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泣き虫な俺と泣かせたいお前【6】
***
俺はよく俯瞰で夢を見る。自分が夢の中の当事者ではなく、人物が動き回っているのをそばで眺めている。
その時は大体夢見が悪い。
今日の夢も恐らく悪夢だ。そう確信したのは、泣いている子どもの頃の自分を見つけてしまったからだった。
「やだ……なんで……なんでいなくなっちゃうの…………」
俺は黒い服をを着せられ、自分の部屋で丸くなっていた。
恐らく母さんが死んだ直後の記憶だ。
母さんは病気だった。
誰も悪くない。誰のせいでもない。それなのに、幼い俺は周りの全てに絶望し、八つ当たり、それは当事者である母親にまで及んでいた。
母さんさえ死ななければこんなに辛い気持ちにならないで済んだのに。
母さんさえ死ななければ僕は笑って生きていけるのに。
母さんさえ死ななければ。
父さんがいくら宥めても俺は断固として泣くことをやめず、塞ぎ込んでいた。
今になっては、そんな事もあったな、と寂しくなる程度まで気持ちの整理ができた。
時間が解決してくれたんだと思う。あの時の俺は自分の小さい世界が壊れたことで、全てを失ってしまったような気になっていた。
思えばこの頃から涙が止まらなくなったような気がする。泣くことはかっこ悪いことだと、思い込んでいた子どもの頃の俺は、何があっても泣かなかった。
凛乃介とケンカした時も、逆に凛乃介を泣かせてよく怒られていた。
凛乃介を宥めたことだって何回もある。今じゃ全く逆の立場だが。
俺は顔を歪めて子どもの頃を見た。
一向に顔を上げようとせず、泣き続けている。
もしこれが夢ではなく、過去に来ているなら、今すぐ泣き止まないと将来泣き虫になるぞ、と忠告したい。
そうしたら、もしかしたら凛乃介ともっといい関係でいられる未来があるかもしれない。
でもこれは夢で、俺が忠告したところで何の意味もない。自分の考えを鼻で笑うと、この夢はまだ終わらないのかと、ため息をついた。
と、部屋の中に小さい人影が入って来た。
あれは……凛乃介……?
全く記憶に無いが、凛乃介がおずおずと部屋の中に入り、塞ぎ込んでいる俺に近付いてきた。
「直生……あの……」
まだ幼い凛乃介も俺にかける言葉を迷っているようだった。
重苦しい空気が部屋の中を漂う。
俺の名前を呼んだきり、凛乃介も黙ってしまった。俺の啜り泣く声だけが響き、見ているこっちも鬱々とした気持ちになってくる。
すると、凛乃介は意を決したように俺の頭の上に手を置いた。俺は怯えたように顔を上げる。
「あっ……ごめん……びっくりしたよね……」
俺は何も答えない。
「おじさんが、ご飯、食べようって……」
そう言えば、この時の俺は、ご飯を食べることすら拒否していた。
「ご飯、食べないと、元気出ないから、だから……」
凛乃介は必死の顔で俺に手を差し伸べて来た。
しかし、俺はまた俯いた。
「いらない」
「でも」
「いらない!」
今も全く成長していない凛乃介への自分の態度に胸が痛くなってくる。凛乃介は純粋に心配してくれているだけなのに、その親切心すら邪推してしまう。
「お前に僕の気持ちが分かるかよ!」
あしらわれても部屋から出て行こうとしない凛乃介に怒りが湧く。
そんな可哀想なものを見るような目で見るな。
「ごめん……分からない…………」
「だったら!」
「だけど、分かりたいと思ってる……」
虚をつかれた俺は言葉が出てこなくなる。
「僕には、直生の悲しい気持ちが全部は分からない……だけど、直生の悲しい顔は見たくない」
「…………」
「だから僕にも悲しい気持ちを分けて。そしたら2人で悲しくなって、悲しい気持ちが無くなったら2人で笑おう?」
「そんなの……どうやったら出来るんだよ……」
「そんなの簡単だよ!」
言うなり、凛乃介は俺を抱きしめた。俺よりも小さな身体で精一杯腕を伸ばして。
びっくりした俺はその手から逃れようともがいた。こんな所も今と変わらない。
「やめろって!」
「やだ! 直生が泣き止むまでやめない!」
振り払われまいと俺の腕に縋り付く凛乃介は今にも泣きそうな顔をしていた。
「なんで凛乃介が泣きそうなんだよ!」
「直生が悲しんでるからだよ!」
取り止めもない言い合いは、俺の体力が尽きて終わりになった。
大人しくなった俺の頭を凛乃介の小さな手が撫でる。その動きに合わせて息を吐くと、不思議と涙が止まり始めた。
「直生の悲しいは僕が貰うから、僕の嬉しいを直生は受け取って」
