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泣き虫な俺と泣かせたいお前【2】
俺はボロボロと涙を流しながら自分の家に戻ると、玄関に座り込んだ。
嗚咽が漏れ出しそうになるのを必死で堪えると、代わりに身体が震え始めた。
どうにか落ち着こうと深呼吸を試みるが、上手く息が吸えない。
俺死ぬのか……?
泣き過ぎて死んだ人間はいないと、自分に突っ込む気力すら無く、うずくまる。
と、急に背もたれにしていたドアが開き、アパートの廊下に後ろ向きに倒れ込んだ。
「は……?」
「え」
まさか、ドアを開けたら俺が転がってくるなんて思ってもみなかったという顔の凛乃介が、一拍おいて笑いながら手を差し伸べてきた。その顔にイラついて、手は借りずに自力で起き上がる。
「何?」
「何ってお前さぁ…………、まぁいいや、中入れて」
「嫌」
あんな場面を見られても、凛乃介が普通に接してくるのは、アレが凛乃介にとって普通のことで、別段気にしていないからなのだろう。
恋人、という関係ならそういうこともあるのだろうと、経験がない俺でもさすがに分かるが、凛乃介のアレは恋人との行為ではない。あそこに居た女の人は所謂セフレで凛乃介の恋人ではない。
そもそも昔から凛乃介はモテるくせに恋人を作りたがらなかった。前に一度どうしても気になって友達伝いにそれとなく聞いてもらったところ、面倒くさいから恋人はいらないと言っていた。
相手も承知で遊んでいるとはいえ、不誠実に感じて、真面目で優しいと思っていた凛乃介のイメージが一気に崩れてしまった。
それからなんとなく、凛乃介と少しだけ距離を取るようになった。
噂には散々聞いていた。毎回連れている女の人が違うのも何度も目撃した。だけど、あんなに決定的な場面に遭遇するのは今回が初めてだった。
俺がアレについて、責める資格が無いのは分かっているが、出来るだけ視界に入れたくなかった。
俺は凛乃介の横を通り過ぎると自分の家のドアを開けた。
凛乃介は軽くため息を吐いた。呆れた様な空気を感じて少し怯む。
「別に俺は困らないからいいけど」
突き放される様な声色に息が詰まった。また涙が溢れてきそうになる。
「お前はしんどいだろ」
言いながら顔を覗き込まれる。今まで何度も見られてきた泣き顔だが、いつまで経っても慣れない。反射的に顔を背けてしまう。
「…………分かった」
観念して、招き入れる様にドアを大きく開けると、凛乃介は玄関に入ってきた。そして後ろ手でドアを閉める。
俺の目の前に立った凛乃介はいつの間にか俺よりも20センチも大きくなった身体を屈めながら、長い腕で俺を抱きしめた。壊れ物を扱うかの様な優しい加減に、いつもの事ながら妙な気持ちになる。
凛乃介は俺の背中に回していた手を、今度は頭に乗せると、ゆっくりと上から下に手を滑らせ撫で始めた。凛乃介の大きな手が触れる度、呼吸が落ち着いてくる。とんとん、とリズムをとるように背中をさすられると何故だか安心する。
側から見れば完全にあやされている子どもと保護者のような光景だが、俺も凛乃介もいたって真面目だ。
俺は少しずつ涙が収まってくるのを感じた。
「も、もういいから!」
「いや、だってまだ涙収まってない──」
「離せよ!」
凛乃介が言い終わらない内に、両手で突っぱねる。あまりの体格差に凛乃介はびくともしなかったが、俺の気持ちを汲んでくれたのか、一歩後ろへ下がった。
"これ"が終わった後はいつも気まずい。凛乃介は何か言いたそうに俺のことを見るが、俺はすぐにでも1人になりたい気持ちでいっぱいだった。
「あ、あぁ!お金払ってなかったよな! 悪い!」
俺は廊下に放り出されていた財布を掴むと、一万円札を取り出し、凛乃介の胸に押し当てた。
「ほら、今回の口止め料!」
しどろもどろでそう言うと、またしても凛乃介は呆れたように息を吐いた。
「あのさぁ……毎回毎回口止め料って……少しは俺のこと信用してくれてもよくね?」
「無理」
勢いに任せてそう答える。
本当は凛乃介のことはなんだかんだで信用している。それなのに言葉にするのが恥ずかしくて、もう何年もこんな態度を取り続けしまっている。
『すなお』という名前からは想像もできない様な天邪鬼な自分が時々嫌になる。
「そーかよ、分かった、分かった」
投げやりに言いながら、凛乃介は俺の手からお金をむしり取ると、怠そうに首を傾けながら出て行ってしまった。
少しの罪悪感と安堵感で一気に脱力する。
整い始めた呼吸を実感する様に大きく息を吐く。
涙は止まったが、目の周りは熱を持ち、擦り過ぎてヒリヒリする。
俺はいつものように冷凍庫から保冷剤を出すと、気持ちを紛らわせる様に冷たさに身を委ねた。
俺には秘密がある。
それもかなり恥ずかしい秘密だ。
秘密その1。一回泣き始めると涙が止まらなくなること。
秘密その2。涙を止めるには凛乃介の協力が必要なこと。
秘密その3。そんな凛乃介に小さい頃から片思いをしていること。
この秘密は誰にもバレてはいけない。
勿論、凛乃介にも。
嗚咽が漏れ出しそうになるのを必死で堪えると、代わりに身体が震え始めた。
どうにか落ち着こうと深呼吸を試みるが、上手く息が吸えない。
俺死ぬのか……?
