奇跡を呼ぶ旋律

桜水城

文字の大きさ
上 下
26 / 34

26

しおりを挟む
 セシルさんの家にそこまでたくさんの部屋があるわけもなく、私とカルは二人で一つの部屋に泊まることになった。村長であるセシルさんの家には、客間があり、余所から来た人間を泊める場合はそこを使ってもらうのだという。その客間に私たちも案内された。
 セシルさんは、私たちを泊めてくれる上に、寝間着まで貸してくれた。聞けば、遠くの街に出稼ぎに出ている旦那さんがいて、彼が着なくなった寝間着を貸してくれるとのことだった。
 カルは熊の返り血で汚れていたし、私もそれなりに汚れていた。ありがたいことに、この村には温泉が湧いていて、旅の汚れを洗い流すことができた。そして、下着も私の持つ銀貨で売ってくれて、私は久しぶりに下着を着替えることができた。カルの分も買ったのだが、あまり喜んではもらえなかった。
「随分派手な色だな。それ着て寝たら物凄い夢でも見られそうだな」
 カルが私の着替えた姿を見て言う。しかし、彼に言われたくはない。
「そっちだって大した差はないだろ。悪夢でも見ればいい」
 カルはふんっと鼻を鳴らして、寝床に入った。寝台はそこそこの大きさがあって、二つ並んでいた。柔らかな布団で眠れるというのは、ありがたい話だった。私も寝床に入る。明日は早いのだ。寝坊しないように、早く寝なくては。
「熊、煮込み料理の方が美味かったな」
 寝床の中からカルが話しかけてきた。確かに、煮込み料理で出された熊は、肉が柔らかくなっていて、焼いた肉より美味かった気がする。だが、獲りたての熊はあれはあれで美味かった。
「カルが捌いてくれたのもあれはあれで美味かったよ」
 そう答えると、カルは「へへっ」と少し笑った。熊料理……街で見かけることはほとんどないが、また食べてみたい、そう思わせるものがあった。とにかく、美味かった。食べ物であんな幸せな気分になった記憶は数えるほどしかない。
「なあ、明日は行くんだろ? 天馬に会うんだろ?」
 眠そうな声でカルが訊く。私としてはその案は断りたかったが、だからと言って、行かなければリューシンの厚意を無駄にすることになるし、ミラを見捨てることになるのも嫌だ。
「行く。だから、早く寝てくれ。私も疲れているんだ」
 そう答えて背を向けると、後ろからカルの弾んだ声が聞こえた。
「良かった。天馬は怖くないぞ。オレだって会ったことがあるんだから」
 私はそれには答えず、目を閉じた。
 早く眠れるようにと願った。

 * * * * *
しおりを挟む

処理中です...