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075 答え合わせと宣戦布告

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「こんな……こんなことが」
「あの時も、僕たちは、ずっと……!!」

 二人が頭を抱えたまま何かを呟いている。
 ソリスがフラフラと歩くと、木に頭をぶつけてもたれかかった。

「ソリス、ルーン……?」

 依然として俺には二人の反応の意味が分からない。

「リドゥ、思い出せ。昨日、一昨日、僕たちは何を見た!」
「何を見たか……?」

 俺たちは南区を見た。壊れた家、破壊された道路。そして焼けただれた二人の両親、そして……そして!

「もっと多くの、焼死体……!?」

 彼らの実家と思われる家の中には、彼らの母と思われる人の焼死体があった。
 その道中には誰もいなかった。なにもなかった。『そう思い込んでいた』。
 俺の目は見ていたんだ。道に転がる死体を。焦げ跡に触れた、その真横にあった誰かの腕を。

「待て、西区で俺は人と話してるはず……! これは、この記憶は!」

 違う。
 西区で俺は誰とも話していない。少なくとも、『生きている人間とは話せていない』んだ。
 声を掛けたはずの道行く男性はいなかった。俺はただ虚空に向かい質問をしただけだった。そうでなければ木だ。
 決してそこからぶら下がっていた『男性の遺体に話しかけていた』わけではない。

「老人がいたはずだ、情報をくれた老人が」

 彼は俺の中でも生きていた。
 ただ、その顔は傷だらけで、辛うじて息をしているに過ぎなかった。
 彼は魔女が現れたことを俺に告げると、そのまま息を引き取ったのだ。
 認識阻害によって何の反応もなくなったんじゃない。ただ死んだだけだった!
 その後ルーンやソリスが埋めたのは二人だけの遺体じゃなかった。彼らは無意識に全ての遺体を集め、大きな穴を開けてそこに埋めたんだ。

「西区で何かを踏んだような感触があっただろ……? 僕はこんなことよくあることだ、なんて言ったよね……」

 思い出す。
 柔らかな謎の地面の感触。
 違う。違った。そんなはずはないのに、そんなことあり得ないのに!!

「ずっと、俺たちは死体の中を歩き続けていた……!!」

 直後。
 胃袋の中身を全て放出する。
 ルーンが言っていた、今よりは冷静だろうという言葉。あの状況で俺だけが過去の記憶に気付けずにいた。
 そのことをルーンは皮肉っていたんだ。

「ってことは、二人ともメーネのこと!!」
「ああ……思い出したよ……」

 ソリスとルーンは頷いた。憔悴しきった顔で、冷や汗をだらだらと流しながら。
 メーネの顔は初めからそうだった。血色の悪い肌。だらけきり、開いたままになった口。垂れた舌。瞳孔の開いた焦点の合わない目。
 そのどれもが彼女が最早生きた人間でないことを俺たちにまざまざと見せつけ、俺たちはそれを見たはずなのに、認識できていなかった。
 俺たちは初めから認識阻害に対抗できていなかった。今ならルーンがあれほど悲痛に叫んでいた理由が理解できる。

「ねえ……ソリス……」

 ルーンがフラフラと頭を振りながら彼女の方を見た。

「……なに」
「僕が今思っていること、わかる……?」
「……ええ、アタシも同じよ」

 振り乱した髪の間から、ソリスの鋭い眼光がルーンと合った。
 風がざあ、と吹き俺たちの間を通り過ぎていく。揺れた木々がざわめき、不穏な空気が周囲に満ちる。
 木漏れ日が彼女の顔を照らす。掻き毟り、乱れた髪は赤く光り、その奥の瞳は更に赤く燃えているように感じた。
 俺は二人の会話を理解できず、黙ってそれを見る。

「なら……やってしまおう」
「そうね……」

 二人が同時に俺を見た。

「ふ、二人とも……?」
「全てを暴いてやるわ、何を捨てても。……最愛の妹を斬ってでも」
「そして破壊しよう。この時間軸ごと、家族諸共」
 
 二人は覚悟を決めたように告げると、歩き出す。
 俺は二人の覇気に気圧され呆気にとられた。

「二人とも! 大丈夫なのかよ!!」

 ソリスの肩を掴むと、彼女はそっと……しかしかなり強い力で俺の手を離した。
 瞳の奥で炎が燃えている。赤く、赤く、そしてどす黒い。敵だけでなく、己すら焼き尽くしそうなほど、恐ろしい炎が。

