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020 その心に宿りし剣は誰がために

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「恐ろしい才能ね……一度しか教えてないことをもうこんなに吸収してる……」

 日が落ち始めるる。空の茜色に溶けるような、赤髪の美しいソリスが腕を組みながら呟いた。違います。ほんと、五時間くらいの稽古を五回くらい繰り返しただけなんです。
 体感時間はとっくに一日を超えている。戻る度に体の疲労は無くなるのだが、心の方は限界を迎えそうだ。

「いいわ、これならゴブリンと戦わせても十分渡り合える。アタシたちは出来るだけ手を出さないようにするから、ゴブリンとやってみなさい。危ない時だけ行くからね」
「わかった」

 俺は頷いて剣を構える。俺用にもう一つ用意してくれたソリスの剣。剣は丁寧に研がれているが、刃が少しすり減っている。彼女が長年修行に使ったものだと理解できた。
 奥から気配が迫る。

「アギャァアアア!!」
「っ!!」

 大量のゴブリンが現れる。さっき見たソリスの姿を思い出せ。彼女の体運び、体捌き。その全てを真似すればいい。
 右足を踏み込む。自然と上半身がひねられる。その勢いを力みで邪魔しないように、俺はその力を剣先に伝える。

「ギャアアアアアア!!」

 ゴブリンの首が飛ぶ。力を入れていなかったのに、だ。集中したせいか息は上がるが、初めて剣をまともに使えた……!
 俺はそのままソリスの体運びを思い出す。低姿勢で重心を安定させる。腕で振らずに膝を使いながら全身で振る!

「ソリス……彼、異常に筋が良くないかい?」
「そうね……まさかあんなに動けるとは思わなかったわ。慢心しないといいけど……」

 二人の声が聞こえる。慢心なんてするはずがない。俺は五回も今日の稽古をやり直してるんだぞ。これだって何度も何度も練習したんだ。無駄な力を使わないように体に馴染ませるたと言ったって、それでも何時間もの稽古は俺に疲労を蓄積させる。
 振り抜いた剣先の方向に体を運ぶ。自然にそちらの方に重心が流れ、力を使わずとも移動が可能となる。無駄な体力を使ってはいけない。俺はまだ、一体しか倒せていない。

「2匹目、3匹目……!」

 出来る限り首を狙うべきだと俺は考える。実際ソリスはそうやって戦っていた。
 ゴブリンの体躯は15歳の俺より小柄だ。とは言っても、首を狙うには毎回剣を振り直さなければならない。下向きに振り抜いた後持ち上げるのが負担になる。これでは150体まで体力が持たない。
 ならば水平だ。出来る限り剣先を下ろさず横向きに振り抜く。低く下げた重心のままゴブリンの背を取るように回り込む。その動線上に刃を滑らせ、振らずともゴブリンの首を刎ねていく。
 一度の移動で6体程度倒す。完全にまぐれだが、疲労もなしに複数体無力化できたのは自信になる。

「ソリスだ。ソリスを思い出せ……」

 更に5体。次いで3体。ゴブリンは知能が高いとは言うものの、その根源は生存本能による状況判断にある。数でまだまだ勝る彼らは警戒なんてしていない。数で押せば勝てると思っているのだ。今の内に油断を利用して、出来る限り数を減らせ。
 俺は自分に言い聞かせるように呟く。やり直しの中で、ソリスの体捌きを何度も見た。それを再現するんだ。それだけに徹するべきなんだ。
 ゴブリンがこちらに飛び込んでくる。大多数は棍棒を振り回して襲い掛かり、一部石器のような尖った武器を持つものがいる。脳がジワリとしてくる。生存本能と、戦闘に対する人間の根源的な興奮が俺を包み込む。相手の攻撃が単調とはいえ、それでも一撃で重傷になり得る。危機感から集中力が研ぎ澄まされていく。

「ぐぁ……!」
「リドゥ!!」

 背後から棍棒を叩き付けられる。数の利を最大限利用してくるこいつらは、俺の死角を上手く突いてくる。一度の攻撃が、疲労の蓄積した体には重い。体の動きが鈍くなり、余裕がかなりなくなる。
 このコンディションでは戦えない。空中に指を振る。向こうの方からルーンの援護射撃が飛んで来ていた。

「やり直す!」

 光が溢れる。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 結局。
 俺はこの後何度もやり直した。やり直した直後相手の攻撃を受け止め、反撃して蹴散らす。単純に考えれば1度のやり直しで1匹倒せるわけだから、150回やり直せば良いのだが。
 100を目前にした辺りで、何度やり直しても倒せない状態になってしまった。体の疲労が限界を迎えたのだ。相手の攻撃を受け流すことはギリギリ出来ても、俺の反撃が届かなくなった。
 結果、ソリスが俺を回収し、残りの50体程をルーンが焼き尽くしてしまった。

「くそ……! 全部倒せなかった!!」

 俺は地面を殴る。疲労に塗れたその拳は、砂埃を起こすだけだった。

「十分だよ。稽古の直後で100体も倒した。既に君は並みの冒険者を越えている」
「……」

 ルーンが優しく声を掛けてくるが、蹲ったまま立てない。悔しい。確かに無理だと思っていたし、実際この戦績は称賛に値するのかもしれない。だが悔しいのだ。ソリスのようにはなれないと思っていても、それに到底及んでいないことが。やり直しの力を授かったのに、すぐに強くなれないこの状況が。
 説明できない感情が渦巻く。とにかく悔しい。理由は様々だろうが、どれもが的を射た理由にはならない。

「アンタは」

 黙って俺を見下ろしていたソリスが口を開く。彼女の目を俺は見ていないが、睨みつけるような視線を感じる。

「アンタは、今理想の自分と現実の自分とのギャップに苛ついている」

 ハッと俺は目を見開く。その言葉が俺の感情のど真ん中な気がした。

「アタシの姿を見すぎたのね。アンタの恐ろしい程の才能はその観察力にあるわ。普通の人間が分析できるレベルを遥かに超えて分析して、更にそれを自分の体に反映させるのが早い。だけど、当然今日一日でアタシになれるわけない。アタシをなめるな。才能に甘えるな」

 慢心するなと彼女は言っていた。今はその言葉が多様な意味を抱えていたと理解できる。

「だけどアンタは今、知ったわ。目標と、それに届かないことへの飢えを。今日ここに来てよかった。思った以上の成果があったわ」
「成果……?」
「そう」

 顔を上げる。睨みつけていたと思っていた彼女の表情は。予想以上に優しく柔らかだった。

「アンタはこれから強くなる。アタシを追って、アタシを追い越しなさい。今日アンタがそれを目指したのが、今日一番の成果なのよ」
「ソリスを追って、追い越す……」

 俺はそうなりたかったのか。初めて出会ってからこの短時間で、俺はソリスのようになりたいと、強烈に憧れてしまったんだ。自覚すると、思った以上にしっくりきた。

「リドゥ」

 彼女は、未だ地面に膝を付けたままの俺と目線を合わせる。美しくも凄まじく強い少女の顔が、俺の視界を占める。
 

「頑張んなさい」

 微笑むと、彼女は俺の額を指ではじいた。

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