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085 未来を変えにエスクへ
しおりを挟む「今すぐエスクに向かおう」
俺はギルドのテーブルに地図を広げて言った。
今はやり直しを行ってきた時間。昨日ステラに装備を貰って、この武器に慣れる為にギルドに来ていた。
「……驚いた。アンタからその案が出るとは」
ソリスがこちらを見て口をぽかんと開けていた。
彼女にとってそれは予想外の話だったらしく、ティーカップの取ってを指が二度ほどかすっていた。
「いや、確かにアリなのよ。ここらで魔物を狩ってゆっくり力を付ける方がいいかと思ってただけで。エスクに向かいながら武器に慣れていくっていう方法もあるの」
「そうだよな。そうしたいんだ……そんなに驚くこと?」
「アタシが驚いてるのは、アンタが正確にアタシたちの目的を把握して、自分で調べてエスクへ目的地を定めたことよ」
そういうとソリスは俺の地図を指さした。俺とルーンは身を乗り出してそれを見る。
指さしているのはギクル連山にあると言う魔大陸への入り口。ワープゲートのあるエンターと言う街。俺はそこにペンで印を付けてある。
「リドゥは数あるワープゲートの中でもエンターに狙いを付けてる。距離はそれなりにあるけど、道が安全なのよ。そしてその道をこう通って……ここ、エスクで補給をする。アタシの想定していたルートと全く同じなのよ」
それはまあ……未来のソリスが言っていたからなんだけど。
「けど、それって目的地を考えたら当然そうなるんじゃないのか?」
俺が告げるとソリスはとんでもないと首を振った。
「当然と言えば当然。だけどついこの間まで農民の子供だったリドゥにしては、あり得ない程正確な予定だと思うわ! よく勉強したのね!」
「あー……うん。まあそうかも」
ソリスはにこやかに笑うと俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
俺は照れ臭さよりも、なにかズルをした気分が先行してしまい苦笑いしか出来なかった。
「よし、じゃあ早速エスクへ向かうわ! 道中はちょっとゆっくりしてもいいから、とにかく武器に慣れる事!」
ソリスが荷物を担ぎ、地図を手に取る。
俺は立ち上がり、思わず彼女の腕を掴んでしまった。
「――ダメだ、ソリス。最速で向かわないと」
「え……?」
異様な光景にソリスとルーンには見えているらしいことは、二人の反応を見てから気付いた。
……ああ、焦り過ぎた。少し落ち着こう。
「えっと……補給をしてから出発するのもいいけど、この街もアスラの件があったりして少し物資が足りてないらしいから。俺たちが潤沢に準備するより、自分たちで節約する方が街の為になると思うんだよ」
これは少しだけ事実だ。前回俺がこの街にいた時、一か月ほど居たが街の疲弊が見て取れた。元々砂漠の街と言うこともあり、それほど物資に余裕のあるわけでもないことも事実。俺は言い訳が成功したかどうか、ちらと彼女を見る。
彼女は少しだけ考えるしぐさを浮かべたのち、頷いた。
「わかった、そうしましょう。じゃ、ステラに簡単に挨拶だけ済ませて、すぐ行こうかしら」
ソリスの言葉に俺とルーンは頷いた。
エスクの街は二人の故郷で、ギルドメンバーや戦う者達を英雄のように扱う特色がある。
ソリスの両親も街を守るために戦に散り、その結果ルーンの家で兄弟同然に育てられた。
その話は前回も聞いたが、二人は今回も同じように教えてくれた。
「ほら、あれがそうだよ」
遠くからでもわかる、丈夫な防壁。
それが地平線の向こうの方でズラリと並んでいる。どれだけ巨大な都市なのか、俺はもう知っている。
ギルドに入ると、やはり賑やかな様子に心が自然と浮足立つ。
「宿の手配はしておいたよ。早速家に帰ってもいいかい? リドゥ」
受付を済ませたルーンが俺に向かって言った。
俺に許可を取る必要ないのに、と首を傾げていると彼は笑う。
「そんな不思議そうにしないでよ。僕は当然、ソリスにとっても実家だってさっきも言っただろ? 仲間を紹介したいんだよ」
「……そうか。うん、いいよ。俺も行きたい」
彼の言葉に俺は自然に笑みが零れる。
