不思議の国で遊女にされそうです!

ことわ子

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花を贈る

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 こんなことをしている場合じゃないのに、と思いながら俺は食堂に大量に運び込まれた切り花に水をやっていた。俺たちがいつもご飯を食べていた机の上に大小様々な花瓶が並べられ、その中に黄色い花が気の毒になるくらいギチギチに生けてある。
 こんな置き方をしていたら、枯れてしまうのではないかと質問したが、今日で全部捌けるから構わないとのことだった。
 愛の日。今日はそう呼ばれているらしい。
 元の世界で言うところのバレンタインのような行事がこちらの世界にもあるようで、意中の人に黄色い花を送って告白すると聞いた。日本のバレンタインは完全に企業の戦略が起源だが、こちらの世界は昔からそういう習わしがあったのだろうと思った。
 しかし、やはり似たような文化で暮らしてきた人間は発想も似てしまうのだろう。黄色い花を贈るようになった理由を聞いた俺は複雑な心境を笑って誤魔化すしかなかった。
 この時期に咲くこの花は非常に持ちが悪く、それなのに沢山の花をつける。そこで、何か有効利用出来るような行事はないかと考えだされたのが愛の日だった。花屋が懇意にしている遊郭から始まり、庶民にまで浸透したこの行事は、今では一大イベントなのだそうだ。
 当然、馴染みの客たちは遊女からの花欲しさに遊びに来る。遊女は花を配り、それ以上のお金を落としていってもらう。花屋も儲かり、みんなが幸せになれると、シャロニカさんは言っていた。

(花、かぁ……)

 もし、俺が夜柯さんに花を渡したらどんな反応をするのだろう。喜んでくれるだろうか。それとも困惑するのだろうか。
 あの日の言葉の真意が分からない以上、余計なことはしない方が良いと思う。
 俺は全部の花瓶に水を入れ、部屋の隅に座り込んだ。今日持てばいいとは言われているものの、花を扱うのは神経を使う。少し触っただけで、花びらが取れてしまいそうで怖い。

「お、アリスやってんなぁ」
「ニコラ」

 支度を終えたニコラがひょこっと顔を出す。
 いつ見ても綺麗な遊女姿は花の美しさにも負けてはいない。

「しっかし、いつ見てもすごい量だよなぁー。この花の数だけ今日一日で客が来るのかと思うと寒気がする」
「ものすごい売り上げが出るってシャロニカさん言ってたしね……」
「そうそう。こんなの花屋と遊郭の策略なのにみんな乗せられてて馬鹿だよなぁ」

 ニコラはそう考える派なのだと分かると少し笑ってしまった。現実主義なところがニコラらしい。

「でも、花貰えたら嬉しいものじゃない? 俺は貰ったことないけど」
「ハァ? アリス花貰ったことねーの?」
「………………ないけど」
「何それ、かわいそー」

 ニコラがあまりにも俺のことを馬鹿にしてゲラゲラ笑うものだから少しだけムッとした。

「そういうニコラは? 貰ったことあるの?」
「当たり前だろー? 俺の馴染みは毎回何か持ってくるけど、花だって結構多いぜ? 金か食いもんにしろっていつも言ってるけど」

 そこまで言われてもニコラに花を贈りたくなる気持ちは正直分かるような気がする。ニコラの好みかどうかは別として、ニコラに花が似合いすぎる。
 しかし、いくら似合わないとはいえ、一度も花を貰ったことがない俺は妙な敗北感を感じた。

「ま、そういうことなら、ほら」
「え、?」

 ニコラは一番近くにあった花瓶から花を一本抜き出し、俺に渡してきた。

「やるよ」
「…………ニコラって俺のことを好きなの?」
「は? 気持ちわりぃこと言うなよ。友達の印だって。最近じゃ流行ってるらしいぜ?」

 所謂友チョコか。
 それなら、と納得する。

「じゃあ遠慮なく」

 実を言うと少しだけ嬉しかった。
 花を貰った人の気持ちが分かり、気分が上がってくる。
 俺が花を受け取ると、ニコラは照れくさそうに笑った。俺もつられて笑い合い、穏やかに終わる、はずだった。

「……………………アリス」

 聞こえてきたのはカイの声。
 途端に俺の上がっていた気分は地の底まで落ちる。と、同時に面倒なことになったと頭を抱えたくなった。

「…………なに?」
「…………俺の馴染み用の花は二本に纏めておいてくれ」
「え? あ、あぁ……分かった……」
「……ありがとう……」

 何の変哲もない業務連絡だけでこの場を去っていくカイに動揺する。ニコラが俺に花を渡している場面に遭遇しても、キレるどころかお礼まで言って帰っていった。絶対に何か様子がおかしいと思うが、追求する勇気はない。
 最初は怪訝そうな顔をしていたニコラも、すぐに元通りになったため、このことは忘れることにした。

「じゃあまた来るな」
「待ってる」

 今日一日、この食堂には入れ替わり立ち替わり遊女が花を撮りに来るのだそうだ。その受け渡しの係にもなってしまった俺は、見世が閉まるまで食堂に缶詰になる予定だ。
 ニコラを送り出し、ふと窓の外を眺める。
 まだ開店していないというのに、外は多くの客でごった返していた。心なしがみんな浮かれた顔をしている。
 人から花を貰う嬉しさを知った俺は、そんな人たちの気持ちが分かるようになった。
 人から花を贈られるのは嬉しい。