「大丈夫よ、リドゥ。アタシはアタシに後悔の無いように全てを行う。だからアンタはそれを見ていなさい」

 そういうと、ソリスは歩調を早めた。

「ルーン! ソリスを止めないと、あれじゃソリスが破滅してしまう!」

 言いながら、ルーンの腕を掴もうとするとスッと避けられた。
 白髪が輝く少年も、その目の奥に黒いものを宿していた。ソリスとは正反対に冷たく、俺の心臓まで凍らせそうなほどなのに、ソリスと同じくらい恐ろしい炎にも見えた。

「僕もだ、リドゥ。今僕たちは選択した。君がこの時間軸を選ぼうと選ばなかろうと関係ない。僕たちのしたいこと、全てを行う。君にはそれを見届けてほしい」

 この表情は、この感情は。
 見覚えがある。いや、実感として覚えがある。やり直すつもりだ。俺がいつもやり直す時に抱いている感情に最も近い状態だ。
 何がどうなろうと構わないんだ。
 何故なら二人には失うものはないのだから。それこそ、俺がやり直してもしなくても関係ない。
 目の前の現実に対し行える全てを行い、自分の気の済むまで徹底的にやるんだ。その上で後悔のない未来に進むために。
 そしてその二人の姿を、俺に見ろと言う。お前のやっていることは、抱いている感情は。今の自分たちと同じだろう、と。二人の背中が告げている。

「俺は、いつもこんな悲しいことをしているのか!? 本当に!!」

 二人の姿に目を覆いたくなる。これがやり直しをする俺の姿だと思いたくない。

「俺はこんなことはしていない! こんな悲しいことをしているつもりはない! 絶対に違う、これは俺じゃない!」

 やり直しの感情について、いつかに俺は二人に訊ねた。砂漠の街で、アスラを倒した日だ。
 もし確実に後で蘇らせられる方法があったとして、敵を倒す為に仲間を犠牲にしなければならない時、二人はどうするか。
 その問いに二人は答えた。犠牲にする、何故なら自分が同じ立場なら迷わず犠牲にしてほしいからだ、と。
 その答えが今、目の前にある気がする。二人が自棄になって全てを破壊しつくし、この件の全てを暴く。そしてそれを見た俺に未来を選ばせようとしている。自分を犠牲に未来を守ろうとしている。
 極めて合理的だ。実力のある二人が全て暴こうと吹っ切れた今こそ、真相への近道に決まっている。そんな二人の選択が、今俺の目の前にある。

「でも違うだろ! こんなことを聞きたかったんじゃない! 俺は言ったはずだ、それでも俺は二人に傷付いてほしくないって!!」

 ソリスとルーンは森の奥へ進む。二人には俺の言葉は届いていなかった。
 何を捨てても全てを暴くとソリスは言った。家族愛を捨て、妹への想いを捨て、人間性を捨てて。
 自分のしたいことを全て行うとルーンは言った。自分のしたいこと、今の、自棄になった自分のしたいことを。
 二人が精神的に追い詰められていたことは知っていた。それに対して最大限受け止め、応えたつもりだった。だけどあんなものではまだ生温かった。
 ここまで二人が追い詰められたことは、俺にも原因がある。そしてそんな二人が迎えたい結末にも理解できる。同情できる。

「だけど、こんなこと俺は許さない……! 例えこの未来をやり直すとしても、この未来をこんな形で終わらせはしない……!」

 俺は拳を固く握る。
 ブン、と振ると巨木が薙ぎ倒された。

「こっからは喧嘩だ……二人とも……! 自棄になったまま、お前たちの満足いく未来にしてやらねえからな……!!」

 いつもは巨大すぎる仲間の背中に。
 小さくなっていくその背中に。
 ちっぽけな俺は宣戦布告をした。

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