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命令と裏切り

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「急にごめんね」

 ごめんね、と言われているが全く謝罪されている気にならない。何故なら先程から冷え切った瞳の笑顔を向けられているからだ。

「いえ、大丈夫です……」

 俺と楠井先輩は教室から近い屋上に繋がる階段に来ていた。屋上は立ち入り禁止で鍵がかかっているので、ここに生徒が来ることはまず無い。俺がここを選んだ訳ではなく、先輩に連れてこられた。と、言うことは何か他の生徒に聞かれたくないことを話すつもりなのだ。
 ………………大体想像はつくけれど。

「話が……あるんですよね」

 俺は意を決して口を開いた。先輩は十中八九、久城の話をしに来たに違いない。昨日の俺との出来事を久城から聞いたのだろう。自分の恋人を貶されて、黙っている方が不自然だ。

「そうだね。君に聞きたいことがあって」

 聞きたいこと?
 言いたいことの間違いでは?

「…………なんですか?」

 俺は訝しむように低く小さな声を出した。

「望に何か言われた?」
「え、」

 何か言ってしまったのは俺の方だ。久城から自発的に何か言われた訳ではない。

「むしろ俺が久城を傷付けました」

 懺悔するようにきっぱりと言った。怒るなら怒ればいい。それだけのことを俺は久城に言ったのだ。
 しかし先輩は、俺の言葉を聞き、今までの冷たい目を歪めて嬉しそうに笑い出した。

「今更隠さなくてもいいよ」
「? なんのことだか」

 先輩の言わんとしていることが分からない。俺は正直に久城にしたことを話したのに。

「告白でもされた? いい気分でしょ? 俺を出し抜けて」
「は……?」

 ますます訳が分からなくなってくる。

 告白?
 出し抜けて?
 先輩と久城は付き合ってるんじゃないのか?

 なんの事だか見当もつかず、口を開けたままの間抜けな顔で先輩を見つめた。そんな俺の様子が先輩の逆鱗に触れたらしい。先輩は笑うのをやめて俺に詰め寄った。

「じゃなきゃ望が俺の命令を無視するわけないだろ!」

 先輩の話は一方的で、独り言のようにぶつぶつと喋り始める。こんな感情的に言葉をぶつけられるとは思わず、少し後ずさる。

「お前のせいで望は…………! あんなに、俺のこと大好きだって言ってたのに」

 先輩は思い出を語るように目を細めた。薄茶色の瞳がまるで割れた琥珀のように鋭く光る。その光が酷く冷たかった。
 久城はずっとこの瞳に見つめ続けられたのだと、鳥肌がたった。

「あぁ、そうだ。これがあった」

 先輩は少し落ち着きを取り戻すと、また笑顔に戻った。感情の起伏が激し過ぎて、最早同一人物に思えない。

「いい物を見せてあげるよ」

 先輩はブレザーのポケットからくしゃくしゃに折り畳まれた紙を出して俺に手渡してきた。俺はその紙をそっと広げた。

「これ…………」

 広げた紙の中から俺の顔が出てきた。これは多分、写真を撮らせて欲しいと言われて初めて撮られた写真だ。

「よく撮れてるでしょ? 俺は望の撮る写真が昔から好きだったんだ」

 先程とは打って変わって上機嫌にそう言う。何故先輩がこの写真を持っているのか。

「俺は君のきわどい写真を撮ってこいって言ったんだけどね。徐々に撮ってくるから待っててと言われてね。まぁそれも面白そうだから良いかなって許してたんだけど」
「なんで、こんな…………」

 俺の疑問は先輩の言葉に飲み込まれた。

「なのに! 望はもう嫌だと言ってきた!」

 自身の発言に信じられないというような顔をして、先輩は頭を抱えた。

「望は俺のことが大好きだから何でも言うこときくはずなのに! ずっと一緒にいて、これからもそうなるはずだったのに!」

 自分に言い聞かせるような言葉に悲壮感が漂う。そんな先輩の姿を見ていて何故か苦しくなってきた。
 そこまで人を想っていた先輩の気持ちも、それを受け入れ続けた久城の気持ちも、何もかも報われずに破綻した。そして俺の気持ちも同じように壊れてしまうところだった。

「先輩は間違っています」

 先輩に向かって偉そうなことを言っているのは重々承知だ。それでも止まらなかった。

「なんで久城が先輩の命令を聞き続けたか分かりますか?」
「は?」
「先輩のことが好きだったからです」

 信じられないという顔で、先輩は俺を見た。
 どういう種類の感情かは分からない。いつまで抱いていたかも分からない。けれど、多分、久城は先輩のことが好きだった。それだけは分かる。

「そんな久城の気持ちを先輩は裏切った」
「…………」
「裏切ったんです」

 はっきりと、先輩に届くように言い切る。第三者の俺が出しゃばり過ぎなのは分かっていた。しかしどうしても久城の気持ちを分かって欲しかった。

「少しずつでいいから、久城の気持ちを考えてあげてください」

 先輩は今までにないくらい顔を歪めると、項垂れて顔を手で覆い隠した。
 俺はどうする事も出来ずに、ただ先輩を見守ることしか出来なかった。
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