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026 才能の枯渇した男
しおりを挟む街を南下し、俺の村を更に越える。その山奥にひっそりと佇む小屋があり、そこに練術の師匠はいるらしい。
この山には幼い頃連れてこられた記憶がある。ギルドから三日ほど掛かってようやく辿り着くと、山の中にも関わらず急に開けた場所が現れた。こんなところがあったのかと思うと同時に、どこがひっそりなんだろうかと疑問を抱く。割とボコボコに荒れた広間がひっそり感を薄れさせている。
「すみませーん」
広間の隅にある小屋に向かって呼ぶ。返事はない。人の気配は……あるな。
そっと扉を開く。直後。
「コラァーーッッ!!」
「いぃ!?」
飛び出してくる杖。額に衝撃を受けると、俺の体は後方に吹っ飛ぶ。広間の土に体がめり込むほどの勢いだ。
もしかしてこうやって地面がボコボコになってるんじゃ……? 扉は既に閉じられている。一瞬だけ真っ白な頭の老婆が見えた気がした。
俺はヨロヨロと起き上がると、再び扉に手を掛ける。――開かない。仕方がないので叩いて呼び掛ける。
「すみません! リドゥール・ディージュと申します! ルーン・ティミドゥスの紹介で来ました!」
「話をする価値もないねッッ! あんたはあたしの攻撃を避けられなかった。一昨日出直して来なッッ!!」
「なんだと……」
中から響くのはやはり老婆の声。言っていることが無茶苦茶だ。ルーンめ、こういう事は先に教えておいてくれよ。
仕方がないので俺は青い画面を表示させる。溜め息を吐きながら指を振る。
光が溢れる。
「コラァーーッッ!!」
杖が飛び出してくるので、半身を引いて回避する。そのまま横から杖を掴むと、今度は老婆が左手で掌底を突き出してくる。
また遥かに吹っ飛んだ俺は、鼻血を拭きながら立ち上がり扉を叩く。
「話をする価値もないねッッ! あんたはあたしの――」
「攻撃を避けられなかった、ね。ハイハイわかったよ」
光が溢れる。
「コラァーーッッ!!」
杖を奪う。掌底も避ける。追撃で足が飛んでくるので反射でそれをかわす。両手のふさがった婆さんが不敵に笑うので嫌な予感を覚えると、直後に俺の顎のあった位置に頭突きが飛んできていた。よかった、前の経験で頭突きを繰り出したことがあったので咄嗟に避けられた。
しばらく婆さんと睨み合う時間を過ごす。
「いいだろう。話を聞いてやろう」
婆さんは口の端をニヤリと引き上げると、力を緩めた。ついてこいと手招きするので、その家の中に入ろうとした。その瞬間、またも婆さんが飛び蹴りを繰り出してくる。吹っ飛ばされた俺は地面にめり込み、婆さんが嫌な笑みのまま扉を閉じた。
扉を叩くと老婆は言う。
「話をする――」
「価値もないね! ああもう!!」
光が溢れる。
「ルーンめ。中々筋のいい男を使いに出すじゃないか」
婆さんが満足そうに笑っている。今は出されたお茶を飲んでいるゆっくりしているが、ここに来るまで軽く10回はやり直した。直ぐに不意打ちを食らわせてきて、その度に俺は外まで吹っ飛ばされて同じセリフを吐かれたものだった。
ようやく落ち着いたので、俺は質問をする。
「あの何度も吹っ飛ばされた時に感じた、異常な威力が練術なのか?」
「何度も?」
間違った。やり直したから婆さんは知らないんだ。この辺りの感覚のずれは未だに慣れない。
俺は慌てて訂正しつつ、練術について話を進める。
「まあ、そうだね。練術は自然の力。あたしのような老いぼれでも、あんたみたいな若造にも引けを取らんのはそのおかげ。なんだ、それを習いに来たのか」
俺は頷く。
「その歳でぇ~?」
老婆は眉を寄せて、こちらを嘲笑うように言う。ルーンも言っていた。練術において最初に乗り越えなければならない壁は、年齢制限であると。俺は現在15歳。その制限を越えられる確率はかなり低い。
婆さんが椅子から立ち上がり、俺の手首を掴む。脈拍でも計るように静かに掴み続けられ、しばらくすると老婆は目を丸くして言った。
「おや、珍しい」
その言葉に期待が高まる。練術の師匠であるこの老婆は、それこそ何人もの弟子を抱えてきたのだろう。そんな彼女が目を丸くして言うほどなのだ。まだ適性があると期待が高まるのは仕方がない。
思わず訊ねる。俺は練術の資質があるのか。
「全ッッ然! ダメだね。とっくの昔に資質を失っている。恐らく6歳で練術は使えなくなっているね」
そっちか!!! 6歳だって!? いくらなんでも早くないか!?
「ルーンも使えない男を送り込んできたもんだ。と言っても、あいつも魔法の素質の大きさの割に、練術をほとんど使えなかったが……」
老婆はじっとりとした目で俺を見つめる。嫌な目だ。村にいた頃よくこんな目で見られた。期待されていないのがこちらにも伝わって来る。
「察したな? なら、帰りなッッ!!」
「うげ!」
老婆が杖と蹴りを同時に浴びせてくる。俺は物凄い勢いで外へはじき出されると、老婆が扉を勢いよく閉めるのをただただ見送った。
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