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003 やり直しの祝福
しおりを挟む目を覚ますと真っ暗な空間に俺はいた。
死後の世界ってやつだろうか。聞くところによると天使が迎えに来たり、川が流れていたり、花畑があるそうだが、ここにはそういったものはなかった。
「死んだ後もこんなところで過ごすのか……。つくづく俺らしいな」
「そんなことはありません。あなたには選択肢があります」
「え?」
俺が呟くと、返事をする声が辺りに響いた。見回すが誰もいない。相も変わらず真っ暗だ。よく見ると足元に地面があって薄く灰がかっていることに気付いたが、そんなことはどうだっていい。
何者かはわからない。ただ女性の声だ。彼女は続ける。
「あなたの思う場所に行きたければ連れていきましょう。その先には永遠の安寧があります」
「永遠の安寧……ここはまだそこじゃないのか」
「もう一つは現世への帰還。不幸の待ち受ける現世です。そこにあなたを戻してやることが出来ます」
「現世……生き返るってことか……」
俺は迷う。確かに死にたくはなかった。だけど死ぬ瞬間安堵したことは間違いなかった。あんな人生にまた戻されたところで、俺は幸せになれない。現にこの声の主は不幸の待ち受ける現世って言ってるし。
なら、もういいんじゃないか。せっかくのお声がけのところ申し訳ないけれど、俺はもういい。
「諦めるということですね?」
「あんな人生ならいらない。どこかからやり直せるとしても、どこにもやり直したいところはない」
「……本当に?」
男か女かわからない声が俺に問う。若干の困惑を感じさせる声色で。
「ふふ……あなたのその絶望に満ちた考え、面白いですね。私と同じで全てを諦めようとしている……そしてその心も私と同じ形をしている。この閉じかけた世界で、あなたに全てを託すのも悪くないかもしれない」
「な、なんだ……?」
声の主は困惑から一転、意地悪そうに笑う。かつてのいじめっ子のように何かを企んだような、そんな俺にとって迷惑極まりない考えをはらんだような声。
辺りがぐらぐらと揺れる。どことなくぼんやりしていた体に意識がしっかり宿るような感覚を覚える。
「な、なにをする気だ! 永遠の安寧とやらに連れて行けばいいだろ!」
「あなたの深層心理はそうは言っていない。生きたくて生きたくて仕方がないと叫んでいる。人生へ不満に溢れていると訴えかけてくる。だからやり直させてあげましょう。あなたの絶望が本物か見てあげましょう。その為の祝福を差し上げましょう」
「俺の深層……」
手先に感覚が完全に戻る。体が重い。さっきまでは気付かなかったが、やはり俺は死んでいたのか。魂だけだったような感覚から重い肉体がまとわりつく。
頭上の空間から光が差す。眩しくて目を瞑る。
「いつかまた会った時、幸せだったと言えると良いですね」
声がどこか遠くの方へ消えていく。
光が収まり、目を開く。
「ここは……」
見覚えのある景色。俺は落ちて死んだはずの池のほとりに倒れていた。どうやら本当に現世へ戻されたらしい。
青々とした空、それを映す水面。花が風に揺れて甘い香りを周囲に放つと、俺はようやく視界の異変に気付く。
「なんだこれ」
胸元辺りに青い透明の板が浮いている。触れようと身をよじると、それは俺の体の動きに合わせて一緒に動いた。
そこには何かが書かれていた。
「『女神の祝福を受けました』……?」
思わず読み上げると文字が書き換わっていく。
俺は更にそれも読んでいく。
「『あなたは祝福を受けました。この画面に触れると任意の時間から人生をやり直すことが出来ます。更にその時間から』……うぉい! 早い早い待て待て待て!!」
画面、というものに触れると文字が高速で流れていく。慌てて数度触れると更に文字が飛んでしまった。
大人しく手を離すと文字はゆっくり表示されたが、かなり読み飛ばしてしまっていた。
俺は諦めてその画面が切り替わるのに任せて文字を読み進めた。
「つまり……」
画面が青いまま止まる。きっと説明をすべて表示し終えたのだろう。
俺は画面にタッチする。説明書き曰く、この画面に触れることをタッチと呼ぶべきらしい。どっちでも良いが。
「画面に触れると画像が表示される。スクロール……するとそれが巻き戻っていく。これは俺が今まで過ごした人生が全て保存されていて、選んだ過去の画像からやり直せるということか……」
少し考える。先程の体験からこれが本物かどうかを試さなければならない。
ただ、このやり直しはそこから現在まで帰って来れるかがわからない。きっと説明されていたのだが読み飛ばしてしまった。一瞬出来るようなことが書いてあった気もするが……。
「もし戻れなくても影響の少ない時間にしよう」
俺は画面をタッチし、スクロールする。パラパラパラ、と切り替わる様はまるで映像を逆再生するようで少し滑稽に見える。
ある地点で画面を止める。ここに決めた。
「今朝に戻ろう」
画像をタッチする。画面から光が溢れると、俺の姿は池から消えてしまった。
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