奇跡を呼ぶ旋律

桜水城

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「何を驚いておる……人間。我が言葉を使うのがそんなに意外か……?」
 私は腰を抜かして地面に尻をついた。いや、そもそもカルについていくのがつらく、難しいことであったので、座り込んではいたのだが、背中にすら力が入らなくなっていた。私は天馬琴を放り投げ、両の手は身体を支えるためだけに地面についていた。
「我はおぬしの頭の中に直接話しかけている……。虚偽の言葉で我を騙そうとしても無駄な話ぞ」
 天馬は私の前に降り立ち、じっと私を見つめていた。その背中にある羽根は大きく、美しくて、姿そのものが神々しかった。しかし、それは同時に恐ろしさを感じさせるものでもあり、私は何も言えなかった。ただ、目の前にいる天馬を見つめるだけだった。
 そうしているうちに、先を行っていたカルが気付いたらしい。彼は戻ってくると、空気の読めない発言をした。
「なんだ、おっさん。もう天馬を見つけたのか。思ったより簡単だったな」
 カルが戻ってきてくれたのはありがたかったが、そんなことは今問題ではない。私は天馬に問い詰められ、今にも殺されそうなのだ。
「ほう……。貴様らは我を探してこの山に来たのか。何の用だ」
 その声はカルにも聞こえていたようで、言葉の出ない私に代わって、カルが答えた。
「弦の切れた天馬琴を直したいんです。良かったら尻尾の毛を分けてもらえないでしょうか?」
 それを聞いた途端、天馬は前足で地面をダンダンっと叩いて、怒りの感情を示した。いや、正確には「ダンダン」っと音を立てて地面を叩きたかったのだろうが、地面は砂地で、「ダンダン」っというよりは、「バスッバスッ」という感じで、砂が辺りに舞い散った。
「我の仲間を殺して作った楽器を直すだと!? 我が許すわけがなかろうが!」
 天馬の声は頭の中に直接響くので、大声を出されると、耳が痛いというよりは、頭そのものが痛くなるのだ。鉄球で頭を殴られたような衝撃に、私は完全に地面にのびてしまった。かろうじてまだ意識はあるが、起き上がれない。
「絶対に許さない……殺してやる……」
 呪詛のような禍々しい言葉が、頭の中を駆け巡る。それだけで十分天馬の怒りは伝わるのだが、カルは空気が読めなかった。
「なんだよ。良いじゃん、尻尾の毛の一本くらい……」
 その一言で完全に怒った天馬は、私とカルをいっぺんに持ち上げ、空に飛び上がった。
 そして、普通の生活をしていればまず味わうことのない高さから、私たちは天馬によって墜とされた。

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