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004 祝福の証明
しおりを挟む日が昇ったところだ。鶏が鳴いている。
俺は自分の部屋の中にいて、服も寝間着に――というほど上等のものではないが――着替えていた。いや、この場合は着替える前だったというべきか。
「……! そうだ! 小屋に行かないと!!」
丁度よくやり直しの力が試せる事件。今朝に戻ったというならまだあるはずだ。
「本当に……帰ってきている……!」
俺は目を見開く。遠めに見てもわかる位置に小屋がある。確かに今朝崩れてしまった小屋を見たはずだったのに。
……そう、小屋が老朽化により倒壊したのだった。今なら被害を少なく出来るかもしれない。
「皆ここから離れて! 道具も全部出さないとダメだ!!」
着替えもせず駆け付けた俺は小屋の扉を開けて叫ぶ。数人の老人が作業のまま寝泊まりをしていたらしく、中には人がいる。俺は眠そうな老人とその忌避するような目を無視しつつ、荷車を始めとした荷物を外へ放り出す。
多少乱暴に扱ったって良い。踏みつぶされて壊れるよりマシだ。
「リドゥ、何をしている!!」
老人の一人が俺を怒鳴りつける。しかし俺は手を止めない。物音と怒鳴り声に近所から更に人が集まる。
「中の人を全員呼んでくれ! 誰か中の荷物を出すのも手伝ってほしい! お願いだ!!」
「なんだ、あいつ……」
息が切れる。相も変わらず弱いこの体では息が上がってしまい、荷物を一割も外へ出せていない。それどころか俺が出した物を中へ片付けようとする者までいる。
老人たちが気味の悪いものを見るように俺を囲む。わかってる。自分がいかにおかしいことをしているかなんて、自分が一番わかっている。だけど俺は小屋が壊れることを知っている。
やり直しの力が嘘で、小屋が壊れなかったとしたら俺は異常者扱いが止まらないだろうな。
「お願いだ! 俺を疑うのはわかる! だけど今から一時間だけでも荷物を外へ出しておいてほしいんだ! お願いだから!!」
「……」
だからと言って構うものか。何も起きなければそれでいいじゃないか。俺は俺の知っている未来を変えなければならない。
しかし。
「お願いだ!! 皆お願いだぁ!!」
俺は叫ぶ。作業を続ける。その内人が集まってきて取り囲むが、誰も手伝ってくれない。
そうしていると何者かに胸倉を掴まれる。ブリーだ。
「おいてめえ何してんだよ。何も出来ねえ、ただでさえ役立たずで迷惑なお前が、遂に他人様に迷惑かけ始めたな?」
「ち、違う! ブリー! お前も手伝ってくれ! 急がないと小屋が壊れてしまう!!」
「あぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ!!」
浮遊感が俺を襲う。――投げられたんだ。ブリーが大義名分を背負い俺を蹂躙する機会を得た。奴の嫌な笑みを視界に捉えた瞬間、小屋に叩き付けられる。
ギシギシと音を立てる柱。今ので壊れる時間が早くなったかもしれない。ブリーは更に俺を掴み上げて何度も壁に叩き付ける。
痛い。痛くて動けない。俺の力じゃブリーには敵わない。村人も俺を助けるでもなく、ただ蹂躙される様を眺めている。痛みが恐怖に変わり、俺の心に絶望の闇が広がる。
「ブリー! 逃げろ!!」
村人の一人が叫んだ。その瞬間小屋が大きな音を立てて崩れた。
中にいた老人や荷物を中に戻していた者も、丸ごと押し潰されただろう。俺の上にも瓦礫や柱が倒れてくるのが見え、衝撃が襲い来る。
「リドゥの言っていたことは本当だったんだ……俺たちはなんてことを……!」
意識が朦朧とする。頭に思いきり当たったようだ。このままでは死んでしまう。
……死ぬと俺はどうなる? 果たしてやり直せるのか? わからない。初めに死んだときも死んだことがなかったことになっていたんだ。
今回もなかったことになる保証はない。
俺は震える手で空中に画面を表示させ、とにかく今より前の時間を選択する。
光が溢れる。
「リドゥ、何をしている!」
俺は小屋の荷物を運び出している。死ぬ前にやり直せたんだ。
「中の人を全員呼んでくれ! 誰か中の荷物を出すのも手伝ってほしい! お願いだ!!」
「なんだ、あいつ……」
同じセリフが返って来る。……ダメだ、これじゃさっきの出来事を繰り返してしまう。
騒ぎに気付いた村人がぞろぞろと集まって来る。ヤバい、ブリーが来る前に何とかしないと!
