相槌を打たなかったキミへ

ことわ子

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相槌を打たなかったキミへ【2‐3】

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「…………そういえばさ、俺たちどこに向かってんの?」

 はた、と気付いて足を止める。

「あ、バレた?」
「誕生日イベント用の写真を外で撮りたいって要望は聞いたけど、どこでどんな風に撮りたいかは聞いてなかったよな……? まさか」
「いつもはおれがお金貰って同伴してるのに、おれがお金を払って一緒に歩いてるって考えたらなんか面白くなっちゃって、しばらくこのまま歩いていたいなって思って」
「何だよそれ……」

 重い機材を運んでいる疲れを一気に実感し、脱力する。
 ちゃんと確認していなかった自分も悪いのだが、まさか面白いという理由だけで俺と並んで歩くのにお金を払うなんて思わないだろう。

 金持ってる奴の考えなんか一生分かんなくていい……

 げんなりしながら苗加の顔を見ると、悪戯がバレた時の子どものような、好奇心と少しの罪悪感が混じったような顔をしていた。
 俺はこういう表情に弱いのかもしれない、と初めて自覚した。
 実家で飼っているコーギーも俺のものを隠してはこういう表情で見つめてくる。その仕草が可愛くて可愛いくて仕方がなかった。

「じゃあとっとと撮影場所決めるぞ。どうせ今日も仕事あんだろ?」
「今日は定休日だからお店には行かなくていいんだけど……でも、そうだね……夜からちょっと予定があるから急いだ方がいいかぁ……」

 苗加は少し残念そうに俺の方を見た。

「もっと早く心広くんと会えるって分かってたら、今日予定入れなかったのに……」
「会えるって言うか仕事だけど」
「本当につれないなぁ~」

 ホストという仕事柄なのか、はたまた元からこういう奴で俺が知らなかっただけなのかは分からないが、苗加の発言には一々含みを感じる。
 俺にまで営業紛いな言葉をかけなくてもいいのに、と思うが、もし癖になっているなら俺が指摘ところでどうしようもない。

「どこで撮る? 希望は?」

 前回、中途半端に仕事を終えてしまった負い目もあり、俺はすぐに気を取り直して仕事モードに移る。今日こそは、ちゃんと料金分の仕事をしようと意気込んで苗加の方を見るが、当の本人はボケっとしている。

「希望は……特にないかな?」
「いや、特に無いって……。自分の誕生日会なんだろ? 主役なんだから好きにしたら良いじゃん」
「そうなんだけど、正直、どうでもいいっていうか」

 どうでもいいような事に付き合わされているのかと思うと、いくら仕事でもやる気が無くなる。表情に出したつもりは無かったが、苗加が何かを察して早口に喋り出した。

「あ、そういうことじゃなくて、おれ、自分の見た目にあんまり興味無くて。ホストの仕事は自分にあってると思うけど、どうしても見た目を売る事に消極的っていうか、投げやりな感じになってるって言うか……」

 ホストはみんながみんな自分の容姿が好きで、それを武器にすることに意欲的なんだと思っていた。じゃなきゃ、あんなにカメラの前で堂々と振る舞えない。
 でも苗加は違うらしい。こんなに恵まれた容姿で消極的なのは勿体無いと、夜の世界に詳しくない俺ですら思う。

「え、でも勿体なくね? な、……ヒロムかっこいいのに」
「え?」
「え?」

 驚いた顔をされ、俺も驚いた顔で返事をする。
 俺としては、素直な感想を述べただけだったが、もしかしたら男にかっこいいと言われても気持ち悪いだけかもしれない。

「あ、ごめん、今の無しで」
「なんで!?」
「いや、いきなり気持ち悪かったかなって」
「気持ち悪くない! むしろ嬉しい!」

 とりあえず気持ち悪いとは思われていなかったようで内心安堵する。
 苗加の容姿なら俺以外からも嫌と言うほど褒められまくっているはずで、それに対して一々こんなリアクションを取っているのかと思うと大変だな、と少し同情的になる。
 が、容姿を褒められたことなんて人生で数回、それも欲目を含んだ元カノからしかない俺からしたら、贅沢な悩みだなと切り捨てる事にした。

「じゃあ、心広くんのおすすめの場所行きたい」

 俺のかっこいい発言に気をよくしたのか、苗加が前向きな態度でそう言った。

「おすすめ……おすすめかぁ……ホストは歌舞伎町で撮ってる事が多いよな。でも、ヒロムはどっちかって言うと……」

 一旦、言葉を切って苗加の顔を見る。
 歌舞伎町に立っていればホストにしか見えない。しかし、何の変哲もない街中で立ち止まっている姿は、年相応の青年に見えなくもない。
 どっちを押し出すべきなのかとても迷う。
 ギラギラとした挑戦的な姿なら絶対に歌舞伎町が良い。でもなんとなく、そこに埋もれて欲しくないような気がしてくる。

「あ、そうだ」
「どこか良い場所ある?」
「もしかしたら、ちょっとイメージズレちゃうかもしれないけど、俺に任せてもらってもいい?」
「もちろん!」

 二つ返事で苗加は笑う。
 その笑顔になんだかワクワクするのを感じる。
 これは仕事、と自分に言い聞かせながら、心なしか軽くなった機材を担ぎ直すと、俺たちは歩き出した。
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