相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

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相槌を打たなかったキミへ【2‐2】

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 次に会う時はご飯に行くものだと勝手に思っていた。
 しかし俺はカメラ機材を担いで、何故かご機嫌な苗加の隣を歩いている。平日の昼間に大荷物を持った男と人目を引く容姿の男が並んで歩いている様子は、傍目から見たら少しだけ浮いて見えるかもしれない。
 相変わらず派手な格好の苗加は、それでも外をふらつく事を考慮したのか、この前よりはぱっと目に付くハイブランドのロゴの数が減っていた。
 季節は秋。まだ少し暑さも残るが、外で撮影をするには最適な気候だ。
 それでも全部で十キロ以上ある機材を持っての移動は中々骨が折れる。

「おれも少し持とうか……?」
「いや、客に荷物持ちなんかさせられない……」

 断られた苗加は小さな声で分かったと頷いたが、その顔は申し訳なさそうだった。

「なんか、ごめん。調子乗っちゃって」
「別に。これも歴とした仕事だし」
「そうなんだけど……でもあまりにも急だったかなって」
「それはそう」
「だよね……」

 段々と声が小さくなっていく苗加の様子に堪え切れずに噴き出す。少しいじわるしてやろうと思っただけだったが、反応が面白くてやり過ぎてしまった。

「いや、こんな機会じゃないと外ロケなんかしないし、俺も良い気分転換になってるから気にすんな」
「本当……?」
「本当」

 そうフォローすると、苗加は子どものような顔で笑った。客の前でもこんな風に笑うんだろうか、と考えると、益々苗加がホストとして振る舞ってる姿を見てみたいと思った。

「そう言えば、今から撮る写真を誕生日のイベントで使うんだっけ?」
「うん。面倒くさいし、宣材写真使い回しで良いかなーって思ってたんだけど、この前撮ってもらった写真がめちゃくちゃ評判良くて、バーイベの写真も同じカメラマンにお願いしたらどうかってオーナーが」
「マジか。確かによく撮れてたもんな、あの写真」
「心広くんもそう思う!?」
「え、……うん、まぁ」

 いきなり食いつかれ、驚くと共に一歩引く。
 いくら男とはいえ、綺麗な顔が予告なく近付いてくるのは心臓に悪い。

「でも良かったのかよ、外ロケって時間で料金発生するから納得いくまで粘ったら結構金額かかると思うけど」

 誤魔化すように話を振ると、苗加は不思議そうな顔で俺をみた。そして一拍置いて納得したように声を出した。

「お金の心配? 大丈夫、バーイベで元取れるどころか、多分何百倍になって返ってくるから」
「何百倍…………」

 桁が違うお金の動きにさっきとは別の意味で引いてしまう。きっと俺には想像もできないような世界で生きているだと思うと、苗加が違う世界の人間のように思えた。

「誕生日のイベントって、あの……なんだっけ、シャンパンタワー? みたいなのすんの?」

 好奇心ついでに聞いてみる。
 今まで撮ってきたホストたちとはプライベートな話はしないようにしていたので、苗加の話はどれも新鮮だ。

「勿論タワーも入れて貰うつもりでいるよ~。あ、ほらこんな感じで」

 言いながら苗加は自身のスマホの画面を俺に見せてきた。
 天井まで届きそうな迫力のシャンパンタワーにカラフルで派手なライト。周りは薔薇で囲まれていて見ているだけで胸焼けしそうになる。
 ヘラヘラとした顔で笑う苗加の隣にはピンクのヒラヒラした服を着た所謂地雷系と呼ばれているような女の子がピースで顔を隠している。

「……………………薔薇好きなのか?」

 何か感想を言わないと、と絞り出した結果、世界一どうでもいい質問をしてしまった。

「別に? エースの子が……あ、その写真に写ってる子が、おれには薔薇が似合うって飾ってくれたんだけど、正直匂いがキツくて吐きそうだった」
「うわ……」

 当時の室内の匂いを想像して、更に人の好意に対して吐きそうだったと発言する苗加の無神経さも加わって二重の意味でドン引きしてしまう。

「あ、でも、勿論本人には伝えてないよ? それがおれの仕事だし」

 俺が引いているのが伝わったのか、苗加は慌てて弁明してきた。一応、まだ人の心が残っているんだと分かって少し安堵する。
 昔からの……と言うには浅い関係だが、同級生が性格まで嫌な方向に様変わりしていなくて良かった。

「そう言えば、誕生日イベントってことは、そろそろ誕生日なの?」
「え、誕生日? 二月だけど」
「そんなに前から準備するもんなのか……?」

 今は九月の頭。いくらホストとはいえ、言ってしまえば個人のお誕生日会の準備に半年近くもかけるものなんだろうか。

「俺の誕生日は二月二日だけど、ヒロムの誕生日は十一月の二日」
「え……?」
「誕生日も一応個人情報だから、なんでもない日を誕生日に設定してるんだよね」

 想像していたよりも何もかもが嘘まみれですごい世界だと慄く。嘘の名前に嘘の誕生日、嘘の表情に嘘の感情。
 こんな世界で暮らしていて、自分を見失わないのかと心配になったが、余計なお世話だよな、とすぐに忘れることにした。

「だから、お祝いは二月にして欲しいな」
「なんで俺が、な……ヒロムの誕生日祝わないといけないんだよ」
「えー友達じゃん」

 俺と苗加が友達だったことは一度もない、と断言すると俺が冷たいやつみたいになる。返事に詰まり眉間に皺を寄せていると、苗加の指がそこに触れた。

「ごめんごめん、冗談。だからそんな顔しないで」

 ヒヤリと冷たい苗加の指に灯る光金属の鈍い輝きに目を奪われる。高そうなそれは今の苗加に似合っている。
 それが何だか寂しかった。

「二月二日だな。覚えた」
「え?」
「友達の誕生日くらい、いくら無頓着な俺でも祝うから! 薄情なやつだと思われたくないし……!」
「本当……?」

 またあの無邪気な笑顔。
 ヘラヘラ笑っているよりこっちの方がよっぽどいいと思う。
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