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087 リドゥの名を知るメーネ

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 視界が揺れる。頭が理解する速度が物凄く遅い気がする。
 どういうことだ……? 何故、メーネが……?

「……あれ? メーネってリドゥの名前知ってたっけ」
「いや……僕は手紙にもまだ書いてなかったよ。僕らの話を聞いてたのかな?」
「そう、よね……」

 二人の言葉が俺の耳に届いたのは、彼らが話してから数秒経ってからだった。
 それはメーネも同様で、ハッとした様子で俺から手を離した。

「あ、あれ? 私なんでリドゥさんの名前知ってるんだろ?」

 彼女が手を離したと同時に、彼女の瞳の奥の光が消えたのを感じた。
 ……一瞬だけ期待してしまった。

「俺たちの話し声が聞こえてたんだろうね。俺はリドゥール・ディージュ。リドゥって呼んでくれ」

 俺は少しだけ屈み、メーネと視線を合わせると笑顔を浮かべるよう努めた。
 彼女は一瞬だけポカンとした表情を浮かべると、すぐに笑って頷いてくれた。

「あは、よろしくお願いします! あ、リドゥさん達はお昼食べた!? 食べてないよね! わたし作るよ!」

 メーネは挨拶を済ませた後、腕まくりをし始める。
 その様子を見ていたソリスがその肩に手を置いた。

「あんまり無理しちゃダメよ。アンタ身体強くないんだから」
「料理くらい大丈夫だよー! お姉ちゃんも手伝ってよ!」
「あ、ははー。アタシが手伝うのはちょっと……」
「いいじゃん! 一緒にやろ!」

 ソリスが押し切られてしまった。妹に手を引かれて困った顔を浮かべるのは、存外嬉しそうでもあり、普段からこういう関係なんだろうと感じさせられた。
 俺とルーンが部屋に残り、目を合わせて苦笑いを浮かべた。

「そういえばソリスって料理のイメージないな」
「いつも僕かリドゥがやるからねー。別に下手ではないよ。味覚も良いしね。ただ包丁がね……」
「あー! お姉ちゃん! まな板まで切っちゃダメだってばー!」
「……なるほど」

 刃を持たせればなんでも斬りそうなイメージのソリスだ。メーネに怒られてしゅんとする姿を想像して噴いた。

「リドゥさん達も準備して! お皿くらい並べられるでしょー!」

 と、まあ色々。
 数十分ほどして、俺たちは食事を始めた。
 目の前に並べられた料理の数々に、恐ろしい程の手際の良さを見せつけられた。

「すっごいな……」
「えっへん」
「とは言え、半分以上はお母さんが準備したんだけどね」
「言わないでよ!」
「いや、十分凄いよ」

 作ってる最中も散々叱られていたソリス。仕返しとばかりにメーネをからかっていた。
 俺たちは手を合わせて早速食事を頂く。

「うまい!!」
「それわたしが作ったんですよ! 美味しいでしょ!」
「そうなんだ! すごいなメーネ!」

 褒めると嬉しそうに頬を赤くして、ソリスそっくりなニンマリした笑顔を浮かべる。
 温かだ。家族っていうのはこんな感じだったな。
 一度失われた未来を見てきてしまっている俺は、この瞬間が本当に奇跡の上に成り立っていることを知っている。
 そしてその危機は未だ排除されていないことも。

「リドゥさん?」

 気付けばメーネが俺の方を見ていた。
 目が合うと、少し心配そうだった目を笑顔に変えて別のおかずを俺に差し出して来た。

「ありがとう」

 俺はそれを受け取り、食べる。
 美味い。声に出すとまた嬉しそうにメーネが笑う。
 守るんだ。この時間を。



「二人が昔遊んでた場所とかってあるのか?」

 食後、俺は二人に訊ねた。

「あるよー。街の外に森があって、僕らはよくそこで遊んでた」
「へえ、そこに行ってみたいな」
「アタシが大人相手に修行してた修練場もあるわよ!」
「……そこはまた後で」

 なんとか話題を誘導し、森の方へと向かうことにした。
 そして今。俺たちは装備を整え、小屋へと向かっている。

「なんか変な気配がするわね」
「なんだろう。……魔物ではないけど、魔力を感じる」

 道中、二人が言った。
 認識阻害を受けていなければ二人の感知が恐ろしい精度であることがわかる。
 俺は道の先に何があるかを知っていた。だから気付けたこともあるというのに、二人は先入観なしで既に気付き始めている。

「落とし戸だ……地下に道が続いてる」
「昔はこんなのなかったわよね」
「うん。どうやら最近魔法で整備したように見えるね」

 俺が小屋の落とし戸を開くと、既に地下通路が出来ていた。
 どれほど前から準備していたのは定かではない。ただ、まだ行動は始めていないはずだ。
 三人で奥まで走ると、広間に出る。そこで立ち止まった二人を置いて、俺は更に奥へ走る。

「練術……」
「リドゥ? こんなところで――」

 最奥の扉に向かって蹴りを叩き込む。

「な、なんだ!?」

 奥では男たちが既に結晶を運んでいた。
 死霊術師の内二人が結晶を挟むように座り、手を当てている。……これは、結晶を起動しようとしている?

「中断。一体何者だ」

 リーダー格の男が立ち上がり、俺に向かって言った。
 すぐ後にルーンとソリスが部屋に入ってきた。

「リドゥ! この部屋はなに!? こいつら……魔の導き?」
「な、何故俺たちのことを知ってる!!」

 俺はもう一度練術を体に使用する。

「二人とも、ここが何かわからないけど、良からぬことを企んでるのは間違いない」
「とりあえず制圧しようか」
「……へへ、新しい武器試させてもらうわよ!!」
「舐めんな!!」

 ソリスがニヤリと笑い、柄に手を掛ける。
 男たちが杖をこちらに向けると、俺たちは交戦を始めた。


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