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俺も好き

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「ちょっと話、聞いてもらってもいい?」

 真っ暗な教室で肩を寄せ合い座っている。今は何時なんだろうか、もうそろそろ見回りの先生が来るかもしれないなぁ、と考えていると久城が声を出した。

「俺と楠井先輩……祐士くんは幼馴染みなんだ。小さい頃からいつも一緒で、俺は祐士くんが大好きだった」

 大好きだった、という言葉に想像していた事ではあっても胸が軋む。

「祐士くんが嫌がるから、他の人の前では極力笑わないようにしたし、感情も出さないようにした」

 久城の感情が読めない理由が分かり愕然とする。そんなに深いところにまで楠井先輩はいたのだ。

「俺の世界には祐士くんしか居なかった。俺、どこにいっても友達が出来なくて、噂話ばっかりされてて」

 それは嫌になるくらい知っている。

「でもね、ある時、俺の噂話をくだらないって一蹴してる人が居て」

 久城は言葉を区切って息を吐いた。

「気付いたら目で追いかけてた」

 ここまで言い切って、久城は俺の方を向いた。

「まさとだけだったんだよ、俺のことそう言ってくれたのは」

 え、と思わず間抜けな声が出た。正直、全然覚えていない。俺が噂話に興味を示さなかったのは久城のことだったからじゃない。噂話全般に興味がなかったのだ。それなのに、久城はその言葉を特別に思ってくれていた。今更ながらの罪悪感に胸が痛くなる。

「まさとは何気なく言った言葉だって分かってたんだけど、どうしようもなく嬉しかった」

 満面の笑みを向けられ、複雑な思いで息が出来なくなる。

「でも、それが祐士くんは気に入らなかった。俺を見張るようになって、命令もした」

 なるほど、と納得した。知らないうちに、俺は楠井先輩の脅威になっていたのだ。

「俺がちゃんと拒否してたらよかったんだけど……………、怖くて」

 最初にあった時の久城は震えていた。変なやつだと思ったが、今思えば楠井祐士という存在に怯えていたのだ。
 本当にかわいそうなことをしたと思った。気付けずに流した自分が悔しい。

「それに、何言ってるんだって感じかもしれないけど、こんな形でも、まさとと関われるかもしれないと思ったら、拒否することを忘れた。…………迷惑な話だよね、本当にごめん」
「あ、いや……」

 先程から、少しずつ話の趣旨が変わってきている気がする。久城が俺の話をする度、心臓が音を立ててうるさい。
 これはもう間違いない。

「色々巻き込んで、怒らせたり、泣きついたり、本当に引っ掻き回してごめん。謝っても許してもらえ──」

 俺は泣きそうな顔で謝り続ける久城の顔を両手で挟んで顔を近づけた。勢いをつけて触れるか触れないかのタイミングで唇を離す。

「俺、色々考えたんだけど、久城のこと好きみたいだ」

 一気に言い切って、途端に恥ずかしくなる。暗がりで顔が赤くなっているのは分からないだろう。ただ顔に集まる熱は行き場を失い、クラクラと頭の中を掻き回し始める。
 久城は驚いたように目を見開き、自身の唇を触った。
 一方俺は、恥ずかしさが頂点に達して、どうにかこの空気から逃れようと立ち上がろうとした。が。
 久城の強い力に引き戻され、押し倒された。

「本当に?」

 そう問い掛けてくる久城の瞳は真っ直ぐ俺を見ている。俺は恥ずかしくなって横を向いた。

「本当じゃなかったらあんなこと出来」

 強い力で正面に向けられ、強制的に見つめ合う形になる。
 そして覆い被さるように唇を重ねられ、以前と同じように言葉ごと飲み込まれた。俺は唇に力を入れると目を思い切り閉じた。久城はしばらく恥ずかしい音を立てて唇を動かしていたが、急に下唇を舐めてきた。

「!?」

 俺は思わず叫びそうになり、口を開けた。瞬間、割って入ってくる異物に息の仕方を忘れる。食べられてしまうかもしれないと思った。そのくらい、俺と久城の境界は曖昧になった。

「ちょっ、と、待っ、て」

 息も絶え絶えに静止を求めるが、止めてくれそうな気配は無い。酸素が足りないのか、羞恥心からなのか、頭がぼーっとし始めた。そんな状態になって始めて久城が距離を取ってくれた。
 はぁはぁと思い切り息を上げる俺と、久城も少しだけ息を上げて俺を見た。

「ごめん、ちょっとがっつきすぎた」

 久城の下唇を舐める仕草に鼓動が跳ねる。

「でもまだ足りない」
「え」

 今度はすぐに舌を入れてきた。口内を隅々まで探られる感覚に背筋がぞくぞくと震える。
 ちゅっ、と大きい音をたてて唇を離して久城は笑う。

「俺も好き」

 なすがままにされていた俺は、久城の告白に薄く笑うと頭を撫でた。

「好きだよ、マリ」

 久城は俺の手に愛おしそうに唇を寄せながらそう言った。

「え、なんで、名前」

 俺の疑問を無邪気に笑ってかわす姿に、どんどん想いが募っていく。

「これからはマリって呼ばせてね」

 久城は嬉しそうに言う。
 正直今でも自分の名前は好きではない。それでも久城が呼んでくれるなら、特別なものに変わりそうな気がして、俺は笑顔で頷いた。

fin
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