「エレナ!!」
ブリーを探して群衆を見回している中で、俺は女性を見つけ、名前を呼ぶ。エレナ。村一番の美人で、性格も優しくて良い子だった。幼馴染の一人で、小さい頃はよく遊んだものだったが、気付けば高根の花になっていた。
彼女の元へ俺は走っていく。息を荒くしながらやって来た俺に、彼女は優しく声を掛ける。
「リドゥ、どうしたの。あなた、こんなことする人じゃなかったじゃない」
「エレナ……お願いだ。君からも皆に伝えてほしい。もし何も起きなかったら俺はどんな扱いを受けてもいい。だけど一度だけ、力を貸してほしいんだ」
「リドゥ……そんなに必死になるなんて」
エレナは顎に手を当てて黙り込む。俺は固唾を呑んでその様子を見守る。未来を変えるには彼女の力を借りるしかない。
少し経ってから、彼女は頷く。エレナは小屋に近寄っていき、俺の運びかけていた荷物に手を添えた。
「皆、リドゥを手伝ってあげて」
周囲があからさまにどよめいたのがわかった。村一番の美女があのリドゥール・ディージュを信じたのだ。
弱くて遅くて背も小さくてちっぽけな、クズのような男の言葉を彼女が信じた。
「お願い」
「……わかった!」
数瞬の沈黙の後、若い男たちが頷いた。俺が声を掛けた時には微塵も動かなかった村人が、彼女の一声に応えたのだった。
みるみる作業は進む。中の老人も勢いに押されて全員が外へ出てきていた。
「見ろ!!」
数十分後、荷物が全て出された直後だった。
小屋が派手に土ぼこりを上げながら倒壊した。
「リドゥはこれを恐れて……」
俺は目を見開く。起きた。本当に。
本当に今朝に戻っている。しかも未来を変えた。
「リドゥ、どうして小屋が壊れることを知ってたの?」
すごい……すごいぞこの力は……! こんな力があればなんだって出来るじゃないか!!
俺だけでは成し得なかったことだけど、それでも俺が未来を変えたんだ……!
「あ、ああ。夢で見たんだ。やたらと鮮明だったから正夢になるんじゃないかって思って」
「すごい! リドゥは村の恩人だわ!」
エレナが大袈裟に声を上げる。ああ、彼女は本当に良い子だな。気味悪がっていた俺を見る村人の目は、もうない。あるのは鮮明な尊敬の眼差し。しかもそれはエレナがわざとらしく褒めていることも影響しているのだ。
俺一人では更に気味悪がられた可能性があるが、村の中で一目置かれている彼女の言葉なら印象も変わる。彼女がそこまで計算しているのかどうかはともかく、大勢の前で大袈裟に褒めることで俺への印象を良くしようとしてくれているのはわかった。
「ありがとうエレナ。君が手伝ってくれたから被害が少なくて済んだ」
「そんなことはないわ! あなたが頑張ってくれたからよ! 下手すれば皆に嫌われたかもしれないのに、それでも皆の為にひっしになってくれたから!」
彼女は俺の手を掴んだ。村人の温かな眼差しがいくつか消える。
ああ、やっぱり彼女は天然だ。男たちが嫉妬に燃えているぞ。とはいえこれで彼らが困らずに済んだのも確かなはずだから、表立ったやっかみはないと思いたいが。
「あなたは村の誇りよ! ブレイブと同じ!」
「……」
彼女が彼の名を出した途端、嫉妬の眼差しが消える。更に変化して同情の眼差しだ。
ブレイブ。幼馴染の一人で、勇者に選ばれた男。顔も性格も良くて、その上救世の英雄に選ばれるなんて世の中は不公平だと、恐らく村中の男が全員思っていることだろう。
そして彼女は誰から見てもわかるほど、ブレイブに恋をしている。
「ああ、ありがとう」
俺は彼女から離れると、自分の家へと歩き始める。村人はそれぞれ俺に礼を言った後、荷物を片付け始める。
勇者には程遠いかもしれないが、今の俺なら冒険者になれるんじゃないだろうか。ギルドで難しい依頼を繰り返しこなして、一地方で感謝されるくらいの実力者に。
「……」
俺はベッドの上で腕を組んで考える。
考える。
考える。
「やってみるか」
呟くと、どこかから子供の歓声が聞こえた。何かの遊びをしていてたまたま聞こえたのだろうが、俺には賛同の声に聞こえていた。
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