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「何落ち込んでんだよ、そんなにシュブラースカが死んでるってのがショックだったのか?」
宿の一階の一角にある立ち飲み屋で、酒を飲んでいる私に、ジュースを飲みながらカルが絡んできた。
落ち込むどころの話ではない。酒でも飲まなければやってられなかった。
「放っておいてくれ。部屋はとってあるんだから先に寝てて良いから」
そう言った私に、それでもカルは絡んできた。
「なんだよ。なんかあるなら言えよ。仮にも一緒に旅する関係だろ?」
私はそれには答えずに酒をあおった。そして、カウンターの向こうにいるマスターにお代わりを頼む。
「んっだよ……。せっかく心配してやってるのに」
カルもむくれてジュースをあおった。もちろん、支払いはどちらも私がするのだ。
そうして、不機嫌同士で飲み物を飲んでいるところに、思わぬ声がかかった。
「ディンではありませんの? こちらに泊まっていらっしゃったのね?」
嫌な予感がして、振り向くことができなかった。
まさか……。まさか同じ宿に来ていたなんて。
「おい、おっさん。あのすっげー美人、知り合いなのか?」
カルが私の服を引っ張って訊く。余計なことを……。無視したいところだったのに。
「ディン……ですわよね? さっき会ったばかりですし、私にはわかりましてよ?」
なんでこんな安宿にいるんだ。ティナだって貴族の娘だったのに。もっと良い宿に泊まっていてもいいだろう。
少し苛つきながら、私は振り返った。先ほどとは服を替えているティナがそこにいた。
「ティナ……。まさかこんなに早く再会するとは思わなかったよ」
「ええ! 本当にそうですわね。この偶然に心から感謝いたしますわ!」
彼女と私との温度差が物凄い。雪山から常夏の島に瞬間移動でもした気分だ。
「どうして私に気付くんだ、君は。私は昔とは随分違っているはずなのに」
「ディンの瞳は美しい藍色と碧色ですもの。そんな特徴的な目をした人はなかなかいませんわ」
そう言われて初めて気が付いた。ここのところ、鏡を見るということをしていなかったので、忘れていた。
私の瞳は生まれつき左右の色が違っていた。子どもの頃は悩んだものだが、吟遊詩人となってからはほとんど気にも留めていなかった。
「こんながちゃがちゃな目……。美しくもなんともない」
「そんなことありませんわ。昔と変わらず美しい瞳ですわ」
自嘲する私を、ティナは否定して褒めた。
そして、至宝と呼ばれた笑顔が、私のささくれだった心を包んでいく。
ティナに褒められると、天にも昇る気持ちになれる……そんな昔の思い出も一緒に私の心の中は和らいでいった。
「おっさん、この人はいったい……?」
カルの存在を忘れていた。私は忘れてばかりだな。
二人を知っているのは私だけだ。紹介することにした。
「カル、こちらはティファルーナ、ティナだ。ティナ、こちらはカル。私の護衛だ」
私が紹介すると、二人はお互いに言葉を交わした。
「よろしく、ティナさん」
「初めまして、カル。あなたはディンの護衛なのですわね? 一緒に旅をしているのかしら?」
「その通りです。まあ、まだ旅立ったばかりですけどね」
そこで二人が仲良くなる……かと思いきや、そんなことにはならなかった。
なぜなら……。
「ディン、残念だけれど、私、旦那様が待っているからもう行かないといけませんわ。また会えますわよね?」
それだけ言い残してティナは去った。どうやら、一人でここに来たらしい。
部屋をこの宿にとっているのかは定かではないが、それを確かめる暇もなく、彼女は去ってしまった。
「おっさん、明日はどうするんだ?」
カルが訊いて来た。ティナのことはそんなに気にもしていないらしい。
彼にとって重要なのは、明日の予定の方だったようだ。
「海を目指す。二代目でも会ってみようかと思う」
「了解した」
