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086 あるべき団欒
しおりを挟む「ごめんねー今うちなんにもなくって」
「あ、いえお構いなく」
俺は促されるまま席につき、出されたお茶を一口飲んだ。
やたらと広いテーブルに、片側六人座れるように置かれた椅子。聞けばよく冒険者を招いた労いのパーティなんかをするらしく、人を招くためにたくさん席があるらしい。
「はぁ、はぁ、母さん僕の分も!!」
髪を乱し、手を洗ってきたルーンが部屋に入ると同時に言った。
「に、荷物ありがとう……ルーン」
「どういたしまして!! リドゥ、君はソリスに手を引かれて嬉しいかもしれないけど、ああいう時はあんな風に抵抗しなきゃダメだよ!」
そう言って彼は窓の外を指さす。
そこには近所の子供が犬を散歩しており、帰るのを全力で拒否して首輪に顔の形を変えられるほど引っ張っている犬の姿があった。
……俺はペットだとでも言いたいのかコイツ。
「はぁー疲れたー」
「はい、お疲れ様。ソリスのお世話ありがとねルーン」
「どういたしまして……」
「ちょっと待って! 今アタシが世話されてる感じじゃなかった!? アタシはどっちかというと姉よ!?」
「うるさい、少し休憩させてソリス」
「机を叩くんじゃありませんソリス」
二人に言われて、珍しくソリスは大人しく席に座り直した。
ルーンは深く息をつくと、母親に出されたお茶をぐいと飲み干した。
「あーえっと……ソリスとルーンのお母さん」
「呼び辛そうね。アタシはルナ。おばさんでもルナおばさんでもルナさんでも好きに呼んで構わないよ」
「おば……ぷぷぷ」
「ソリス」
「ごめんなさい」
……なんだか珍しいソリスをよく見られる空間だ。
「そういうえば父さんとメーネは?」
「買い物よー。ディージュくん何か聞きたいんじゃなかった?」
「あ、いや。俺もそれを聞こうと思ってて」
「そ。今朝起きてすぐ出てったきりだし、そろそろ帰って来るんじゃないかしらねー」
掛け時計はもうすぐ十一時に差し掛かろうとしていた。ガチャリと扉の開く音が聞こえる。
二人分の足音。ガサガサとした紙袋の音から、相当買い物をしてきたことは窺えた。
「ただいまー……!? 二人とも帰ってきてたのか!!」
「!」
屈強な男性が部屋に入って来ると、俺は大きく目を見開いた。
ルーンと同じように白い髪。彼より更に身長が高く、物凄く強そうな筋肉からは威圧感と、彼自身の自信を感じさせる。
ただ、俺が驚いたのには別の理由がある。彼の左腕がそこにはなかった。
「お、見知らぬ少年がいるな。こんにちわぁ!」
「うぉっ……こ、んにちは」
彼はニカッと笑うと大声で俺に言う。びくっと体を反応させてしまい、遅れて立ち上がる。声を裏返らせながら挨拶を返した。
野太い声でその迫力はびっくりするに決まってる。
「私はマンスと言う。君は?」
「リドゥール・ディージュです! 二人と一緒に冒険しています!」
「おお、仲間か! リドゥール君だな! よしよし!」
「う、うお……」
身長二メートルはあろうかというマンスさんは、その右手の荷物を妻のルナさんに渡すと、俺の頭を振り回し……もとい、撫でた。
脳みそが揺さぶられ、視界がぐらぐらとしてしまう。ルーンが苦笑しながら支えてくれたので、なんとか倒れずにいられた。
「お父さんお帰り! ただいま!」
「ああ、ソリス。おかえり、ただいま」
ソリスが彼の右腕にしがみつくようにしながら言った。嬉しそうに笑う姿に、俺は胸の奥が熱くなる。
そうだ。この光景を見たかったんだ、俺は。やり直しをして後悔していないとは言えない。だけど、この光景を見られただけで、少し救われたような気分になった。
じっと二人を見ていると、マンスさんがこちらに目をやった。
「おお、私の腕が気になるかい? この右腕は昔、あの大悪党ディアラマと対峙した時の傷で――」
「いやいや、父さん。右腕のそんな小さな傷は気付いてないよ。紹介するならない方の左手でしょ」
彼は自信満々に二の腕の傷を見せた。薄らと残った筋しかわからず、確かにルーンの言う通り、気付けていない。
「ない方の左手とは。ルーン、人のそういうデリケートなところをズカズカと踏み荒らすような男になるんじゃないと、私はあれほど」
「じゃあ父さん気にしてるの?」
「いいや、全く! むしろ左腕がないからこその私だ!!」
「そうでしょ?」
そのやり取りに俺は少し苦笑する。笑っていいのかいけないのか。家族の中ではきっと鉄板のネタらしいが、他人の俺からするとギリギリのブラックジョークにしか見えなかった
「これは昔ソリスの父親と一緒に戦っていた頃になくしたのだ。妻を魔物に襲われそうになった時、咄嗟に左腕を捨てた。そしてそれをソリスの父に助けられた。それだけの傷さ」
「……」
彼は何かを懐かしむように左肩を見つめ、その後ソリスの頭を撫でた。
「お父さーん、手洗わないとダメだよー!」
「おお、そうだった」
部屋の中がしんみりし始めた瞬間、部屋の外から少女の声が響く。
マンスさんはその声の方へ返事をすると、手洗い場の方へ向かった。
その彼と入れ替わるように、小さな少女が入って来る。
「うわ! お姉ちゃんだ! なんでー!?」
「ただいまメーネー!!」
少女が部屋の光景に目を見開くと、ソリスの元へ飛び込んだ。
メーネ。
俺のイメージよりも活発そうな少女だ。
目の大きくて可愛らしい。何より健康そうな発色の良い肌が、彼女が生きていることを俺に認識させてくれた。
「仲間と一緒に立ち寄ったから、一旦帰ってきたのよ。ほら挨拶して、メーネ」
少女が少し緊張した面持ちでこちらを見る。
「メーネ・ティミドゥス10歳です! あな、たは……」
彼女が言葉を止めて俺を見つめた。
じっと。
ただ静かに。
「メーネ、どうしたの?」
ソリスが彼女の顔を覗き込む。
俺の姿が少女の目の中に映る。俺はメーネの瞳の奥に深い色を見た。その奥にある感情……これは、なんだろう……。
彼女はゆっくりと俺の方へ歩みを寄せる。そして、ゆっくりと俺の腰に手を回した。
ルーンとソリスが、何が起きているのかわからないという顔でこちらを見ている。俺だって何が起きているかわからない。だけど、俺は待つ。
メーネがその瞳を俺へ向け、微笑んだ。
「おかえりなさい」
彼女はありふれた挨拶をした。家族に対してだけじゃなく、誰に対しても言える簡単な挨拶。どこかから帰ってきた相手にだけ言う挨拶。
その意味を俺が理解する前に。彼女は続けてもう一度。
衝撃的な発言をした。
「おかえりなさい、リドゥさん」
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