泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子

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泣き虫な俺と泣かせたいお前【3】

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 俺は勢いよく空になっていくビールジョッキを無心で眺めながら、時間が過ぎるのを待っていた。
 壁にかけられた時計に目をやる。
 現在の時刻は19時15分。
 つまり、この大学の友達の友達の友達主催飲み会がはじまって15分しか経っていない。飲み会の終了予定時刻は21時。それまでこのまるで花火でも上がりそうな勢いのお祭り騒ぎの居酒屋で過ごさなければならない。

 ツラい……もう帰りたい……

 俺は力無く目の前のオレンジジュースを啜った。
 次々とお酒の注文が飛び交う中、俺は誰にも悟られずにオレンジジュースを注文することに成功した。最初の注文さえクリアしてしまえば、後は適当に誤魔化せる。
 お酒が飲めない俺にとって、飲み会の「じゃあとりあえず生で!」という同調圧力のようなものが苦手だった。このご時世だからか、断ってもあからさまに強制してくる人間は稀だが、それでも何かを察するような、少しだけ腫れ物に扱うような雰囲気は出される。

 こんな時に、凛乃介のようにのらりくらりとかわせればいいのだが、俺はそういった社交性は持ち合わせていなかった。
 そもそも、お酒も飲めない、飲み会の雰囲気も好きじゃない俺が、なぜ嫌々飲み会に来ているのかというと、数少ない友達に誘われたからだった。
 当日に予約数から1人欠けてしまい、キャンセルすることも出来ず料理が余ってしまう、勿体無いからタダで良いから来てくれないかと言われてしまえば心がぐらつく。
 なんせ、俺は今月ジリ貧だ。1食分浮くとなったら食い付くのは仕方ない。
 だけど、タダより高いものは無いな、と身を持って知ることになった。

 俺は自然を装って視線を上げた。目の前には左右を女の子にがっちりとマークされ、更には後ろからも2、3人の女の子から声を掛けられている凛乃介の姿があった。
 友達の友達の友達が主催だと聞いていた。だから知り合いに会うこともなく、気を遣って話しかけることもせず、ひたすらご飯を食べて帰れると思っていた。
 それなのに。
 着いて早々、席に案内されて目の前を見ると凛乃介が居た。驚いた様な顔をしていたが、幸いにも声を掛けてはこなかった。
 それから15分。凛乃介の周りにはお酒の力を借りているのか、いつもよりも多くの女の子が代わる代わる連絡先を聞きに来ていて、途切れることはなかった。
 俺は料理に集中しようとテーブルの上だけを見つめた。誰も手をつけようとしないお通しの枝豆が寂しそうにこちらを眺めている気がしてくる。
 俺は今日ここに来た目的を遂行しようと手を伸ばした。
 と、横から伸びてきた手に遮られる。

「あっ、ごめんなさい!」
「ごめんなさいっ!」

 2人して同時に謝る。
 慌てて手の主を確認しようと横を向くと、女の子が1人、僕の目の前にある大皿のサラダに手を伸ばしていた。

「……サラダ、取りましょうか……?」

 社交性のない俺でも初対面の相手にサラダを取り分ける提案くらいは出来る。一対一の会話なら人並みくらいには喋ることが出来るが、グループトークになると途端に言葉が出てこなくなる。

「えっ、いいんですか? じゃあお願いしたいです!」

 女の子はハキハキとそう答える。

「どのくらいが良いですか?」

 言ってから後悔する。もしかしたら女の子に向かって量を聞くなんて野暮だったかもしれない。凛乃介にこのやり取りを見られていたら馬鹿にされそうだと慌てて前方を盗み見るが、相変わらず女の子たちに囲まれて楽しそうにしている。

 見なきゃよかった。

「沢山欲しいです!」
「えっ、あぁ、誰も手付けようとしてないですもんね」
「そうそう! 私もうお腹ペコペコで!」

 凛乃介へのモヤモヤを吹き飛ばすかのように女の子が笑う。どのくらい欲しいかの問いに不快感など示さず、あっけらかんと沢山欲しいと答えた。初対面ながら少しだけ好感度が上がった。
 だからか、俺の口も少しだけ軽くなった。

「分かります。お腹空きましたよね」
「みんなお酒飲むのに夢中だからご飯沢山食べてもバレないかなって」
「俺も今日はご飯沢山食べに来たんです」
「あれっ、まさかの目的同じ? じゃあライバルですね!」

 お酒は入っていないはずなのに、やけに会話が弾む。こんな飲み会なら悪くはないなと思い始めた頃になってようやく相手の名前も知らないことに気がついた。

「あっ、そう言えば名前……」

 まるで以心伝心したかのように女の子が俺と同じ疑問を発する。まさかのタイミングに俺は思わず大きい声を出してしまった。

「俺も今同じこと思ってた!」
「えっ、嘘? すごい!」

 突然の盛り上がりに周囲に座っていた数人が俺たちの方を見た。凛乃介の視線も一瞬こちらに向いたが、また直ぐに女の子たちの方に向けられた。

「じゃあー、改めて自己紹介するね、教育学部2年の崎坂凛(さきざかりん)です」
「あ、経済学部2年の八次直生です」
「直生くん? 良い名前だね!」
「いやー、実際は全然素直じゃないんだけど」
「そうなの?」

 お決まりの自己紹介ボケも決まった所で、ふと女の子の名前が気になった。

「名前、凛って言うの……?」
「うん、そう! それがどうかした?」

 特に大した意味はない。ただ、凛乃介と似ているなと思っただけで。

「いや、凛って可愛い名前だなって思って」

 誤魔化すために適当に返したが、よく考えたらとんでもないことを言ってしまったような気がする。凛乃介みたいなやつが言うならまだしも、俺みたいな見た目中学生が言っても笑い物にされるだけだ。

「本当? 私も凛って名前気に入ってるから嬉しー! あ、私のことは凛って呼んで! 苗字で呼ばれるより名前で呼ばれる方が好きだから!」
「えっ? あ、うん……分かった」

 女の子を呼び捨て、しかも名前でなんて経験がない。しかし相手のリクエストなので断るのも気が引ける。

「あっの、り、凛は何か飲む?」

 噛んだ。
 恥ずかしくて埋まりたい。

 しかし、凛は気にしていないのか、俺にドリンクメニューを渡してきた。

「私はウイスキーロックで! 直生くんは何飲む?」
「え」

 ご飯ばかり食べているから、てっきり凛もこちら側の人間なのかと思っていた俺は少したじろぐ。

「お、俺は~……」

 どうしよう。

 こんな所で見栄を張ってもしょうがないと言うことは重々分かっている。分かっているが、張りたくなるのが俺の悪い所で。

「俺は……ビールにしようかな…………」
「了解ー! すみませんーウイスキーロックとビールくださいー!」

 凛が大声で店員さんに注文する。これで後には引けなくなった。

 少しくらいなら多分大丈夫なはずだ。

「じゃあカンパーイ!」

 凛がグラスを突き出してくる。俺も慌ててビールジョッキを傾ける。
 凛はロックの意味がない早さでグラスの中身を飲み干した。
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