奇跡を呼ぶ旋律

桜水城

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 ティナに出会って、私の心は荒れていた。ずっと会いたいとは思っていた。しかし、それも彼女が独り身であることが条件だ。明確にはそう意識はしていなかったが、彼女に会って自分の心の奥底でそう思っていたのに気付いた。かつての恋人が新婚という事実が、私を打ちのめしていた。
 どこへともなくとぼとぼと歩いていると、後ろから後頭部をはたかれた。驚いて振り返ると、カルがいた。「手分けして情報収集しよう」と言って、別行動をしていたのだ。彼に会って、肝がさあああっと冷えた。まずい。私は何の情報も得られていない。かろうじて金は稼げたが、情報は何一つ得られていない。街に出る前に私も、「吟遊詩人仲間でも見つければ何かわかるかもしれない」などと自信満々に言ったのに。
「おい、何かわかったか? おっさん」
 相変わらず「おっさん」と呼ぶのをやめてもらえないだろうか。とは口にできず、私は答えた。
「いや……何も……」
「そうだろうな。そんな猫背で歩いてるおっさんが何か情報得たとは思えねえし」
「……」
 何も言えなかった。それは確かにそうなのだ。情報を得ていたら、こんなにしょぼくれてはいない。しかも、情報を得ようともしていなかった。思わぬ昔の恋人との出会いに傷ついて、何もできずにただ歩いていただけなのだ。
「オレは聞いて来たぜ。大商人シュブラースカのこと」
「何!?」
 自慢げに胸をそらすカルは、思いがけないことを言った。
「あんたが探してる大商人シュブラースカってのは、『神をも恐れぬ大商人シュブラースカ』だろ?」
「そうだが……何か?」
「そいつ、もう死んでるってさ」
 目の前が真っ暗になった。シュブラースカが死んでいる? そんな。まさか……。
「まさかそんなわけ……だって、宿の女将だって言ってただろ? 三日前に来たって」
「そいつは二代目だな。初代は死んでるんだってさ。十年も前に」
 にわかには信じられなかった。だが、私の家には私が物心ついたときからずっと、天馬琴があった。神をも恐れぬ大商人シュブラースカが天馬琴を作ったのはいつのことだろう。十年も前に死んでるというのなら、私が家を出るはめになった時期にはもう彼はいなかったのだ。
「二代目でも良いから探すか? 海に出たという話だが」
 二代目に天馬琴のことがわかるのだろうか。天馬のことは、作った本人でなければわからないことではないのだろうか。
「とりあえず、今日は宿に泊まろう。明日のことは今夜考えよう」
 私はそれだけ口にした。いろいろと、旅に出てからの衝撃が強過ぎる。
「そうか。わかった」
 カルはそう答えた。そして二人で宿に向かった。

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