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074 失われた正気
しおりを挟むなんだ、これは――!
一体、一体これは――!
「なんなんだぁぁああああ!!」
俺は死体の手を離し、剣で斬りかかる。
後ろからルーンが狂ったように静止の声を浴びせてくるが、俺には聞こえていなかった。
「ブレイデッドウォール」
死体の口が動いていないにもかかわらず、声が響く。
その声がすると、直後に俺の前に魔法陣が現れる。そして無数の刃がそこから伸びてくる。
「ぐッ!」
俺はそれらを受け流し、叩き割るが、抑えきれなかったいくつかが俺の頬や肩を掠めていく。
痛みに顔を歪め、俺は一度距離を開ける。
後ろの方ではルーンが頭を抱えて蹲っている。その少し前でソリスがマントに包まり、額に手を当てて目を瞑っている。二人の酷すぎる光景に目を背けたくなる。
「アイスジャベリン」
そんな俺たちに構うことなく、少女の死体から魔法が飛んでくる。
巨大な氷柱。それが物凄い速度で俺へと迫る。
「練術――ぐぁ!!」
俺は体を強化し避ける。だが、氷柱は俺を追尾して来て、腹を抉った。ソリスやルーンがこの魔法を避けなかった理由がようやくわかった。追尾されるのか……!
画面を表示させ、画像に触れる。
光が溢れる。
「アイスジャベリン」
「金剛剣!!」
避けることが出来ないのなら斬るしかない。
ステラからもらった剣は練術との親和性が高く、異常なまでの切れ味を誇る。俺はまだそれを完全に制御できていないが、今はそれでいい。
氷が真っ二つに分かれると、更に俺はそれらを粉々に砕く。
その向こうではまたメーネが魔法を撃ちだし始めていた。
「くそ、ルーンごめん!!」
飛んでくる無数の魔法を斬り、致命傷を避けつつ距離を詰める。少女が目の前に来たと同時に、俺は思い切り彼女を斬り付ける。
「許せ、峰打ちだ!」
剣で斬られた部分は大きくへこみ、彼女の体は後方へ吹き飛んだ。
斬ったわけじゃない。確かに彼女に裂傷はなかったが、異常なまでに体がへこんでいた。まるで中身が無いように。有ってもそれが最早柔らかくなってしまっているように。
「なんだ! 何が起きてるんだ!」
吹き飛んだ少女のことは一先ず置き、俺はルーンの元へ駆け寄る。
彼は頭を抱えたまま何かを呟いている。肩を掴んで体を起こさせるが、明らかに目が正気じゃない。
「しっかりしろ! ルーン!」
胸倉を掴んで頬を殴る。
痛みで正気に戻った彼が俺に気付くと、大粒の涙を浮かべ始めた。
「僕たちは、僕たちは初めから……!」
「それだ! 俺たちはどうなっていたんだ!」
俺が問い詰めると、彼は俺の腕を掴んだ。
目が開き切り、明らかに正気じゃない様子で彼は唐突に話始める。
「認識阻害の影響を受けていたんだ、僕たちは初めから負けていたんだ、僕たちの目は確かにあの惨状を見ていたのに、メーネの姿を見ていたのに気付いていなかった!! リドゥ、今すぐやり直してくれ、今すぐ!!」
「ルーン、落ち着いてくれ! 俺には何のことだかわからない!!」
彼は俺に縋りつき、直後に下を向いて吐く。
やり直せと彼は言うが、今の状態で過去に戻っても何もわからない。何がきっかけでルーン達がこうなったのか、最低限その情報くらい得ないと俺は戻れない。
「過去に戻って、僕に認識阻害の魔法を解かせるんだ。今ほど逼迫してなければ君も冷静になれるだろ――」
そう言って彼はまた吐いた。
認識阻害の魔法を解かせればわかるんだな。その情報だけで俺は過去へ戻ればいいんだな!