(もしかしたら、喜んでくれるかな……)

 さっきよりは少しだけ前向きな気持ちで、俺はそう思った。

 ***

 カイが倒れたと、シャロニカさんが食堂に駆け込んできたのはそれから数時間後のことだった。
 見世は満員御礼。中でもカイの馴染みは羽振りが良く、大部屋で何人もの遊女を呼び寄せてどんちゃん騒ぎをしている最中のことだった。
 倒れてたところを見ていた遊女によると、最初はお酒に酔ってしまったのかと思ったそうだ。
 顔が真っ赤で、座っていてもふらついていて、いよいよ声をかけようかと思ったその時に、カイはそのまま倒れ込み、場が騒然となったらしい。
 すぐに移動しようにも場にはカイの馴染み以外男手はなく、慌てたシャロニカさんが俺のところまでやってきた。
 俺は、もう残り少なくなってきていた花を残し、慌てて部屋を出た。
 様子がおかしいと思ったのは間違いではなかった。あの時気にかけてあげていればと後悔の念が押し寄せる。
 シャロニカさんに案内され、着いた部屋では、カイの馴染みがオロオロと心配そうにカイを見つめ、他の遊女たちもどうすることも出来ずに見守っていた。

「カイ、大丈夫?」

 俺が近付きカイの肩を叩くと無言で一回頷いた。
 これは大分しんどいのだろうと、カイの腕を自分の肩に回し、力ずくで立ち上がらせた。

「すみません。カイ花魁は具合が悪いようですので今日はもう下がらせます」

 俺が客に断りを入れると、客は慌てたように、早く休ませてあげてくれ、と快く許してくれた。形は違えど、カイはどの客にも愛されているんだなと思いながら、俺は会釈をし、カイを引き摺りながら部屋を後にした。
 自分より大きな、しかも自立できない男を背負うのは中々骨が折れる。一歩一歩踏みしめるように廊下を歩き、カイの部屋へ着いた時には俺の方が顔を真っ赤にしていた。
 切れた息を整える間も無くすぐに布団を敷いた。着ているものを全て脱がすのは憚られたので、ある程度剥いてから、カイを布団に転がす。着物を脱いで楽になったからなのか、布団に横たわった安心感からなのか、表情は幾分穏やかなものになった。
 俺は一旦部屋から出ると、水で濡らした手拭いを持ってきた。脂汗が浮かぶカイの額を拭いてやると、薄く目が開いた。

「…………悪い」

 初手が謝罪。
 これは相当参っているなと思ってしまう。

「大丈夫。カイは?」
「多分ただの風邪だ。明日には回復してる」
「なら良かった」

 そこで会話は途切れた。元々カイとは会話が続かないと思っていたが、今日は特に顕著だった。
 俺が念の為しばらく様子を見ていると、体力を使い果たしてしまったのか、カイはうつらうつらと眠たそうにし始めた。
 寝れそうなら寝た方がいい。俺はそっと立ち上がると部屋を出ようと戸を開けた。そして次の瞬間にはニコラにぶつかっていた。

「…………ニコラ!?」
「わ! びっくりした! なんだよアリスいきなり出てくんなよ」

 カイの部屋の前にいたニコラは丁度俺と同時に部屋に入ろうとしていたらしい。

「カイ、倒れたんだって?」
「え、あーうん。本人はただの風邪だろうって」
「そっか」

 ニコラがわざわざ心配して様子を見にきたんだと思うと、カイが寝てしまっていることが惜しいと思った。もし起きてたら言葉が出ないくらい感激するだろうに。

「あれ? その花は……?」

 俺はニコラが手に持っていた花が気になった。

「あーこれな、客が忘れて帰ったんだよ。貰った時は、一生大事にするだのなんだの喜んでたくせに、あっさり忘れてやがんの。部屋に置きっぱなしにしとくわけにもいかねぇし、とりあえず持って帰ってきた」
「まぁ……そういう人もいるかもね……」

 物より思い出、ということにしておこう。

「カイが大丈夫そうなら、俺もう行くわ」
「あ、俺も……」

 そう言って部屋を出ようとした時だった。
 カイが突然起き上がり、信じられないものを見るような目で俺たちを見てきた。いや、俺たちではない。ニコラが手にしている花を見ていた。

「花……」

 カイは短く呟く。

「ん? 花だけど、これがどうかしたか?」

 カイの呟きに気付いたニコラは、まるで意識確認をするかのように、客が忘れていった花をカイの前で左右に振って見せた。
 と、カイがいきなりニコラの手を掴んだ。
 そしてニコラとの距離を詰める。

「オ、オレも……ニコラのことが好き! 愛してる!」
「…………」
「…………」

 言うだけ言って、カイは再び顔を真っ赤にしながら布団に倒れ込んだ。色々と限界に達したのだろう。今度こそ起き上がる気配のないカイに俺たちは顔を見合わせた。

「今、愛してるって言ったのかこいつ」
「俺は何も聞いてない……」
「嘘言うな! 言っただろ! 熱で脳みそイカれたのか!?」
「俺は知らない……」

 珍しく動揺と混乱を見せるニコラと共に、騒ぎながら食堂へ帰る。
 俺も運がないと思っていたが、カイほどではないな、と思いながら、ひたすら喋り続けるニコラに相槌を打つ作業に勤しんだ。
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