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050 ステラとクエスト、マージベア
しおりを挟む「リドゥ、一人で来てくれたの」
待ち合わせ場所は街の門の前。先に付いて待っていた俺に、ステラが声を掛けた。
ターバンにマントに、懐のゆるい服。砂漠の時でも街の中でも、彼女の服装は変わらないらしかった。
「うん。俺の名前しか書いてなかったから、ルーンが一人で行って来いってさ。やっぱり二人を連れてきた方が良かった?」
「ううん。リドゥだけがいい」
そういうとステラは薄らと口の端を緩めた。基本的に無表情から変わらない彼女だ。少しの表情の変化を見逃すわけにはいかない。
多分軽く微笑んでいるのだと思う。
俺は彼女の背にある大きなリュックを見ると、声を掛ける。
「ステラ、それ持つよ」
「ありがとう。でも大丈夫。リドゥは戦うことが多いかもしれないから、身軽でいてもらった方がいい」
「そっか」
「そう」
頷くと、ステラは荷物を探り、地図を取り出した。今回の目的地が記載されているようだ。方角は南。山を越え、谷を越え、その奥。二つ目の山にメモが書いてある。鉱石発掘……これが今回の目的だったな。
兎にも角にも、俺とステラは街を出る。
道中彼女が俺の剣を見ると、それを見せるように言ってきた。
「前から思っていたけど、この剣はかなりボロボロ。いつから使ってるの」
「ああ、これはソリスに貰ったやつなんだ。なんでも彼女が稽古用に長年使っていたらしくて、捨てるのもなんだかなあって持っていたものを、俺が貰ったんだよ」
「そう……手入れが完璧なのは、ソリスだから」
そういえば、と俺は思う。剣士にとって、剣ってどの程度の思い入れがあるのだろうか。俺にとってこの剣はソリスのものだから大事にしたいし、彼女が丹念に手入れしてきたのもわかるので、俺も同じように手入れを教えてもらった。
だけどこの間の戦いで剣が壊れかけているのをソリスに謝った所、あっさりと許してくれた。曰く、長年使ってきたものだからいつ壊れても仕方なかった、とのことで。
ステラはそれをじっくりと観察してから、刃と柄を指さして告げた。
「こことここが多分もうすぐ壊れる。リドゥは魔術とも剣術とも違う技術を使うから、剣の寿命を大幅に削っていると思う」
「練術のことか。あれ、ステラって俺が練術で戦ってるとこ見たことあったっけ」
「この間のトーナメントは見てた。頑張ってて凄かった」
その言葉に少し頬が緩む。
「練術と剣術の混合技はまだ上手く使えないんだ。実際その負荷が剣にのしかかってるから、どうにかしたいんだけど」
「知ってる」
そう言うと、ステラは剣を俺に押し付けてつかつかと先を歩く。大きな荷物を背負ってるのに歩くのが早い。
何を知っているのか訊ねたが、彼女はそれには答えてくれなかった。
直に道が山へ入っていき、整備されていない方へステラは進んでいく。そちらの方が近いから、と彼女は言うが……。
「リドゥ、大変なことになった」
「あー……そうだな」
山中。木々に囲まれた土の上で、ステラがこちらへ引き返してきて俺の背に回り込んだ。
目の前には黒い巨体。立ち上がれば恐らく俺の倍は高いだろうという姿。
「グルルルラァッ!」
異常に発達した爪と、真っ赤に光る目。確かマージベアと呼ばれる魔物だ。
冬には冬眠しており出会う機会の少ないこの魔物は、今の季節、徘徊していることは珍しくもなんともない。獣道を進む中で、どうやらこいつの縄張りに入ってしまったらしい俺たちは、威嚇による歓迎を受けていた。
俺の背にしがみついたステラがポツリと告げる。
「リドゥ、聞いたことがある。山の中で熊に出会ったら死んだふりをするといいらしい」
「いや、熊だけど。でも多分、死んだふりしても意味ない気がするな……」
「やってみないと分からない」
そういうとステラは俺の背から手を離し、リュックを下敷きにして仰向けに倒れた。……死んだふりらしい。
精一杯目をつむり、プルプル震える様子は、可愛らしいが死んだようには見えない。牙を剥いたマージベアも、一瞬その牙を引っ込める程に困惑している。
「ステラ、危ないから少し下がろうか……」
「死んでるから話しかけないで」
「……」
俺はマージベアと目を合わせる。互いに頷き合うと、ステラから距離を取り向かい合った。
彼女が見える範囲で出来る限り離れると、マージベアが立ち上がって両手を上にあげた。巨体の影が俺を覆う。
返す俺も練術を込めた拳を握り、構える。
「グルルルァ!!」
「魔物め! 倒してやるぞ!!」
マージベアが俺へ爪を振る。……めちゃくちゃ遅い。
俺もそれに対して拳を振るが、どうにも本気で殴る気になれない。
熊の手と人間の拳がぺちりとぶつかる。
「…………」
「……グル」
「…………」
「…………」
「……やめとくか」
「……グル」
暫しの沈黙の後、マージベアがその巨体を下ろし四足でくるりと振り返る。俺とマージベアはステラの元へ戻る。
熊の魔物は鼻でステラをつつく。
「やめて、私は死んでいる」
目をつむったまま彼女は空へ告げる。
もう一度つつく。
「リドゥ、やめて。早く魔物を倒してほしい」
「あー……いや……」
マージベアが三度目のつっつきをすると、不機嫌そうにステラが目を開けた。
「いい加減にしないと流石の私も怒る。いつ襲ってくるかわからないケダモノなんて、早く倒してくれないと――キャアアアア!!」
つついていた主を見た彼女は叫びを上げた。まあ、マージベアに対してあの怯えようだったんだ。目を開けて顔面いっぱいにその魔物の顔があれば驚くのも無理はない。
驚いた彼女が暴れると、魔物の鼻を殴りつける。
急な衝撃に跳び上がった熊に、俺も慌てて駆け寄り様子を見る。
「だ、大丈夫かマージベア!」
「グルル……」
「そ、そうか。痛くはないけどびっくりしたんだな。ステラがごめんな」
「グルっ!」
撫でてやると、熊は嬉しそうに声を上げた。
「リドゥ、何故魔物と仲良くなってるの」
空に向かってステラが言う。
何故って……。ステラがリュックの上で仰向けになり、プルプル震えている様子に熊も俺も毒気を抜かれてしまったから?
と、説明するのも何となく面倒くさくなってしまい。
「……なんでだろうなあ」
「襲われないのならそれに越したことはない。無傷で目的地に向かえるのならなんだっていい」
彼女の言葉に俺と熊は頷く。
マージベアに守ってもらえたら山だって簡単に超えられそうだ。
熊にそう言ってみると、了解と言うように頷いてくれた。
「よし、じゃあ行こうかステラ」
「うん。……でも、助けてほしい」
俺たちは振り返る。そこには巨大なリュックから降りられず、空中に手足をばたつかせるステラの姿があった。
俺と熊はまた目を合わせて頷き、しばらくそれを眺めていた。
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