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032 ランク3 次の冒険へ
しおりを挟む「スモールドラゴン……その攻撃は爪と牙、尻尾、翼の順で厄介。基本的な立ち回りは体術中心に攻撃をかわす。炎の攻撃はこのシルジ……シルじゅひ……シルズひぃ……ああ言えねえ、もう防火のマントでいいや!」
俺の右側を爪が通る。次いで上方を薙ぐように尻尾が振られ、その隙を突いて魔法陣が俺の周囲に現れる。
マントが翻り、触れるとたちまち四方へ炎が散る。
「剣は体重を乗せて振る。そうすればソリスの剣ならドラゴンの鱗だって斬り裂けるはずだ」
事実ドラゴンの左翼は既にない。
苦戦を強いられたドラゴンは、今や赤子同然であった。
「ドラゴン。君を倒すために俺はたくさんやり直してきた。何度も死ぬかと思ったけど、そのおかげで強くなれた」
刃を振りかぶって距離を詰める。
その長い首がこちらを睨みつける。口元からこぼれた炎は、またも防火のマントで散らせていく。右手に握った剣が軽く感じる。俺の体が俺の言うことを聞いている感じがする。
つまり、俺は今調子がいいということだ。
「ありがとう。そして、さようなら」
「グオオオオオオアアアア!!!」
鱗、皮、肉、骨。刃が滑らかにそれらを通り過ぎた感覚だけがある。力は入れていない。だと言うのに、ドラゴンの首は断末魔と共にボトリと落ちる。
練術を使うまでもなかった。何度もやり直して攻撃に慣れていたこともある。だが、俺はソリスに教えられた剣術だけでスモールドラゴンを討伐できたことが重要だった。
「こちらがランク3の証でございます」
受付の女性が俺のネックレスを返してくれる。三つ目の線が入ったプレートが鈍く輝く。
俺は早速それを身に付けてソリスたちの元へ帰る。いつもの食事用テーブルに二人が並んで座っている。対面に俺一人が座るのが、最早習慣のようになっている。
「二人とも、無事に昇格できたよ」
「よくやったわ! リドゥ! これで上位ランクにアンタを連れていけるようになったわね!」
俺が席に着きながら告げると、ソリスは機嫌よく声を高くした。ソリスのランクが現在5。ルーンは4だ。
「それで、リドゥ。君の救いたい女の子は救えたのかい?」
ルーンがコーヒーを飲みながら訊ねる。……眉をひそめていない。砂糖を足した様子もなかった。
彼らとその話をしたのが随分前のことに感じる。体感時間では既に数か月が経過していることもあり、一瞬何のことだかわからなかった。これが最も厄介なやり直しの祝福の弊害かもしれない。体感時間が伸びすぎて、彼らと共有していた時間のことを遠くの記憶に感じてしまう。
俺はやり直しのことなどは隠しながら、それでもステラを助けられたことは告げた。
「それは良かった。リドゥがあんなに必死だったからね。トーキさんに会えたかい? あのお婆さん、かなり怖いだろ?」
「ああ……うん。滝に放り投げられて死にかけた後、土に埋められてほんとに死んだのかと思った」
「通過儀礼だね。……あれ、続きは? 磔にされて火で炙られる奴とか、魔物の群れに放り込まれたり、落雷……」
……まさか続きがあったとは。ルーンに話を聞くと、俺がされたように土に埋められた後、更に三つほど拷問染みた試練が待っていたらしい。火炙りに魔物の群れに落雷……? もうタイトルが全てを物語っていそうだが、それらを全て身に受けて練術の才を開花させるのか……。よかった、二番目の土で目覚められて。
「リドゥは前から気が綺麗だったけど、今は更に洗練されたように見えるよ。頑張って修行したんだね」
ここは恐らくバタフライエフェクトの影響。俺の気が修行前から綺麗だったなんてことは恐らくなくて、7歳で練術を使える俺のいる世界になってしまったこと。そのせいでルーンは今こんなことを言っているのだろうと思う。
二人で話していると、ソリスがバンと机を叩く。いや、机を叩いたんじゃない。依頼書を置いている。彼女はいつものように俺の顔に目一杯その笑顔を押し付けると、機嫌のよさそうに言った。
「見なさいリドゥ! これが今度の依頼よ!!」
笑顔だ。彼女の笑顔しか見えない。依頼書を見せてくれてもいない。目を見張るほどの美少女の笑顔を独占できるのは大変光栄だが、15歳の体にはやはり負担が大きい。俺はゆっくりと顔を引き、依頼書を手に取る。
『砂漠横断の護衛。報酬金50万ゴールド程度(要交渉)。条件:道中現れるボスワームを撃退、もしくは討伐してください。ギルドランク5以上の冒険者を必ず一名以上メンバーに含むこと』
「ボスワーム……?」
「体長60mにも及ぶ怪物だよ。砂を大量に飲み込んで大量に吐き出す。そうやって砂漠のろ過装置みたいなことをしてるみたいだけど、数が意外と多くて商団はよく襲われてしまうらしいね」
俺が訊ねるとルーンが解説してくれる。要は砂漠にすむバケモノで、結構被害も出ているらしい。生息域は限られている為、近寄らなければ被害もないそうだ。しかし生息域を通過できれば大幅なショートカットになる地形らしく、運試しと時短を兼ねてそちらへ進む商人が後を絶たない。
「リドゥ、アンタ今回商人と繋がりを持ったでしょ! 紹介なさい!」
「え、なんで?」
「ここよ、ここ」