そして、二人で部屋に戻って寝ることにした。
* * * * *
宿の一階の一角にある立ち飲み屋で、酒を飲んでいる私に、ジュースを飲みながらカルが絡んできた。
落ち込むどころの話ではない。酒でも飲まなければやってられなかった。
「放っておいてくれ。部屋はとってあるんだから先に寝てて良いから」
そう言った私に、それでもカルは絡んできた。
「なんだよ。なんかあるなら言えよ。仮にも一緒に旅する関係だろ?」
私はそれには答えずに酒をあおった。そして、カウンターの向こうにいるマスターにお代わりを頼む。
「んっだよ……。せっかく心配してやってるのに」
カルもむくれてジュースをあおった。もちろん、支払いはどちらも私がするのだ。
そうして、不機嫌同士で飲み物を飲んでいるところに、思わぬ声がかかった。
「ディンではありませんの? こちらに泊まっていらっしゃったのね?」
嫌な予感がして、振り向くことができなかった。
まさか……。まさか同じ宿に来ていたなんて。
「おい、おっさん。あのすっげー美人、知り合いなのか?」
カルが私の服を引っ張って訊く。余計なことを……。無視したいところだったのに。
「ディン……ですわよね? さっき会ったばかりですし、私にはわかりましてよ?」
なんでこんな安宿にいるんだ。ティナだって貴族の娘だったのに。もっと良い宿に泊まっていてもいいだろう。
少し苛つきながら、私は振り返った。先ほどとは服を替えているティナがそこにいた。
「ティナ……。まさかこんなに早く再会するとは思わなかったよ」
「ええ! 本当にそうですわね。この偶然に心から感謝いたしますわ!」
彼女と私との温度差が物凄い。雪山から常夏の島に瞬間移動でもした気分だ。
「どうして私に気付くんだ、君は。私は昔とは随分違っているはずなのに」
「ディンの瞳は美しい藍色と碧色ですもの。そんな特徴的な目をした人はなかなかいませんわ」
そう言われて初めて気が付いた。ここのところ、鏡を見るということをしていなかったので、忘れていた。
私の瞳は生まれつき左右の色が違っていた。子どもの頃は悩んだものだが、吟遊詩人となってからはほとんど気にも留めていなかった。
「こんながちゃがちゃな目……。美しくもなんともない」
「そんなことありませんわ。昔と変わらず美しい瞳ですわ」
自嘲する私を、ティナは否定して褒めた。
そして、至宝と呼ばれた笑顔が、私のささくれだった心を包んでいく。
ティナに褒められると、天にも昇る気持ちになれる……そんな昔の思い出も一緒に私の心の中は和らいでいった。
「おっさん、この人はいったい……?」
カルの存在を忘れていた。私は忘れてばかりだな。
二人を知っているのは私だけだ。紹介することにした。
「カル、こちらはティファルーナ、ティナだ。ティナ、こちらはカル。私の護衛だ」
私が紹介すると、二人はお互いに言葉を交わした。
「よろしく、ティナさん」
「初めまして、カル。あなたはディンの護衛なのですわね? 一緒に旅をしているのかしら?」
「その通りです。まあ、まだ旅立ったばかりですけどね」
そこで二人が仲良くなる……かと思いきや、そんなことにはならなかった。
なぜなら……。
「ディン、残念だけれど、私、旦那様が待っているからもう行かないといけませんわ。また会えますわよね?」
それだけ言い残してティナは去った。どうやら、一人でここに来たらしい。
部屋をこの宿にとっているのかは定かではないが、それを確かめる暇もなく、彼女は去ってしまった。
「おっさん、明日はどうするんだ?」
カルが訊いて来た。ティナのことはそんなに気にもしていないらしい。
彼にとって重要なのは、明日の予定の方だったようだ。
「海を目指す。二代目でも会ってみようかと思う」
「了解した」
そして、二人で部屋に戻って寝ることにした。
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