泣き過ぎて死んだ人間はいないと、自分に突っ込む気力すら無く、うずくまる。
と、急に背もたれにしていたドアが開き、アパートの廊下に後ろ向きに倒れ込んだ。
「は……?」
「え」
まさか、ドアを開けたら俺が転がってくるなんて思ってもみなかったという顔の凛乃介が、一拍おいて笑いながら手を差し伸べてきた。その顔にイラついて、手は借りずに自力で起き上がる。
「何?」
「何ってお前さぁ…………、まぁいいや、中入れて」
「嫌」
あんな場面を見られても、凛乃介が普通に接してくるのは、アレが凛乃介にとって普通のことで、別段気にしていないからなのだろう。
恋人、という関係ならそういうこともあるのだろうと、経験がない俺でもさすがに分かるが、凛乃介のアレは恋人との行為ではない。あそこに居た女の人は所謂セフレで凛乃介の恋人ではない。
そもそも昔から凛乃介はモテるくせに恋人を作りたがらなかった。前に一度どうしても気になって友達伝いにそれとなく聞いてもらったところ、面倒くさいから恋人はいらないと言っていた。
相手も承知で遊んでいるとはいえ、不誠実に感じて、真面目で優しいと思っていた凛乃介のイメージが一気に崩れてしまった。
それからなんとなく、凛乃介と少しだけ距離を取るようになった。
噂には散々聞いていた。毎回連れている女の人が違うのも何度も目撃した。だけど、あんなに決定的な場面に遭遇するのは今回が初めてだった。
俺がアレについて、責める資格が無いのは分かっているが、出来るだけ視界に入れたくなかった。
俺は凛乃介の横を通り過ぎると自分の家のドアを開けた。
凛乃介は軽くため息を吐いた。呆れた様な空気を感じて少し怯む。
「別に俺は困らないからいいけど」
突き放される様な声色に息が詰まった。また涙が溢れてきそうになる。
「お前はしんどいだろ」
言いながら顔を覗き込まれる。今まで何度も見られてきた泣き顔だが、いつまで経っても慣れない。反射的に顔を背けてしまう。
「…………分かった」
観念して、招き入れる様にドアを大きく開けると、凛乃介は玄関に入ってきた。そして後ろ手でドアを閉める。
俺の目の前に立った凛乃介はいつの間にか俺よりも20センチも大きくなった身体を屈めながら、長い腕で俺を抱きしめた。壊れ物を扱うかの様な優しい加減に、いつもの事ながら妙な気持ちになる。
凛乃介は俺の背中に回していた手を、今度は頭に乗せると、ゆっくりと上から下に手を滑らせ撫で始めた。凛乃介の大きな手が触れる度、呼吸が落ち着いてくる。とんとん、とリズムをとるように背中をさすられると何故だか安心する。
側から見れば完全にあやされている子どもと保護者のような光景だが、俺も凛乃介もいたって真面目だ。
俺は少しずつ涙が収まってくるのを感じた。
「も、もういいから!」
「いや、だってまだ涙収まってない──」
「離せよ!」
凛乃介が言い終わらない内に、両手で突っぱねる。あまりの体格差に凛乃介はびくともしなかったが、俺の気持ちを汲んでくれたのか、一歩後ろへ下がった。
"これ"が終わった後はいつも気まずい。凛乃介は何か言いたそうに俺のことを見るが、俺はすぐにでも1人になりたい気持ちでいっぱいだった。
「あ、あぁ!お金払ってなかったよな! 悪い!」
俺は廊下に放り出されていた財布を掴むと、一万円札を取り出し、凛乃介の胸に押し当てた。
「ほら、今回の口止め料!」
しどろもどろでそう言うと、またしても凛乃介は呆れたように息を吐いた。
「あのさぁ……毎回毎回口止め料って……少しは俺のこと信用してくれてもよくね?」
「無理」
勢いに任せてそう答える。
本当は凛乃介のことはなんだかんだで信用している。それなのに言葉にするのが恥ずかしくて、もう何年もこんな態度を取り続けしまっている。
『すなお』という名前からは想像もできない様な天邪鬼な自分が時々嫌になる。
「そーかよ、分かった、分かった」
投げやりに言いながら、凛乃介は俺の手からお金をむしり取ると、怠そうに首を傾けながら出て行ってしまった。
少しの罪悪感と安堵感で一気に脱力する。
整い始めた呼吸を実感する様に大きく息を吐く。
涙は止まったが、目の周りは熱を持ち、擦り過ぎてヒリヒリする。
俺はいつものように冷凍庫から保冷剤を出すと、気持ちを紛らわせる様に冷たさに身を委ねた。
俺には秘密がある。
それもかなり恥ずかしい秘密だ。
秘密その1。一回泣き始めると涙が止まらなくなること。
秘密その2。涙を止めるには凛乃介の協力が必要なこと。
秘密その3。そんな凛乃介に小さい頃から片思いをしていること。
この秘密は誰にもバレてはいけない。
勿論、凛乃介にも。
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