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第50話 【幕間】そうだ、真祖を倒そう

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Side マイト・ダーゼン

 煌びやかな装飾で彩られた美しい廊下を歩く。
この廊下を歩くのは今回で2度目。最初に歩いたのは聖女アーデルハイト・ラクレタより勇者という名誉ある称号を手に入れた時だ。
どうやら先代勇者であるレイド・ゲルニカが死亡したために、名も無き創造神より信託が下ったそうだ。
ゴールドランクの冒険者となり、更に勇者という称号まで手に入れた。
多くの障害はあったが、今は愛しのシファニーがいる。
彼女が俺に誰にも負けない力を与えてくれたんだ。

 勇者という称号は名前だけではない。
実際に王城へ行き、正式な勇者となる儀式を行うことで俺は以前までとは比べ物にならない程の力を手に入れた。
以前は苦戦していたオークキングだって、今なら剣を数回振るだけで倒せるようになったし、この間はドラゴンだって倒せたんだ。
俺の持つ剣技とすべてを燃やす火炎魔法があれば俺はまさに最強の男になったと言えるだろう。
かつて恋人を寝取りやがったランドルを探し殺してやろうと思ったが、それはもうやめた。
俺には愛しい人がいる。もう昔の女は忘れよう。――そう思っていたはずなのに。



「どうしてお前がいるッ! ランドル!」
「どうしてって言われてもさ、困るよマイト」

 いけ好かない長い赤髪を後ろで結んだ優男が目の前にいた。
腰にあるのは魔剣カーネリアン。奴の代名詞とも言える赤い結晶を生み出す魔剣だ。
その剣技と魔剣の能力で奴はオリハルコンランクの冒険者に上り詰めている。
もっとも、女癖の悪さで”女狂いのランドル”と呼ばれる事が多いがな。


「……まさか、?」
「この王城にいるんだ。冒険者がここにいるなんてそれしか理由はないだろう?」
「勇者の俺ならともかくなんでお前までッ! マチルダの事を俺が忘れたと思っているのか?」

 いつでも剣を抜けるように腰を落とす。
王城だろうが関係ない。もう探すつもりはなかったが、こうしてノコノコ目の前に来たんだ。
殺される覚悟はあるんだろうな。
そう意気込んでいると、ランドルはやれやれといった雰囲気で両手を上にあげた。

「勘弁してくれよ、マイト。もうマチルダは別れたさ。君も知ってるだろう? 彼女の噂くらいさ。どんな子かなって思って近づいたけど、本当に変わった子だよね。まさか僕を捨てて、あんな年上に行くなんてさ」
「それを信じるとでも?」
「信じるさ。君ならね。……もうわかっているんだろう?」


 その言葉を聞き、俺は戦闘態勢をゆっくりと解いた。
なるほど、そういう事か。
俺たちはマチルダを遊びのつもりで付き合っていたが、逆にマチルダの方が俺たちなんて遊び相手程度しか見ていなかったという事だったのだろう。強い男と付き合うことが一種の社会的地位だと勘違いしているのかもしれない。


「……それで、呼ばれたのはお前だけか、ランドル」
「いや、そうでもないようだよ。僕と君以外で、他に呼ばれているみたいだ。ほらあっちをみなよ。中々滑稽な劇が見れるよ」
「ん?」

 ランドルに言われ、俺は廊下から見える中庭の方へ視線を移した。
そこには7人の冒険者と思われる人物がいる。だが、よく聞き耳を立ててみると、何やら向こうも言い争いをしている様子だ。

「なんだ? あれも冒険者なんだろうが……」
「くくく、なんだマイト。知らないのかい? あの二組の冒険者パーティは最近巷で有名なんだぜ」
「そうなのか?」


 ずっとシファニーといちゃいちゃしか最近していなかったため、冒険者の情報にだいぶ疎くなっているようだ。
確かに言われてみれば何人かは見たことがあるような冒険者がいるようだ。


「教えてあげようか。まず右側にいる4人組の冒険者。名前は”地竜の顎ちりゅうのアギト”ってパーティだ。リーダーはあの男ベルントって奴だよ」

 それを聞いて思い出した。
”地竜の顎”は確かゴールドランクの冒険者パーティだったはずだ。
だが、俺の記憶では1年前に一人の水魔法使いを追い出したことでに掛かったという噂を聞いたことがある。
それ以降は随分落ちぶれてきたという噂だったはずだが……


「その顔を見ると彼は知っているようだね。なら話は簡単だ。ほら、対立している優男がいるだろう? 彼が”地竜の顎”の元パーティメンバーで今は自分で仲間を見つけ独立したティルだ。パーティー名は”エヴァンジル”だったかな」
「エヴァンジルだって? あの伝説の天龍の名前か?」

