奇跡を呼ぶ旋律

桜水城

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「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
 自慢の声を大きく張り上げ、私は扉の向こうに問いかけた。しばしの沈黙のあと、小屋の扉を開けて、姿を見せた住人は想像の範囲外の人物だった。
「はあい。どちらさまかな?」
 考えてみれば、相手にとっては私たちはどこの馬の骨とも知れぬ怪しい二人組だ。それなのに、少しの不信感もみせることなく、満面の笑みで迎えてくれたその小屋の住人は、この世の者とは思えないほど美しい男だった。
「こ、こんにちは……」
 そのあまりの美しさに圧倒され、私は名乗ることもできなかった。柔らかな印象の微笑みは、花でたとえようとしても具体名が思い浮かばないほど美しく、同時に優しく胸の奥を温めた。言葉を失う私に対し、カルの方は平然と受け答えをした。
「どうも。オレはカル。こっちのおっさんはディン。オレたちは訳あって旅の途中で、今夜の宿を探しています。もし良ければこちらに泊めてもらえないでしょうか?」
 私に対しては一度も呼んだことのない私の名を、カルが口にするのが新鮮な気がした。呼んではくれないが、覚えてはいるということか。なんだかこそばゆい気持ちになりながら、私は美しい住人の言葉を待った。
「ふむ……。見たところ、ディンくんとやらは吟遊詩人かな? 天馬琴を持っているね。ちょっと見せてごらん?」
 美男子はサラッと言ったが、私が背に担いでいる天馬琴は布に包んでいるので、一見では中身がわからないはずだ。百歩譲って外形で楽器であることが推測できたとしても、天馬琴という世にも珍しい楽器であることなどわかるはずもない。
 天馬琴は共鳴箱の表に天馬の皮を張り、天馬の尾毛をより合わせて弦を張った楽器。当然、皮というからには天馬を殺して剥いだものだ。この世界では神の使いとも呼ばれている天馬を殺すのは重罪。だからこの天馬琴を作った商人の名には「神をも恐れぬ」という枕詞がつくのだ。とはいえ、もうこの世にはいない人物だ。この天馬琴が私の家に来たのも私が物心つく前の話だ。
 なのに、なぜこの美しい男は私の背にあるのを見ただけで天馬琴とわかるのだろう。何か不思議な力をその身に宿しているような雰囲気を察して、私は素直に背負っていた天馬琴を下ろし、布を剥いで男に渡した。
「ありがとう、ディンくん。……なるほど、弦を一本交換してるんだね。君たちの旅はこの弦の本物を探すことなんじゃないのかい?」
 天馬琴を一目見ただけで、旅の目的を当てられてしまい、私とカルは顔を見合わせた。人並外れた美貌に、この洞察力、この男はいったい何者なのだろう。更にはなぜこんな深い森の奥に住んでいるのだろう。
「その通りです。その天馬琴を直したくて私たちは旅に出てきました。よくわかりましたね」
 私がそう答えると、男は嬉しそうに微笑んで、天馬琴を私に返してくれた。
「まあ、立ち話もなんだから、中へ入ったらどうかな? 歓迎するよ」
 そう言って、男は私たちを小屋の中へと誘導した。断る理由もなく、私もカルもその誘導に従った。

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