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019 はじめてのけんじゅつ

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 今回の依頼はやはりというかなんというか、モンスターの討伐だった。ゴブリンの巣穴の掃討になるわけだが、その数なんと150体。初めてソリスたちと会った時もそうだったが、基本的に彼女の標的は規模が違う。
 150体なんて普通、ギルドメンバーが20人くらいで向かうんじゃないのか。俺たち三人で、単純計算で一人50体。

「無理だってソリス。リドゥはこの間まで農家の少年だったんだよ?」
「それでもネメアの攻撃を避けたし、その剣で見事に受け流しきった。まぐれだったとしても素質があるわ」

 そう言ってもらえると嬉しいが、まぐれもまぐれ。まぐれが起きるまでやり直した結果だから俺は複雑だ。
 既に真昼間の荒原の洞穴の前に俺たちはいる。ゴブリンたちにもそれなりの文化はあるようで、入り口に簡易的なかがり火と人間の頭蓋骨であしらった装飾がある。……死ぬほど趣味が悪いし、こいつらが討伐対象になぜ上がりやすいのかがわかるほど人間に敵対的だ。

「今からアンタに剣の持ち方を教える。それから素振りね」
「え、ここで!?」

 さっきも言ったが、洞窟の前だ。しかも奥にいるのは確実なのだ。照り付ける太陽が今は昼だと盛んにアピールしており、夜行性のゴブリンは滅多に出てくることはないだろう。が、それでも。
 戦地のど真ん前で稽古に臨むか!? 普通!!

「ちなみに、リドゥがバテるとソリスは洞窟の中に石を投げ込むからね。異変に気付いたゴブリンが出てきて、バテたリドゥが見つかったらどうなるか……後はわかるね?」

 何のことはない。死じゃん。
 まだ何も教わってないのに、俺の背には汗がだらだらと流れている。

「じゃあ稽古始めるわよー。持ち方はこう、んで、こうねー。そう、いいわよーやっぱ筋がいいわー」
「握っただけでそんなもんわかるか!! ていうかまだ握ってすらなかったよ!」

 それから。
 ソリスの稽古は本当に俺がバテるギリギリを突いて、時にゆるめながらも長く続いた。

「剣の軌道は悪くないわ。ただ返し手がまだ自然じゃないわね。腕で振るんじゃなくて、全身で振るのよ。体重を乗せなさい。剣の重さと体重、それらを重力に導かれるままに乗せるだけ。ゴブリンを斬るのに力みはいらないわ」

 握った手の皮が剥ける。力が入らない。腕なんて最初の数分で疲れてしまい、以降は彼女の言うように全身で以て剣を扱うように心がける。足腰にもガタが来始めていて、今にも倒れそうだ。
 だが倒れる訳にはいかない。俺が少しでも動けない素振りを見せると、彼女は本当に石を拾い上げていた。

「心の中に一つ思いを抱きなさい。何のために戦うのか、アンタは何を思えば戦えるのか。人は誰しも臆病よ。だけど心の中に思いがあれば戦える。それがアンタを奮い立たせてくれる。時に冷静にしてくれる。心に剣を宿すの。要は根性論よ」

 技術指導に関してはソリスは意外なまでに上手い。しかし彼女の言葉は難しかった。俺にはまだピンと来ない。
 何のために戦うのか、何を思えば奮い立つのか。俺はネメアの攻撃に突っ込んでいったとき、何を思っていたのだろうか。

「ダメね。時間切れだわ」
「ハァ、ハァ、ハァ……!!」

 日が落ちていく。気付けば向こうの方が茜色になっており、頭上には既にいくつかの星が出ていた。
 夜がやって来ている。洞窟の奥から大量の気配が押し寄せる。

「僕がエクスプロージョンを放つから、ある程度はそこで数を減らせるだろう。その隙にリドゥは逃げるんだよ」

 ルーンがそう言ってくれる。だけど、俺も戦いたい。足手まといになりたくない。
 ソリスが俺の腰に手を回す。移動の手助けをしようとしてくれている。

「ソリス、俺も戦いたい……!」
「今日はお預けよ。よく稽古についてきたわ。あとは見てなさい」
「アギャァアアア!!」

 洞窟からゴブリンが飛び出してくる。ルーンが待ち構えていた爆撃魔法を放つ。
 20体程が焼け死んでいるが、奥からまだまだ飛び出してきている。
 俺はソリスに少し離れた丘に腰を下ろさせられると、彼女が飛び込んでいくのを眺める。

「ライトニング! エクスプロージョン!」
「はぁああああああ!!」

 ソリスの動きを観察する。さっき教えられたからか、彼女の動きの意味が理解できる。
 右足で踏み込むと、その勢いを殺さぬよう腰をひねる。そしてその力が無駄なく剣先に届いていく。確かに彼女の動きに力みはないように見える。物凄い轟音と彼女の怒気を帯びた声に、力ずくに感じてしまう。だがその実、動きは舞のように軽やかであった。
 俺もあの動きをしてみたい。彼女のように戦いたい。習ったことを、今試したい。
 なら、俺は――

「やり直す」

 青い画面が表示される。
 光が溢れる。

「……! アンタ、剣術を習ったことあんの? 今急に動きが良くなった……いや、まだまだではあるけど」

 太陽がジリジリと俺の肌を焼く。昼に戻っている。
 再三彼女に教えてもらった動きを再現する。体に覚え込ませる部分が大多数を占めるが、不思議なことに俺はそれを稽古前の体でも行えた。体が覚えていなくても、俺の経験がそれをカバーしているようだ。
 ここまで経験の引き継ぎが可能なら、俺もゴブリンと戦えるかもしれない。

「いいわ、ならもう一段階上のことも教えてあげる」
「え……! まだ先があるのか……」
「当たり前でしょ! 剣術なめんな!」

 稽古は厳しさを増していく。
 またゴブリンの前に立った時、バテて見学になってしまった。
 何とかギリギリ戦える程度になるのに、俺は結局五回もやり直すことになった。

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