 俺がそう聞くとランドルはどこか可笑しそうに顔でうなずいた。

「なんか最強を目指すって意味を込めて、かの龍の名前から取ったらしいよ。皮肉なのか地竜と天龍だからね。それもあって随分もめているみたいだよ」

 天龍エヴァンジル
7年前まで人々に災害を与え、動けば天変地異を起こすとまで言われる伝説の龍。
竜と龍は違う。
俺が倒したことがあるドラゴンは竜という分類に振り分けられる。
これは知性がないドラゴンはすべて竜という括りになる。
だが、龍は違う。長い個体であれば数千年も生きる龍もいる。そうして力と知性を身につけた龍はもはや魔物というカテゴリーではない。信仰すらあるほどの神といっていい存在、それが龍と呼ばれるものだ。
もっとも、7年前にエヴァンジルは魔人が信仰する龍というそれだけの理由で討伐されている。
――たった一人の人間に。



「レイドが聞いたらなんて思うかな」
「意外だな、ランドル。お前はレイドの事が嫌いだと思っていたが?」

 先代勇者レイド・ゲルニカ。
史上最強の勇者であり、人類の守護者。そして魔人を殺す殺戮兵器。
エヴァンジルとレイドの戦いによって大陸の形が変わったというあの戦いをまるで神話のように語っている奴らもいるが、当時の戦闘を見たことがある奴らならとてもそうは言えないだろう。
皆は口を揃えてこう言っていた。


 ――一方的な殺戮だったと


 どうやればただ一人の人間が、龍を相手に一方的な戦闘をするなんて思うだろうか。
実際、レイドは戦闘後に放った言葉は「思ったより硬かった」だという。
本当かどうかはわからん。俺は直接話したこともないしな。
だが、ランドルは違う。
無謀にも一度喧嘩を売り、死にかけた。
こいつの手足が冒険者ギルドの中で細切れになる様は当時現場を見たことがある奴はトラウマになったらしい。

「ふふふ、僕はレイドの事は嫌いじゃないよ。どちらかというと尊敬しているさ。なんせ魔剣を手に入れて浮かれていた僕に現実を教えてくれたからね」
「お前のことはよくわからん」
「それに、彼はちゃんと治療もしてくれたしね。まぁ実際の所、彼が死ぬまでは怖くてあれから会いに行けなかったけどさ」

 それが普通だ。
俺だったら冒険者やめてるぞ。


「話を戻すか。それで何を言い争ってるんだ?」
「なんか、ベルントがパーティに戻れって言ってるらしいよ。それをティルが断っている。そんな感じさ」
「まだあの呪いが続いてるのか」
「みたいだね」


 どこかおかしそうに話すランドル。
俺もあの呪いは信じてはいない。だが、こうして目の前でその呪いの被害者をみるとなんとも言えないな。
そう思っていると、廊下の奥の扉が開いた。
中には城の近衛騎士と思われる人物が数名立っている。
いよいよか。


「お待たせしました。勇者マイト様。紅のランドル様。エヴァンジルの皆様、奥へお進みください」

 なんだ、地竜の顎の連中は呼ばれていないのか?
だったらなぜここにいるんだ。
まさか、強引にこの城の中まで入ってきたのか?
恐らくティルという仲間の名前を使ったのだろうが何と愚かな。


「おい、ティルは俺たちの仲間だ! だから俺たちもこの依頼を受ける権利があるッ! そうだな!」
「失礼ですが、あなたは?」
「ッ!! 地竜の顎のベルントだ! ティルは俺たちのパーティメンバーなんだッ! なら王からの依頼を受ける権利は俺たちにもある。当然の話だろう!?」

 怪訝な様子で見ている近衛騎士がゆっくりとティルの方を向いた。


「ティル殿、今の話は本当ですか?」
「違います。俺はもう彼らの仲間じゃない。俺の仲間はここにいるペトラとユリアだけだ。ベルントもう付きまとわないでくれ」
「待てッ! どこに行こうってんだ! 絶対に許さないぞ、俺は認めない! お前は俺のパーティのメンバーだ! 安心しろお前だけじゃないちゃんとお前の横にいる連中も俺の仲間にしてやる。これで元通りだ、そうだろ!? おい、何する離せ!」

 ベルントは集まってきた騎士に腕をつかまれ、そのまま連行された。
一緒にいた地竜の顎のメンバーは困惑した様子でティルと連れていかれたベルントを見ている。

「ティル。私たちッ!」
「もういいだろう。俺と君たちは他人だ。俺が追放されたとき、お前たちは俺のことを庇ってくれたか!? 違うだろう! それが答えだ。
俺は本当の仲間に出会えたんだ。俺は彼女たちと最強を目指す」

 そういうとティルは扉の向こうへ消えた。
それを絶望の表情で見ている地竜の顎のメンバーは方を落とし、すすり泣く声をあげながらベルントが連れていかれた方向へ歩いて行った。



