泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子

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泣き虫な俺と泣かせたいお前【4】

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「ご飯ばっかり食べてたから喉渇いてたんだー!」
「そ、そうなんだ……」

 お酒を飲まない俺でも分かる。ウイスキーのロックは喉が渇いた時に飲むものじゃない。
 本人はケロッとしている所を見ると、ウイスキーを水か何かと勘違いしている説が浮上してくる。
 凛のことがちょっとだけ怖くなってきた。

「私ビールが苦手でさぁー! とりあえず生で! って言ってみたいんだけど……」

 その気持ちは分かる。その一言が言えればどんなにスムーズにその場を終えられることか。

「だから、いつもウイスキーとか頼んじゃうんだけど、みんなに引かれるんだよね。別にいいじゃん、好きなもの飲んでるだけだし!」
「だ、だよね」

 自分も内心引いてしまっていたことを後悔して反省する。

「直生くんはビール飲めるから良いなぁ。なんか暑い日とかに飲むと最高なんでしょ?」
「あー、うん、そうかも……」

 張った見栄から派生してどんどん嘘をつくことになる。段々と心苦しくなってきた。

「あ、ごめんね、話しかけちゃって! ビールぬるくなっちゃうよね! 私の喋りは無視していいからどんどん飲んじゃって!」

 気を遣わせてしまった。その上、崖の上にも立たされてしまった。この状況で飲まないのはあまりにも不自然すぎる。

「じゃ、じゃあいただきます……」

 俺は目を閉じてグラスを傾けた。予想していたよりも多くの液体が口の中に流れ込んでくる。勢いでかなりの量を飲んでしまった。液体は身体の中に流れながら熱を灯していく。
 なんだかふわふわしてきた。

「直生!」

 大きな声で名前を呼ばれた。向かいに座っていた凛乃介が身を乗り出してこちらを見ている。
 俺は凛乃介を視界から消したくて、もう1度ビールを呷った。全身が熱を持ち、手足に力が入らなくなってきた。

「直生くん!?」

 隣で凛が慌てている。
 俺は無気力感に苛まれ、やがて目の前の凛乃介への苛立ちが湧き出し始めた。

 いつもいつも女の子とベッタリで、俺のことなんか腐れ縁のお荷物くらいにしか思ってなくて。俺のこと馬鹿にしたかと思えば、気紛れにちょっかい出してきたり。信用しろとか言う割に俺のことはちっとも信用してないし。
 あー、イライラする。

 負の感情が俺の中に渦巻き始めて段々と惨めな気持ちになってくる。

 こんなに好きなのに、全然伝わらない。
 凛乃介のそばにいるのがツラい。
 いっそのこと離れたいのに離れられない。

 鼻の奥がツンとしてきたと思った瞬間、それはすぐに溢れ始めた。

「直生くん大丈夫!? ちょっと待って今ハンカチ──」

 凛の言葉を遮って、俺の隣に凛乃介がやってきた。すかさず泣きじゃくる俺を担ぎ上げ立ち上がる。

「ちょっと外で落ち着かせてくるわ」
「え、ああ、うん!」

 凛に向ける優しい声が憎い。
 凛乃介は俺を担いだまま外へと出た。
 大の男が男に担がれて居酒屋から出てくる姿は異様なものがある。俺は泣きながら凛乃介の肩の上で暴れた。

「離せよ!」
「暴れんなって!」
「恥ずかしいだろ!」

 俺の大声で周囲の人の足が止まる。凛乃介も気まずくなったのか、人通りがない路地裏に隠れ俺を降ろした。

「あーもー、なんで酒なんか飲むんだよ」
「うるさい俺の勝手だろ」
「こうなるって分かってたじゃん」

 凛乃介の呆れた物言いに再度イライラが募る。

「凛乃介には関係ないだろ!?」
「いや、実際巻き込まれてんだけど」
「ほっとけばいいだろ俺のことなんて!」

 売り言葉に買い言葉。
 大きい声を出して興奮すると、どんどん酒がまわっていくような気がしてくる。

「とりあえず泣き止ませるからこっちこい」
「嫌」
「じゃあそのままでもいいのかよ」
「いい」

 自分自身で何を言っているのか分からなくなってくる。涙と酔いで凛乃介の顔すらボヤける。

「いいわけねーだろ」
「今月もうお金無いから無理!」
「はぁ!?」

 俺は何としても凛乃介に触れさせまいと体育座りで両腕で頭を抱え込んだ。

「あのさぁ、俺が金せびったこと一度でもあるかよ? つかそもそもなんで金渡してくるわけ? 俺をお前専用のシッターか何かと勘違いしてる?」
「違う!」

 大きな声で叫ぶ。
 最初はお礼のつもりだった。徐々に凛乃介への罪悪感と繋ぎ止めておきたい一心でお金を押し付けるようになった。
 凛乃介が迷惑に感じ始めていたのには気付いていたがやめられなかった。

「じゃあなんでよ?」
「うるさい!」

 これじゃ駄々をこねている子どもと同じだ。そう思うのにお酒のせいか止まらない。

「はぁー、分かった。じゃあとりあえずここで待ってろ。水買ってくるから」

 俺が無言を貫いていると、凛乃介がその場を離れる気配がした。
 俺は顔を上げると思い切り声を上げて泣き始めた。周囲を通っていた人たちが避けていくのを感じる。
 そこへ凛乃介がペットボトル片手に戻ってきた。
 そんなことはお構いなく、泣き続ける俺の頭に凛乃介は優しく触れた。
 あれだけぐちゃぐちゃになっていた感情が一気に解けるのを感じる。この安心感に甘えてはいけないのだと強く思うのに抗えない。思考回路が曖昧になって、今まで気にしてきたことが全部どうでもよくなった。
凛乃介の手に自身の手を重ねてせがむ。それに応えるように凛乃介は頭から首にかけて手を滑らせ、頬についた涙を親指で拭った。
 いつもならもうとっくに暴れている。でも今日は身体に力が入らない。
 俺はしゃくり上げながら、普段の半分になった視界で凛乃介を見た。
 凛乃介の顔は怒っていないどころか、何故か嬉しいそうに笑っていた。
 その笑顔に気が抜ける。
 と、同時に急激に押し寄せる眠気に意識を失いそうになる。

「あっ、ちょっと待て、このまま寝たら大変なことになるから!」

 凛乃介が何か言っているが耳に入ってこない。

「せめて水飲めって!」

 目の前に突き出されたペットボトルを見たのを最後に俺の視界は閉じた。
 次の瞬間、唇に冷たさを感じた。

 気持ちいい。

 その冷たさが心地良くて、俺は口の中の水を全て飲み干すと、意識を手放した。
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