「――早く行け、死ぬぞリドゥ」
俺は画面を取り出し、スクロールしながらルーンの指さす方を見た。
今までの比ではないほどの光が俺たちに迫ってきていた。明らかに危険な光。俺は画像に触れる。
光が溢れる。
「はい、じゃあ忠告あったら今言ってね――リドゥ?」
「アンタ、今未来から戻って来たわね」
森の中。俺に声を掛けていた二人が表情を引き締めた。
俺の様子が変わったことに一目で気付いたらしい。
「ルーン、今すぐ魔法を解いてくれ!」
「魔法……って一体何の魔法だい、リドゥ。僕は何の魔法も掛けてないし『何の魔法にも掛かっていないよ』」
「それは……えっと……何だったか思い出せない」
突然頭にモヤがかかったようになり、俺は未来の様子を急速に忘れていく。
何か強烈なものを見たはずなのに、俺はそれを一切思い出せない。
「落ち着きなさい、リドゥ。アンタの記憶は体に、脳にあるだけじゃないはずよ。その魂に刻まれた記憶の方を思い出しなさい」
ソリスが諭すように言った。彼女は俺の様子を見て何かを悟ったようだった。
「ソリス、一体リドゥに何が……?」
「アタシたちは多分、今認識阻害の魔法に掛けられているわ。状況証拠的にそれしか考えられないし、何より『認識阻害になんて掛かっているわけがない』とアタシの脳が叫んでいるのよ」
「だったらなんで魔法に掛かってるなんて思う……いや、わかった。これが『僕たちは絶対に安全な状態なんだ』っていう意識への違和感か」
二人の話を聞きながら俺は目を瞑る。
体の記憶じゃない、魂の記憶。
「リドゥの様子は明らかに認識阻害によって記憶を失わされている。未来で見たものを、現在の体の影響で忘れ始めている状態ね」
ソリスがこちらへ歩みを寄せながら話している。
「だけど聞いた話じゃ、リドゥの記憶は小さな体になってもしっかり保たれているみたいだった。その意識も子供のような人格にはならず、今と変わらない意識のままだった。つまり体に影響しない部分にも記憶や意識があるはずよ」
「それを今は体の影響で忘れそうになっている、と言うわけか。頑張れリドゥ」
魂の……記憶。未来で見たもの、それは最後に見た光、青い画面。縋りつくルーン……!!
「ッ!!」
バキ、と脳の中で何かが割れるような音がして、急速に記憶が回復する。
そうだ、俺たちは未来で認識阻害の魔法を解いたんだ!
「ルーン! 認識阻害の魔法を解いてくれ!!」
「もうやってるわ。状況見ればわかるわよ」
ソリスが眉を少し下げて笑った。
ルーンは既に詠唱に入っており、彼女はその様子を見ていた。
俺の心臓はバクバクと音を鳴らしている。ルーンの姿、ソリスの姿、そしてメーネの……。
唐突に記憶に映像が流れ込んだことで、意識がぐらぐらと揺れる。二度ほど深く息を吐き、ルーンの詠唱を待つ。
そういえばルーンが言っていた。
「今よりは冷静になれる……ってなんのことだ」
あの状況で俺なんかよりよっぽど冷静じゃなかったのはルーンの方だった。
なのに何か、皮肉めいたものを感じるあの発言は俺の何かに引っかかる。俺に掛かった認識阻害は解けている。
……一体なんのことを、ルーンは。
「解除!」
ルーンの杖が光る。俺は何も感じないが、二人はいくらか効果があったらしく、お互いに目を合わせている。
「なんか、頭がすっきりして……きて……え?」
「やっぱり僕たちは魔法に掛かっていたんだ…………あ」
ソリスとルーンが話している途中で言葉を止めた。
そして二人同時に頭を抱えた。
「「あああああああああああああああああ!!!」」
二人が同時に叫ぶ。
あの時と同じ反応……! 俺たちに一体何が起きていたんだ!
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