不思議の国で遊女にされそうです!

ことわ子

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やっぱり

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「カイ~生きてる~?」

 昨日からの流れでカイの看病を押し付けられてしまった俺は、いつもより少し早起きしてカイの部屋の前に来てきた。早起き、と言っても朝八時と大した時間ではなく、大学に通っていた時の方が余程早起きだったと今になって思う。この時間に起きている遊女はほぼおらず、見世の中も静まり返っていて、俺の声だけが長い廊下に響いていた。
 返事がないので勝手に戸を開ける。きっと怒るだろうなと思ったが、何をしても大概小言を言われるので無視することにした。
 部屋の中心では布団が丸く膨らんでおり、おそらく中にカイがいるのであろうモゾモゾとした動きがあった。

「…………カイ?」
「…………………………何?」
「顔出してよ」

 布団に篭ってしまっているカイの様子は分からない。僅かに聞こえた声もボソボソとしていて元気かどうかの判断が出来ない。

 (昨日のアレのせいかな……)

 カイの不審な動きに心当たりがある俺はそれとなく励まそうと言葉を探した。
 あんな状態で告白してしまうなんて、いくらカイでも不憫過ぎる。流石に同情してしまった俺は部屋の中に入り戸を閉めると、布団の近くまで歩き腰を下ろした。

「い、一応……ニコラには誤魔化せる範囲で誤魔化しておいたんだけど……」

 と、言っても、俺は聞いてない、俺は知らないを繰り返しただけで、ニコラの気がどれだけ紛れてくれたかは疑問だったが。
 最後の方にはニコラも自分の聞き違いだったのかもしれないというような発言をしていて、あまりの告白の脈絡のなさが現実味を奪っていて、ギリギリどうにか事は収まっていた。

「待って!? ニコラが何!? もしかして部屋に来たの!?」
「え…………えっ!?」
「嘘でしょ…………こんな、みっともない格好……見られた……?」

 飛び跳ねるように起き上がったカイは絶望したように顔面を両手で覆い肩を振るわせ始めた。
 想像の百倍元気な様子のカイに、面倒くさいことに巻き込まれる前に退散しようと腰を浮かす。が、すぐに捕まってしまった。

「ニコラは何分この部屋にいた? その時オレはどんな表情で寝てた? 汗とかかいてなかった!?」

 気にするところはそこじゃない、と言いたいのをグッと堪えて俺の肩を揺するカイを見る。この様子だと昨日自分がしでかした一切の記憶は無いのだろう。知らぬが仏。世の中には知らない方が良いこともあると思った俺は例の告白を無かったことにした。

「ニコラは……丁度カイが眠ってからすぐに来たよ。倒れたって聞いたから見に来たって言ってた」
「~~~~~~っ」

 感激で言葉が出ない人間のお手本のような状態のカイを眺めれば眺めるほど、えもいわれぬ罪悪感が増してくる。俺は必死に、嘘は言っていない、嘘は言っていない、と心の中で唱える。

「あ、でもその時みっともない姿してたよな!?」

 花魁姿の時よりは『小綺麗感』は勿論無いが、みっともないという程ではないと思った。病人ではあったが、粗相をしているわけでもなく、上気した頬の赤さと呼吸の乱れは割と色っぽいと捉える人も多いように思う。
 そもそも、カイは元の顔が良い分、一時的な病気ごときでどうにかなるはずもなかった。
 だから思ったことをそのまま口に出した。

「いつもと同じで綺麗だったよ」
「な、!? ……ハァ!? お前、オレのこと狙ってたのかよ!?」
「なんの話?」
「もういい!」

 勝手に興奮して勝手に切り上げられてしまった。
 カイの顔は綺麗だと思うが、やっぱり性格に問題があり過ぎるな、と思う。

「で、体調はどう?」

 俺がここにきた目的を思い出し軌道修正する。
 カイの様子を見た感じ答えは分かっていたが、とりあえず本人にも確認してみる。カイは少し照れたような表情を浮かべ人差し指で頬を掻いた。
 回復した、と聞き次第部屋を去ろうと思っていた、が。

「あぁ……今日の営業には出られると思う。面倒かけて悪かった…………ん?」

 部屋の一点を見つめて微動だにしなくなった俺を見てカイが疑問の声を上げた。
 俺はカイを問いただしたい気持ちを抑えてなんとか声を出した。

「あの……さ」
「ん? なんだよ?」
 
 身体中に汗が吹き出し始め、心臓が壊れてしまいそうなほど速くなる。平静を装おうと思っていたのに声が震える。何とか絞り出した次の声でカイの態度が変わった。

「…………あれ、どこで拾った……?」

 俺は震える指でカイの部屋の隅に置いてあった小さな机の上を指した。
 そこには、ここに来るときに落としたはずの俺のスマホが置かれていた。
 もしかしたら見間違いかもしれない。こっちの世界にもスマホは存在していて、たまたま俺と同じようなデザインのものをカイが持っていただけかもしれない。
 自分を落ち着かせるために色々な理由を並べるが、机の上から感じる異質さに全て掻き消される。物そのものが、こちらの世界のものではないと、そういう空気を醸し出している。
 まるで、俺のように。