そう言えばそんなことを言われたと、今になって思い出した。あの時は、凛乃介の言っている意味が分からなかったが、凛乃介なりの精一杯の励ましだったのだと、ようやく分かった。
「………………分かった」
こんな時でも子どもの俺は渋々といった顔をする。本当は凛乃介がそばに居て嬉しかったのに。
***
ふと人の気配を感じた。
俺はゆっくりと目を開けた。
「あ、ごめん。起きると思わなくて」
目の前には大人になった凛乃介がいた。
俺が寝ているベッドの横で俺の様子を見ていた。
「あれ? おーい? 直生ー?」
手をひらひらと動かし、不思議そうな顔で凛乃介が名前を呼ぶ。
「寝ぼけてんのか?」
今まで見ていた夢の名残りで少しだけ意識がふわふわする。
「二日酔い、少しはマシになったか? 適当に食べれそうなもん買ってきたんだけど──」
「ありがとう」
するりと言葉が出た。
自分でもびっくりするほど自然に。
「え」
「えってなに……?」
「あー、いや、やけに素直だなって思って」
「そう?」
まだ夢の中にいるんじゃないかと錯覚する。凛乃介とこんなに普通に喋れたのはいつぶりだろうか。
「じゃ、じゃあ今用意してくるわ」
何故か慌てた様子で凛乃介は立ちあがろうとする。俺は無意識に凛乃介の手を掴んでそれを阻止した。
「えっ!?」
「凛乃介の手……」
夢の中で見たよりも随分大きくて骨張った手。
この手がいつも俺を宥めてくれているのかと思うと、急に胸が苦しくなってきた。
この手は俺のものじゃない。
だけど、欲しくて欲しくて堪らない。
俺は凛乃介の手の甲に指を滑らせた。ゆっくりと凹凸をなぞり、形を確かめていく。
すると、凛乃介が僅かに俺に向き直った。夕日のせいか顔が赤く見える。
「凛乃──」
俺が名前を呼ぼうとした瞬間、床に落ちていた凛乃介のスマホが振動した。そして画面に表示されるハートだらけの会いたいというメッセージ。
俺はハッとなって凛乃介の手を離した。
「ごめん! 引き止めて」
「え、あぁ……」
「この後用があるんだろ? 俺のことはいいから行けって」
「いや、でも……」
「もう大丈夫だし、お前に手伝ってもらうこともないし」
素直になれたのは少しだけで、結局またいつもの憎まれ口を叩いてしまった。
「…………分かった。今日くらいは安静にしてろよ」
それだけ言うと、凛乃介はさっさと立ち上がり出て行ってしまった。
またどこの誰かも分からない女を連れ込むんだろうか。そんなことが頭をよぎり苦しくなる。
俺には凛乃介を引き止める権利はない。だからこの体質に縋りたくなる。卑怯だということは分かっているけど。
外の世界を遮るように、俺は布団を頭まで被り、全ての情報を遮断した。
俺はよく俯瞰で夢を見る。自分が夢の中の当事者ではなく、人物が動き回っているのをそばで眺めている。
その時は大体夢見が悪い。
今日の夢も恐らく悪夢だ。そう確信したのは、泣いている子どもの頃の自分を見つけてしまったからだった。
「やだ……なんで……なんでいなくなっちゃうの…………」
俺は黒い服をを着せられ、自分の部屋で丸くなっていた。
恐らく母さんが死んだ直後の記憶だ。
母さんは病気だった。
誰も悪くない。誰のせいでもない。それなのに、幼い俺は周りの全てに絶望し、八つ当たり、それは当事者である母親にまで及んでいた。
母さんさえ死ななければこんなに辛い気持ちにならないで済んだのに。
母さんさえ死ななければ僕は笑って生きていけるのに。
母さんさえ死ななければ。
父さんがいくら宥めても俺は断固として泣くことをやめず、塞ぎ込んでいた。
今になっては、そんな事もあったな、と寂しくなる程度まで気持ちの整理ができた。
時間が解決してくれたんだと思う。あの時の俺は自分の小さい世界が壊れたことで、全てを失ってしまったような気になっていた。
思えばこの頃から涙が止まらなくなったような気がする。泣くことはかっこ悪いことだと、思い込んでいた子どもの頃の俺は、何があっても泣かなかった。
凛乃介とケンカした時も、逆に凛乃介を泣かせてよく怒られていた。
凛乃介を宥めたことだって何回もある。今じゃ全く逆の立場だが。
俺は顔を歪めて子どもの頃を見た。
一向に顔を上げようとせず、泣き続けている。
もしこれが夢ではなく、過去に来ているなら、今すぐ泣き止まないと将来泣き虫になるぞ、と忠告したい。
そうしたら、もしかしたら凛乃介ともっといい関係でいられる未来があるかもしれない。
でもこれは夢で、俺が忠告したところで何の意味もない。自分の考えを鼻で笑うと、この夢はまだ終わらないのかと、ため息をついた。
と、部屋の中に小さい人影が入って来た。
あれは……凛乃介……?