「驚いたね。まさか噂の最強になるって言葉を生で聞くなんて。ちょっと感動したかも」

 黙れランドル。
今の最強は俺だ。
本当の最強は、レイドはもう死んだんだ。





 俺たちは近衛兵の後に続き、城の中を歩いている。
もうすぐ謁見の間だ。そこで今回の呼ばれた例の件について話があるのだろう。
俺一人で十分だと思っていたが、今呼ばれたメンバーを考えると王と聖女もそれなりに慎重だという事なのだろう。





「よく来た皆の者」


 驚いたことにすでに王が玉座に座っている。
俺たちは慌てて、頭を下げた。
エマテスベル七世の横には、まるで本当に光り輝いているような後光がさしている聖女アーデルハイト・ラクレタもいた。
大陸一の美女と名高い彼女の容姿はまるで作り物ではないかと疑うほどだ。
姿をこうして近くで見るのは二度目だが、まるで天上の天使のような美しさをされている。


「面をあげよ。時間も惜しい故、単刀直入に話そう。こうしてそなたらを呼んだのは他でもない。復活した真祖の吸血鬼ケスカ・クラウゼを討伐してほしいからじゃ」
「ッ!」

 あの化け物を討伐するために俺たちは呼ばれたのか。
先代勇者のレイドが討伐後、ずっと姿を見せていなかったあの真祖の化け物はレイドが死んだことにより復活を果たした。
一説ではレイドが施していた封印が解けただの、レイドが死んだ事を知り、表舞台に出てきただのと、色々言われているが実際の所は不明だ。
だが、奴はまた以前の時と同じように、人間を食料として狩り始めたそうだ。
すでにその被害が甚大なものになってきている。


「ケスカ・クラウゼは強力な力を持った吸血種の魔人だ。真祖であるため、ただ殺してもすぐに復活するだろう。そのためレイドと同じ方法を今回も取る。殺せ。魔人を、人に害を成す魔人を殺せ。さすれば真祖といえど殺し続ければ力が弱まる」

 その方法でレイドはケスカを殺し続け、表舞台から消し去ったといわれている。

「本来であれば、勇者マイト一人で十分だと考えているのだが、聖女アーデルハイトの助言により他に優秀な冒険者を集めた。マイトよ。お前がこ奴らを率いて真祖を討つのだ。レイドと同じ勇者であるそちなら問題あるまい。よいな」
「……分かりました」
「勇者マイト」


 鈴のように美しい声が俺の名前を呼ぶ。

「はッ! 何でしょうか、聖女様」
「気を付けてください。決して一人で立ち向かわないように」
「ははは、聖女も心配症であるな。レイドに出来たのだ、同じ勇者のマイトでも出来るのは道理。そうだろう? まったく、こんなに早く復活するとはな。余の言う通りあの時、
「王よ、それはどういう……?」
「なに難しい話じゃない。レイドにケスカ諸共あの場にいた魔人とケスカに育てられていた人間をすべて殺せと命じたのだ。だというのに、ケスカと1部の魔人のみを殺したのだ」

 どういう事だ。
魔人ならともかくなぜ人間まで殺せと命じる?

「何故人間も……?」
「知らんのか? ケスカの作っていたあの人間牧場では魔人と人間が共存していたのだ。喰われるために育てられたと知りながら生きているあそこの人間達はケスカを神と崇め、家畜として生きているのだ。どうだ、それなら死んだ方が良いと思うだろう?」


 分からない。
俺には判断がつかない。
だが、勇者なんだろう? 人間を守るんじゃないのか?

「お前には期待しておるぞ、マイトよ。お前ならば余の命令に背き、とは違うという事を見せてみろ」


 待て、今なんて言った?

「今……何と?」
「2年ほど前にレイドは余の命令に背いたため勇者の称号を剥奪したのだ。無論、力までは奪えないが勇者としての特権は全て剥奪した。聞けばその後、奴は冒険者に身を落としたと聞いたがその後直ぐに死んだらしいな。恐らく勇者を剥奪され自分がどれだけ恵まれていたのかを知り、余の命令に背いた事を悔やみ人知れぬ場所で自害でもしたのだろうよ」


 その言葉を聞き、俺は今回の任務の難易度を改めて知った。
そうか、この王はレイドの強さを正しく理解出来ていない愚王なのだ。
勇者の称号を剥奪? 王にそんな権限はないはずだ。
ということは勝手に判断したのか?
次の魔王はどうするつもりだったんだ?
まさか、レイドが自分で反省し謝罪に戻ってくると思っていた?
馬鹿な……恐らく聖女アーデルハイトはそれを理解しているのだろう。



 真祖の吸血鬼を相手に戦っても、俺一人では確実に殺されるということを。


 だから、俺だけではなく、この辺りで一番腕が立つランドルと、最近名が売れてきた冒険者を雇ったのだと、俺はそう理解した。

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