉の鼻腔を侵蝕していく。

「っ、く……」

 あまりの香りにふらりと瞬哉の身体が揺れる。揺れた躯体は瞬哉自身にも制御することが出来なかった。ガタリと大きな音を立て、瞬哉の肩が壁を揺らす。

「――――おい。何をしている」

 鋭く貫くような低い声とともに、銀色の冷たい光が瞬哉の喉笛に当てられる。つぅ、と。灼熱の液体が瞬哉の首筋を細く滑り落ちていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

涼太の後悔の一夜〜本能と本心プロローグ〜

うちこ
恋愛
こちらは「本能と本心」のプロローグになります。 成宮涼太28歳、大手商社勤務 仕事第一で生きている。 子会社の商社勤務、村田梨花29歳と飲み会で出会い、夜を誘われる。 梨花は衣服の上からでもわかるほど胸元が豊かだった。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

処理中です...