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018 彼らの目的、あわよくば勇者より先に魔王を倒したい

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「アタシたちの最終目標は魔大陸なのよね」

 ソリスが朝、俺に告げた。今日から俺は本格的に二人の仲間に入れてもらう。当面の目標は人権と呼ばれるランク3への昇格だ。
 彼女は食べ終えたフルーツの皮をフォークでいじりながら話す。左手には今日行う予定の依頼書が。彼女の隣では、相変わらず苦い顔をしながらコーヒーを飲むルーンの姿があった。

「魔大陸……ブレイブの行ったところだ」
「ブレイブ? って、あのブレイブ?」

 思わず呟くと、ソリスが首を傾げた。俺の幼馴染で勇者に選ばれた男、ブレイブ。彼はその特異性から特別にギルドランクを与えられていた。故に彼を知る者は多い。

「幼馴染なんだ。昔あいつが旅に出た時、村の皆と見送ったよ」
「昔って……つい先月の話でしょ」
「あ」

 言われて気付く。そうだった。今は15歳なんだ。ブレイブが勇者として選ばれたのも15歳。魔王を倒す為に旅立ったのは、この時代において先月のことに当たるらしい。

「そんな男と幼馴染とは……リドゥ、よく劣等感で死ななかったねー」

 ルーンがからかい気味に言う。死にたくなったさ、もちろん。当時の俺は今のような体じゃなかったから、その劣等感は尋常じゃなかった。男として、人として、彼は皆に期待されていて、その癖とても良い奴だったから嫌いじゃなかった。
 それが余計に俺の劣等感を掻き毟った。

「それで、魔大陸だっけ」

 俺は話題を元に戻す。

「そう。アタシたちの最終目的地は魔大陸で魔王を倒すことよ」
「勇者の役目だから僕たちはいらないって言ってるのに、ソリスってば聞いてくれないんだよ」

 ルーンが困り果てたように言った。そして一口コーヒーを飲む。眉をひそめて砂糖を追加する。

「何を腑抜けたことを言ってんの! アタシたちが今まで何のために鍛えてきたと思ってんのよ! それを先月旅に出たどこぞの馬の骨に横取りされてたまるか!」
「少なくとも僕が鍛えていたのは君の無茶に振り回されて死なない為で、魔王を倒すことじゃなかったよ。それに先月旅に出たばかりは君だって同じだろうに」
「え、ソリスたちって先月からなのか!?」

 俺は驚き、机を叩いて身を乗り出す。皿が少し跳ね、がちゃんと音を立てる。
 先月から……だというのにその強さ、知識。俺はとんでもない大人物と出会ってしまったのではないだろうか。

「そうよ」

 身を乗り出した俺に対抗するように、彼女も机を叩く。ズイ、と顔がこちらに寄ると俺の視界は彼女でいっぱいになる。……なぜ彼女は他人に対してあんなに凶暴的なのに、身内になるとこんなに距離が近くなるのだろう。
 俺は顔が熱くなるのを自覚し、静かに椅子に戻る。ルーンがニヤニヤしながらこっちを見ていた。軽く咳払いしてみる。

「魔大陸に行くにはギルドの許可がいる。はいリドゥ、魔大陸について知ってること言ってみなさい」
「え、えーと。俺たちの住む大陸と地続きに繋がっていて、ギクル連山の西側の大陸を指す場所。大陸の最西端に魔王がいると言われてて、ギルドが昔結界を張って強いモンスターは進行できなくなっている……だっけ」
「それで、その最深部の結界を基準にいくつかの進行度を設定している。進行度の深い場所に行くまでをギルドランクで制限を掛けているというわけだよ。ここまでは当然知ってるね、リドゥ」
「ああ、うん」

 ルーンに補足されながら頷く。ここまでは俺も知っている。勇者に選ばれたブレイブはその進行を許可するためにギルドランクを与えられたのだ。
 もし俺たちが立ち入りたければ、許可されるランクまで自力で上げなければならない。

「さて、じゃあリドゥに質問よ。ひとつ、何故ギルドは結界まで張れたのに魔王を討伐することに必死にならないのか」

 ソリスが体勢を起こし、腕を組む。指先をくるくると回しながら俺を指さす。
 彼女の質問に俺は少し考える。ギルドが結界を張ったのは知っている。確かに、そのまま総力を上げれば魔王を討伐してモンスターのいない世界を作れるはずなのに。

「魔王はすごく強くて、人間の力じゃ勝てない程強力……とか。それこそ、東大陸が総出で勇者の適正を持つブレイブを探さないといけない程に。だから結界でこっち側に来れないようにしている現状に甘んじているとか……」
「悪くない答えね。じゃあ、ふたつめ。誰が魔王を見たのか。そしてそれは勇者にしか倒せないと、誰が言ったのか」
「え……それは……」

 言葉に詰まる。わからない。昔からそういうものだと思っていたし、そこに違和感を持ったことはなかった。確か周りの大人が言っていて、彼らは教会から聞いたとか……いや国のお触れのようなもので……やっぱりよくわからないな。

「個人の強さが秀でた時、女神の声が聞こえるのよ。それがなんであれ、集団の平均から逸脱した時、女神が語り掛けてくる。魔王を倒せと、時間がないって。リドゥの答えにあったわね。現状に甘んじていると。でもそれも長くは持たない」
「ソリスは声を聴いたらしいんだ。ほら彼女、見てわかるようにすごく強いだろ。どこかのタイミングで彼女は強さの基準を満たした」

 女神の声を聞く……そんなことが本当にあるのか。
 曰く。
 女神は直接ソリスに語り掛けてはいなかったらしい。不特定多数の人間に向かって話すような言葉を、どこかの誰かに届くように、信じて語り掛けているように聞こえたそうだ。

「魔大陸の最奥地点に魔王はいる。アタシは女神の声を聴いてしまった。癪だけど勇者を探すようにも言われたけどね」

 魔王が我々の世界を侵略しようとしている。かつて力のあった者たちによってその侵攻を抑えてはいるが、それももう長くは持たない。勇者を探せ。女神の剣を扱うことが出来る少年がいるはずだから、彼を探して魔王を討ってほしい。
 そのような言葉だそうだ。そして彼女はその言葉が癪で堪らなくて、勇者より先に魔王を倒してやろうと思ったらしい。
 ソリスはルーンのコーヒーを奪うと、それを一息に飲み干した。

「なっ! 僕のコーヒーなのに――」
「甘いわね!! 二つの意味で!! いい? リドゥ、これからアタシたちは難度の高い依頼をクリアしなければならない。その為にアンタのランクが足を引っ張らないようにする。それと、アンタ自身もアタシたちの足を引っ張らないようにする! この間みたいなまぐれは何度も起きないわ! これからビシバシ鍛えるんだから!」

 カップを机に叩き付けると、再び俺の顔にぶつかるほどの距離で彼女は叫んだ。
 この間みたいなまぐれは何度も起きない……か。俺の祝福のことを話していないだけに、この言葉に苦笑いしてしまう。
 しかし彼女は本当に面倒見が良いようだ。ランクの昇格を手伝った上に、彼女の指南も受けられるなんて、願ったりかなったりだ。

「いいわね!!」

 彼女はそう言うと、満面の笑みを浮かべた。



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