傘を忘れて、君と

アキレサンタ

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傘を忘れて、君と

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 そういえば今朝は天気予報を見なかった。毎朝六時には準備を済ませて、朝食を食べながらそれを見るのが習慣だったのに。
 この季節はよく天気が崩れる。先日も折り畳み傘を使用してしまい、それを干したままにしてしまった。
 ざあざあと音を立てて降りしきるその中で、他の生徒たちは傘を差して下校する。一人、また一人と生徒がいなくなり、遂には僕一人が下駄箱から動けずに待ちぼうけだ。
 これはいくら待っても止みそうにはない。そういえば職員室で借りられないだろうか。そう思い立ち振り返った時、彼女がそこにいた。

「あら、こんなところで突っ立って。何かを待っているのかしら?」

 黒い髪に真っ白な肌の彼女は、口元に手を当ててくすくすと笑った。
 わかっているくせに。彼女はその見た目の美しさに対して、少々意地悪が過ぎる。
 僕は困り顔を浮かべて眉を寄せていたのだろう。彼女はその表情に益々愉しそうに笑う。

「君はいつも愉しそうだね」
「そうね。あなたと話すのはとても愉しいわ」
「からかう、の間違いだろ」

 しかしよく見るとその手に傘はない。ということはつまり、彼女も僕と同じ待ちぼうけ組というわけだ。
 なんだ、からかってくるから傘を持っているのかと思った。僕を嘲笑いに来たのかとも。

「いいえ」

 そういうと彼女は鞄から可愛らしい花柄の傘を取り出す。
 僕の表情が曇ると、彼女は更に笑みを浮かべる。

「どうしたい?」

 彼女がそれを僕に差し出して問う。
 質問の意図が分からない。どうしたいもなにも、僕は職員室に傘を借りに行きたいし、その傘を受け取るようなことは無い。

「本当に?」

 彼女の真っ黒な瞳が更に問う。暗く、深く、黒いその目に僕が映っている。僕はどうしたい? 彼女は何を問うていて、僕は何を答えるべきなのか?
 少しの間を置いて、差し出された傘を僕は受け取る。
 
「一緒に……帰ってくれますか?」

 答えると、彼女はにんまりと笑った。嬉しそうにも見えるし、いたずらっ子のようにも見える笑顔だ。

「いやよ」

 言葉とは裏腹に彼女は上機嫌に言う。僕の手を引いて降りしきるその中に傘を差す。
 僕はそのまま傘の中に連れ込まれ、彼女を見る。心臓がやけにうるさい。

「持って」
「え、持ってって……君が持ってるじゃないか」
「持って」

 彼女は譲らない。白く細い指が傘を握ったままだ。その上から持てとでもいうのだろうか。
 僕が躊躇していると、彼女はまた僕の手を取る。
 予想通りというか妄想通りというか。彼女の手の上から僕の手が被さる。顔が熱い。

「ほら、帰るわよ」
「……僕と帰るのは嫌なんじゃなかったのかい」
「あなたの誘いは断ったわ。今は私が誘っているの、どう?」

 答えるまでもなかった。

 僕は彼女と歩き出す。溜まった水がぴちゃぴちゃと跳ねるその中で。
 妙に跳ねる心臓の音が、彼女に聞こえないように息を止める。
 ああ、今日は雨だ。
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