彼の家族。燃えて焦げた遺体と、死して尚操られた少女。
……今の時間では、まだ生きているんだ。この後もきっとまだまだ大変で、俺が真に心から休めるのはまだ先だ。
そう思っていると、俺のいつの間にか固く握っていた拳を、ソリスが唐突に掴んだ。
「さ! そうと決まれば行くわよーっ!!」
「うお! ちょ、ちょっと待って! 荷物! 荷物持ってないから!」
「ルーン! リドゥの分もー!」
「……はいはい。しょうがないなあ」
俺はソリスに手を引かれて街を駆けまわる。
相変わらず恐ろしい程の速度で、俺も全力で足を回しているがそれでもブーツの底が削れる音がする。
東区から南区へ入り、三つ目の角を曲がる。
突き当たりまで行くと、丁字路にぶつかるのでそれを右に。徐々に頑強な建物が減り、比較的簡素な作りの建物――とは言っても俺の村なんかよりは全然しっかりした建物ばかりだが――に変わっていく。
破壊された街しか知らなかったから、こんなにも建物が立っているとは思わなかった。
そして周囲が民家や少し飛び飛びに空き地があるような建物まで来ると、ソリスはやっと立ち止まった。辛うじて彼女に腕を捕まれていたが、俺はボロ雑巾のように地面に放り投げられた気分だった。
「ただいま!!」
それはレンガ作りの一般的な民家だった。街の広さがある分だけ、一軒当たりの大きさも他の街よりは大きく感じた。
その門の前でソリスが叫ぶ。
暫しの沈黙の後、扉が開き、女性がひょっこり顔を出した。
「――ソリスちゃん!?」
「ただいまお母さん!!」
「え、あ、おかえ……いやソリス! アンタ、帰って来るなら連絡しなさいってば!!」
「いだっ!?」
女性は慌てて飛び出してくると、ソリスの頭を引っ叩いた。
俺は地面に放り投げられた体勢のままそれを見上げ、驚愕に目を剥いた。ソリスが誰かに頭を叩かれているところ、初めて見た……!
「大体、アンタ急にルーン連れて旅に行くって言ったきりで手紙も出さないし! ルーンがたま~~に手紙をくれたからそんなに心配はしてなかったけど、普通そういうのは息子の方が嫌がって手紙を送らないから、女の子のアンタが送るものでしょ!」
「アタシがそんなのしないって、お母さん知ってるでしょ」
「知ってるけど!」
年齢は40代後半と言うところだろうか。黒髪バージョンのルーンと言ったところだろうか。彼に少し似ている優しそうな顔だが、その態度はソリスの母親そのものだった。
……血、繋がってないんだよな。めちゃくちゃ似てる。
「で、この子は?」
「アタシの仲間よ!」
「仲間ね……大丈夫……? ソリスに引っ張られてこんなにボロボロにされちゃって可哀そうに。あの子めちゃくちゃでしょ? 昔からなのよ。可愛いからって与えた熊のぬいぐるみとか、うさぎのとか、全部引きずり回してボロボロにしてたのよねぇ」
ソリスにぐいと引き上げられ、俺は無理矢理立ち上がらせられた。彼女の母は心配そうに俺の体についた砂埃を払ってくれた。ああ、ここはルーンに似てる。
「り、リドゥール・ディージュです。宜しくお願い致します……」
「よろしくね、ディージュくん。ああびっくりした、ついにソリスちゃんが彼氏連れて来たのかと思った」
「なっ!? そ、そんな訳ないでしょ!」
「はぁーびっくりびっくり」
女性はソリスの反論を聞いてか聞かずか、意にも介さずパタパタと手で顔を仰ぐと家の扉まで小走りで戻っていく。
「ま、何にもないけど入りなよ。お茶くらいならすぐ出せるわ」
「えぇお構いなく! さっ、入るわよ!」
「アンタがお構いなくはおかしいでしょ! ちゃんとただいま言って、ディージュくんと手洗ってきなさい!」
俺は引きずられるように家の中へ入る。
家の中はかなり綺麗にされているのが見え、なんだか花のような良い香りまでした。
扉が閉まる直前、走ってきていたルーンの姿が見えた。結構急いできていたようだが、如何せん荷物が多くて大変だったらしい。
息を荒くして髪がぐしゃぐしゃになっていた。
バタン、と扉が閉じると彼の叫び声が聞こえた。
「僕も会話に入れてよ!!」
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