全く記憶に無いが、凛乃介がおずおずと部屋の中に入り、塞ぎ込んでいる俺に近付いてきた。
「直生……あの……」
まだ幼い凛乃介も俺にかける言葉を迷っているようだった。
重苦しい空気が部屋の中を漂う。
俺の名前を呼んだきり、凛乃介も黙ってしまった。俺の啜り泣く声だけが響き、見ているこっちも鬱々とした気持ちになってくる。
すると、凛乃介は意を決したように俺の頭の上に手を置いた。俺は怯えたように顔を上げる。
「あっ……ごめん……びっくりしたよね……」
俺は何も答えない。
「おじさんが、ご飯、食べようって……」
そう言えば、この時の俺は、ご飯を食べることすら拒否していた。
「ご飯、食べないと、元気出ないから、だから……」
凛乃介は必死の顔で俺に手を差し伸べて来た。
しかし、俺はまた俯いた。
「いらない」
「でも」
「いらない!」
今も全く成長していない凛乃介への自分の態度に胸が痛くなってくる。凛乃介は純粋に心配してくれているだけなのに、その親切心すら邪推してしまう。
「お前に僕の気持ちが分かるかよ!」
あしらわれても部屋から出て行こうとしない凛乃介に怒りが湧く。
そんな可哀想なものを見るような目で見るな。
「ごめん……分からない…………」
「だったら!」
「だけど、分かりたいと思ってる……」
虚をつかれた俺は言葉が出てこなくなる。
「僕には、直生の悲しい気持ちが全部は分からない……だけど、直生の悲しい顔は見たくない」
「…………」
「だから僕にも悲しい気持ちを分けて。そしたら2人で悲しくなって、悲しい気持ちが無くなったら2人で笑おう?」
「そんなの……どうやったら出来るんだよ……」
「そんなの簡単だよ!」
言うなり、凛乃介は俺を抱きしめた。俺よりも小さな身体で精一杯腕を伸ばして。
びっくりした俺はその手から逃れようともがいた。こんな所も今と変わらない。
「やめろって!」
「やだ! 直生が泣き止むまでやめない!」
振り払われまいと俺の腕に縋り付く凛乃介は今にも泣きそうな顔をしていた。
「なんで凛乃介が泣きそうなんだよ!」
「直生が悲しんでるからだよ!」
取り止めもない言い合いは、俺の体力が尽きて終わりになった。
大人しくなった俺の頭を凛乃介の小さな手が撫でる。その動きに合わせて息を吐くと、不思議と涙が止まり始めた。
「直生の悲しいは僕が貰うから、僕の嬉しいを直生は受け取って」
そう言えばそんなことを言われたと、今になって思い出した。あの時は、凛乃介の言っている意味が分からなかったが、凛乃介なりの精一杯の励ましだったのだと、ようやく分かった。
「………………分かった」
こんな時でも子どもの俺は渋々といった顔をする。本当は凛乃介がそばに居て嬉しかったのに。
***
ふと人の気配を感じた。
俺はゆっくりと目を開けた。
「あ、ごめん。起きると思わなくて」
目の前には大人になった凛乃介がいた。
俺が寝ているベッドの横で俺の様子を見ていた。
「あれ? おーい? 直生ー?」
手をひらひらと動かし、不思議そうな顔で凛乃介が名前を呼ぶ。
「寝ぼけてんのか?」
今まで見ていた夢の名残りで少しだけ意識がふわふわする。
「二日酔い、少しはマシになったか? 適当に食べれそうなもん買ってきたんだけど──」
「ありがとう」
するりと言葉が出た。
自分でもびっくりするほど自然に。
「え」
「えってなに……?」
「あー、いや、やけに素直だなって思って」
「そう?」
まだ夢の中にいるんじゃないかと錯覚する。凛乃介とこんなに普通に喋れたのはいつぶりだろうか。
「じゃ、じゃあ今用意してくるわ」
何故か慌てた様子で凛乃介は立ちあがろうとする。俺は無意識に凛乃介の手を掴んでそれを阻止した。
「えっ!?」
「凛乃介の手……」
夢の中で見たよりも随分大きくて骨張った手。
この手がいつも俺を宥めてくれているのかと思うと、急に胸が苦しくなってきた。
この手は俺のものじゃない。
だけど、欲しくて欲しくて堪らない。
俺は凛乃介の手の甲に指を滑らせた。ゆっくりと凹凸をなぞり、形を確かめていく。
すると、凛乃介が僅かに俺に向き直った。夕日のせいか顔が赤く見える。
「凛乃──」
俺が名前を呼ぼうとした瞬間、床に落ちていた凛乃介のスマホが振動した。そして画面に表示されるハートだらけの会いたいというメッセージ。
俺はハッとなって凛乃介の手を離した。
「ごめん! 引き止めて」
「え、あぁ……」
「この後用があるんだろ? 俺のことはいいから行けって」
「いや、でも……」
「もう大丈夫だし、お前に手伝ってもらうこともないし」
素直になれたのは少しだけで、結局またいつもの憎まれ口を叩いてしまった。
「…………分かった。今日くらいは安静にしてろよ」
それだけ言うと、凛乃介はさっさと立ち上がり出て行ってしまった。
またどこの誰かも分からない女を連れ込むんだろうか。そんなことが頭をよぎり苦しくなる。
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