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頭上から音が降ってきて、思わず天を仰いだ。だが、視界は重なり合う緑に遮られ、蒼く光っているであろう空の色を見ることはできなかった。
「本当にこんな道を通らなければならないのか? もっと安全な道があるんじゃないのか?」
「近道なんだよ。オレを信じろ」
私が息を切らしながら吐いた弱音を、ばっさりと切り捨てるカル。
木々は自由気ままに枝を伸ばし、空が見えないほど葉を茂らせている。地面は草や苔に覆われ、街道のような舗装された道などない。かろうじてあるのは獣道だ。そもそもここはどこなんだ。足が重くなるくらいに歩いているのに、一向にこの道の果てが見えない。
宿で朝食をとって早々に、私たちは旅立った。しかし、歩き始めてしばらく経つと、この森の中に入ってしまったのだ。他に道はないのかと呆れる私に、カルは平然と言う。「近道なのだ」と。
「そもそもここはどこなんだ。海は近いのか?」
思わず胸に抱いていた疑問をそのまま口にしてしまい、しまったと口を閉じたがもう遅かった。カルは鼻で溜め息をついて呆れた顔で私を見ている。
「『いにしへの森』。確かにまだ海は遠いけど、ここを越えるのが近道なんだよ」
「その『いにしへ』っていうのは『いにしえ』って読むのな」
「うるせえよ、おっさん」
言葉の使い方にちょっと厳しい私はつい指摘してしまったが、旧仮名遣いをこの若さで理解しているという方が珍しいだろう。見たところこの少年はそれなりに武道の腕は立つようだが、学があるとは到底思えなかった。まともな教育など受けたことがあるようには見えない。
「でも日が高いうちにこの森を抜けるのは無理かもな。野宿になりそうだけど、別に良いよな、おっさん」
「おっさんじゃなくて、ディン、な。仕方ないだろう。こんな森の中に宿屋なんかあるわけないしな」
「うるせえよ、おっさん」
何度注意しても、カルは私のことをおっさん扱いする。確かに私は二十歳を超えていて、十代であろう彼からしてみれば随分年上なのだろうが、私だってまだ若くておじさん扱いされるのはつらい。そういえばミラには三十路を超えていると思われていたということを思い出す。私はそんなに老けて見えるのだろうか。
「あれ、あんなところに小屋がある」
少し落ち込んだところへ耳に入ってきた、カルの一言が思いがけなかった。深い森……いや、樹海とも言えるこの「いにしへの森」とやらに、人が住んでいるのだろうか。だとしたらよほどの変わり者なのだろうと私は安直にも考えた。
「訪ねてみるか? もしかしたら泊めてくれるかもしれない」
言ってしまってから自分の発言にびっくりした。こんな森の中に住んでいる人間なんて偏屈な人間に違いないと考えているのに、そんな人間の家に泊めてもらうなんて。旅の疲れで私もおかしくなってしまったのだろうか。
「おっさん……」
カルは呆れた顔で私を見ている。やはり却下されるだろうか。そう考えたが、彼の放った一言は意外なものだった。
「ま、寝台に寝たくもなるか。老体に鞭打ってんだもんな」
そんな表現を使われるような年齢でもないのだが……。予想外にカルは小屋訪問に前向きな態度を示していた。
しかし、やはり文句の一つも言いたくなる。
「老人扱いするな。私はそんな歳ではない」
「はいはい」
鼻息の荒くなっている私を軽くあしらいながら、カルは小屋の方へ向かって歩いていく。私もそのあとを追う。落ちた小枝などを踏みつける音が辺りに響く。ゆっくりゆっくりと私たちは小屋に近づいていく。なぜか身体中に満ちていく緊張感。促されて小屋の扉を叩いたのは私だった。
* * * * *
「本当にこんな道を通らなければならないのか? もっと安全な道があるんじゃないのか?」
「近道なんだよ。オレを信じろ」
私が息を切らしながら吐いた弱音を、ばっさりと切り捨てるカル。
木々は自由気ままに枝を伸ばし、空が見えないほど葉を茂らせている。地面は草や苔に覆われ、街道のような舗装された道などない。かろうじてあるのは獣道だ。そもそもここはどこなんだ。足が重くなるくらいに歩いているのに、一向にこの道の果てが見えない。
宿で朝食をとって早々に、私たちは旅立った。しかし、歩き始めてしばらく経つと、この森の中に入ってしまったのだ。他に道はないのかと呆れる私に、カルは平然と言う。「近道なのだ」と。
「そもそもここはどこなんだ。海は近いのか?」
思わず胸に抱いていた疑問をそのまま口にしてしまい、しまったと口を閉じたがもう遅かった。カルは鼻で溜め息をついて呆れた顔で私を見ている。
「『いにしへの森』。確かにまだ海は遠いけど、ここを越えるのが近道なんだよ」
「その『いにしへ』っていうのは『いにしえ』って読むのな」
「うるせえよ、おっさん」
言葉の使い方にちょっと厳しい私はつい指摘してしまったが、旧仮名遣いをこの若さで理解しているという方が珍しいだろう。見たところこの少年はそれなりに武道の腕は立つようだが、学があるとは到底思えなかった。まともな教育など受けたことがあるようには見えない。
「でも日が高いうちにこの森を抜けるのは無理かもな。野宿になりそうだけど、別に良いよな、おっさん」
「おっさんじゃなくて、ディン、な。仕方ないだろう。こんな森の中に宿屋なんかあるわけないしな」
「うるせえよ、おっさん」
何度注意しても、カルは私のことをおっさん扱いする。確かに私は二十歳を超えていて、十代であろう彼からしてみれば随分年上なのだろうが、私だってまだ若くておじさん扱いされるのはつらい。そういえばミラには三十路を超えていると思われていたということを思い出す。私はそんなに老けて見えるのだろうか。
「あれ、あんなところに小屋がある」
少し落ち込んだところへ耳に入ってきた、カルの一言が思いがけなかった。深い森……いや、樹海とも言えるこの「いにしへの森」とやらに、人が住んでいるのだろうか。だとしたらよほどの変わり者なのだろうと私は安直にも考えた。
「訪ねてみるか? もしかしたら泊めてくれるかもしれない」
言ってしまってから自分の発言にびっくりした。こんな森の中に住んでいる人間なんて偏屈な人間に違いないと考えているのに、そんな人間の家に泊めてもらうなんて。旅の疲れで私もおかしくなってしまったのだろうか。
「おっさん……」
カルは呆れた顔で私を見ている。やはり却下されるだろうか。そう考えたが、彼の放った一言は意外なものだった。
「ま、寝台に寝たくもなるか。老体に鞭打ってんだもんな」
そんな表現を使われるような年齢でもないのだが……。予想外にカルは小屋訪問に前向きな態度を示していた。
しかし、やはり文句の一つも言いたくなる。
「老人扱いするな。私はそんな歳ではない」
「はいはい」
鼻息の荒くなっている私を軽くあしらいながら、カルは小屋の方へ向かって歩いていく。私もそのあとを追う。落ちた小枝などを踏みつける音が辺りに響く。ゆっくりゆっくりと私たちは小屋に近づいていく。なぜか身体中に満ちていく緊張感。促されて小屋の扉を叩いたのは私だった。
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