奇跡を呼ぶ旋律

桜水城

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 大商人シュブラースカは都市を様々渡り歩き、財を築いている。
 そのため、彼が今どこにいるのかは私にもわからない。
 しかし、予想がつかないわけでもない。今の時期――秋に入った頃、この時期は収穫の季節だ。農村で収穫物を仕入れ、街に行って売る。その真っ最中だろう。だから、農村が近くにある都市に行けば、情報くらいは入手できるのではないだろうか。
 他に旅をしている吟遊詩人仲間が近くにいれば、話は聞けたのかもしれないが、あいにくあの広場にいた吟遊詩人は私だけだった。仕方ない。無駄足かもしれないが、行ってみるしかない。
 この街はセインテと隣国ラルファリオの国境近くにあり、ラルファリオに入った方が条件に合う都市が近い。幸運なことに、セインテとラルファリオは友好関係を築いていて、人の行き来は自由なのだ。ただ、あまり遅くなると国境を越えることすら難しくなる。すぐに旅立つ必要があった。
「おい、おせーよ、おっさん。今日中に国境を越えるんだろ」
「ちょ……も、もう少しゆっくり歩いてくれないか……。私もそんなに早くは歩けな……」
「知るか。早くしろよ」
 カルは物凄い速足で歩くので、私はとてもじゃないがついていけなかった。これは決して私が老いているからというわけではない。私は貴族出身なので、他人に急かされて歩くということなどなかったのだ。そもそも、歩いて旅をすることなどなかった。旅とは馬車で行くものであり、決して自分の足で行くものではなかった。決して私は老いているわけではない。まだ二十一歳なのだ。決して老いているわけではない。
 なんとかカルに追いついて、その背を目の前にしたとき、急にカルは振り向いた。
「やっと来たのかよ、おっさん。おせーよ」
 不機嫌そうな顔。考えてみれば、彼はずっと不機嫌だった。いくら恋焦がれているミラの頼みだとはいえ、会ったばかりのよく知りもしない年上の男と旅に出るのだ。それも仕方のないことだとは思うが、二人旅でずっと相手が不機嫌というのも居心地が悪いものだ。なんとか機嫌を直してもらいたいと思うが、私には歌うことしかない。話すことはそれほど得意ではないのだ。
「悪かったな」
 私の返答にカルはまた眉をひそめた。
 碌な会話もなく、私たちはただ次の都市を目指した。

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