「ああ。やっぱりアリスはこの世界の人じゃないのか」

 カイの言葉に身体中の血管が膨れ上がった気がした。後一秒でも遅かったからそれらが爆発して俺はこの世からいなくなっていただろう。
 そう感じるほどの衝撃。
 俺が何も出来ずに放心していると、カイが言葉を繋げてくれた。

「なんとなく、そうなのかもなって思ってた」
「それ…………、んで……」

 それはなんで?
 そう聞きたいのに声が出ない。
 喉がカラカラになり貼りつこうとするのを防ぐので精一杯だ。

「アリスがこの見世に来たと聞いた日、オレはこれを中庭で見つけた。みんな気にも止めてなかったんだろうな。夜になってこれが光ってるのが見えても、あの見世の名前のネオンと同じような物だと思ってた」

 カイの言葉に違和感を感じ始める。
 語り口調がどこか自分とみんなの間に一線引いている。
 まるで、『自分はみんなとは違う』とでも言うかのような。
 そんな俺の疑問を察したのか、カイは少しも勿体ぶらずにその答えを教えてくれた。

「オレも、多分、アリスと同じ世界から来た」

 ガン、と頭を固いもので殴られたような衝撃。
 そして天地がひっくり返るかのような、自分の世界が崩れ去る音が聞こえた。
 考えてみれば、俺がここに来たのは偶然だった。勇者のように選ばれたわけでもなければ、自ら異世界の門を叩いたわけでもない。理由や理屈すら分からずこの世界に連れてこられた。
 だとしたら、そういう人間が他にいてもおかしくはない。俺と同じ境遇の人間が近くにいるかもしれないなんて考えたこともなかった。

「オレは……ここに来た時、アリスよりももっと小さくて、この見世に拾って貰った」

 ニコラが言っていた。カイは小さな頃、親に売られてここに来たと。

「元の世界で……親に捨てられて、彷徨ってたらいつの間にかあの『穴』に落ちてた」
「俺も…………そうだった」
「やっぱり一緒なんだな。普通なら帰る方法を探すんだろうけど、生憎オレは元の世界に帰りたいと思わなかった」

 またも衝撃を受ける。カイの言葉に納得する反面、元の世界に帰る方法を一度も探さなかった自分に驚いた。
 帰りたいと思ったことは何度もあった。しかし、そう思うだけで実行には移さず、俺はこの世界に慣れることに全力を注いだ。言われてみれば俺の行動は最初から普通じゃなかった。
 
「ここの人は良い人だし、仕事だって頑張った分成果に繋がる。………………それに、」

 カイが急に顔を赤くしたので、ここに残った最大の理由はすぐに分かった。
 好きな人が出来てしまった。
 それは元いた世界を捨てる覚悟ができる出来事なのだろうか。
 俺の頭の中は益々混乱し始め、徐々に熱を持ち始めた。

「とりあえず、これはアリスに返す」

 カイはスマホを手に取り俺に渡してくれた。
 もう電源は切れてしまっていたが、元の世界との僅かな繋がりを感じ、持った手が震えてしまった。

「後、もし……アリスが帰りたいと思うなら、教えられることがある」
「教えられること……?」

 すぐに言葉に出さない。
 カイなりの気遣いだと思った。
 言ってしまえば俺は少なからず頭を悩ませ葛藤することになる。カイのように元の世界に帰る気が無いのであれば知る必要のないことだから、俺の意思を確認してきた。

「あ、言っとくけど、アリスが目障りだから帰らせようとか思ってるわけじゃないから。アリスには色々世話になったし…………目障りなのは否定出来ないけど…………境遇には同情するし」
「それは……思ってないから大丈夫」

 だからこそ提示された選択肢に迷う。
 全部俺の意志で決めなければならない。
 
 俺はこの世界から帰りたいのか。

 分からない。自分のことなのに何もかも見えなくなっていく。
 カイが言っていたようにこの見世の人たちはみんな良い人ばかりだ。それだけに情が湧く。ニコラという親友もできた。会えなくなるのは辛い。
 何より。
 ようやく穏やかに笑えるようになったあの人の顔が思い浮かぶ。自分の気持ちに向き合えさえすれば答えは出そうな気がするのに、あと一歩の勇気が出ない。
 このままここを離れるのは良くないと思う。
 しかし、それと同じくらい全てを有耶無耶にして逃げ出してしまいたい気持ちもある。
 カイは何も言わずに俺を見ている。俺が一方的に出している空気のせいで部屋の中が張り詰めていくのが分かる。どっちに転んでも何かを得て何かを失う。
 目の前のカイを見ながらそんなことを考える。
 
 (あ……)
 
 人生前向きに。
 唐突に思い出した言葉。
 前向きに、そう考えるなら俺の選択は一つになる。
 俺は一度喉を上下させた。まるで迷いを飲み込むように。

「…………カイ」

 覚悟は決まった。
 カイは俺の言葉を聞き、ゆっくりと頷いた。
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