依頼書の一部を指さす。報酬50万ゴールドの後ろ、要交渉。
「こんなもんわざわざ書くってことは相当交渉に自信があるのよ。アタシとルーンもそれなりに交渉できるつもりだけど、多分今回はかなりぼったくられるわ。多分200万ゴールドも、ここに記載してる時点で相場よりかなり安いはず。成功報酬にいくらか払ってもいいから、こちら側の商人を連れていくわよ」
ソリスが言うには、砂漠を渡りたい商人は割と多いらしい。しかも今回のように依頼して通行するのが一般的で、依頼を受けて同行するなど商人が飛びつかないわけがないらしい。そして今回俺がギルドランクの昇格に伴って新たに手に入れた物、この防火のマント。商人と信頼関係を結び購入したことは間違いない、とソリスの見立ててではそうらしい。
実際正解だと思う。俺はこのマントの持ち主である商人から信頼を得た自信がある。ただなんとなく、彼女をソリスと合わせるのはまずい気が……。
と、俺の表情が曇ったのをソリスが見逃さない。
「心当たりがある顔をしたわね! それにアタシと会わせたくないことも顔に出てたわ!」
「あー……」
「今のはリドゥ、流石に僕でもわかったね」
ルーンが後ろでにこやかに告げた。その後なんとか言い訳を並べてみたり、腕を持っていかれて引きずられるのに抵抗してみたり。
色々やってみたがそれも虚しく失敗に終わり、現在商人のいるエリア。ソリスが俺の腕を引きちぎる勢い……もとい、腕に抱きつきながら辺りを見回す。いや、ルーンが前に胸はないとか言っていたけど意外と――。
「へぶぅッ!!」
「おーリドゥが殴られた。珍しい」
気付けば宙を舞っていた。下からはルーンの感嘆の声とと拍手が聞こえる。流石ソリスだ。練術で警戒しているはずの俺が全く反応できなかった。わずか数秒後、地面に激突し痛みに悶える。着地の時に打った背中より、恐らく殴り飛ばされたであろう顎の方が痛い。
俺は数秒宙にいた。それは結構な注目を集めてしまったらしく、それはあの子も見ていたらしい。俺の背中を撫でる小さいが柔らかな手。やばい、この手は……。
「あなた、リドゥになにしてるの」
「……? あなた商人? 随分ちっさい子ね」
やばい……本当にやばい。ソリスとステラが会ってしまった。俺は思わず青い画面を表示させる。いや焦るな、どうせ会うんだ。やり直すほどのことでもないはずだ。
ステラの表情が冷たくなっていく。彼女は俺の背から手を離すと、ソリスの方へつかつかと歩み寄る。対するソリスは普段の凶暴さを一切見せない。ソリスって女子供にやさしいタイプなんだ! 知らなかった!
「私はリドゥの専属パートナー。もはや嫁。ランク昇格に協力して、このシルズフィアのマントを上げたのも私」
「あげた……リドゥ、アンタそれ買ったわけじゃなかったのね。随分この子に気に入られてるけど…………嫁?」
……嫁?
「私がリドゥに投資した。リドゥの装備をうちの商団で補助する。その代わりリドゥは広告塔になってもらう。そういう契約。一生のパートナー」
「あら、リドゥに期待してるのはあなただけじゃないわよ? アタシが先にリドゥに目を付けたんだから、アタシを通してそういう契約しなさいよ」
「あなたは関係ない。私は7歳の時からリドゥを待ってた。だから先は私」
ルーンが隣でニヤニヤしながら肩を叩く。その善人面を殴りたいと思ったのは初めてかもしれない。
二人が俺に期待してくれるのは嬉しいのだが、思った以上にこう、ギスギスしてしまっている。
「まあともかく。あなたがリドゥに入れ込んでるなら、今回の依頼に付いてきてほしいのよね」
そう言ってソリスは依頼書をステラの顔面に突き出す。ステラはそれを一瞥すると、本当に小さく鼻で笑った。……どうしよう、この子怖い。
「ボスワーム。リドゥにそんな危険な目に遭わせられない。私はスポンサーとして彼の活躍を安全に、安心して見守る義務がある」
「あなたにもメリットあるでしょ? 投資なしで砂漠を横断できるのよ? しかもこっちは成功報酬で払うから、単純に利益だけに変えるかはあなた次第よ」
物腰の柔らかなソリスってなんでこんなにも不気味なんだろう。優し気な口調なのに、攻撃意思をビンビンに感じる。というか眼力がもう優し気ではない。目を見開いて睨みつけている。
「メリットデメリットではない。今回はリドゥを危険なところへ行かせることに反対」
「…………リドゥ。この子、多分交渉強いわ。スカウトして」
ソリスが俺に耳打ちをしている。その間もステラは冷たい目で俺たちを見ている。あんなにも冷たいのに、近付けば火傷しそうな気もしてくる。
ステラは早口で続ける。
「リドゥには私の商団。星笛商団が完全にバックアップを付ける。万一にでも怪我をさせると困る。あなたのようなガサツな女が近くにいるのも良くない。リドゥは私と共にいた方がいい。大丈夫、私たちは成人しているからどんな交渉もできる。後悔はさせない。だからリドゥ、私と一緒に――」
「あーステラ? 俺、この依頼を達成したいんだ。ステラの力もどうしても借りたくて。付いてきてくれないか?」
「いくー」
そう言ってステラは俺の腕に抱きついた。
俺を含めたソリス、ルーンの三人は口を開けたまま立ち尽くした。
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