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距離感
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「俺たち、付き合うことになりました……」
新学期初日の朝。翔の家の前。
トキを隣に引き連れて、俺は小さな声でそう打ち明けた。
夏休み中、何度も何度も翔に言うタイミングを考え、反応を想像しては怯えてきた。どうしたら受け入れてもらえるだろうか。仮に受け入れてもらえなかったとしても、幼馴染の関係は続けたい。そんなわがままな俺の思いもトキは全部聞いてくれた。
最初は俺一人で言うつもりだった。しかし、これは俺の問題でもあるから、とトキも一緒に来ることになった。
「いや、距離感!」
「え、突っ込むとこ、そこ?」
トキと俺の距離の近さに翔は大声を出す。
俺としては、あの花火大会の日以来、この距離感が普通になっていたが、言われてみれば確かにこのノリのまま学校で生活するのは少しまずい気がする。
俺は一歩トキから離れると翔の方を見た。
「…………びっくりした、よな……?」
「え、別に」
「…………………………別に!?」
別に、と返される想定はしていなかった。
どう反応していいか分からずに慌てていると、翔は、ぷっ、と噴き出した。
「なんとなく分かってたし」
「俺だって分かってなかったのに!?」
そう言いながら、あ、と思い当たる。
トキに花火大会に誘われたと話した時、翔の反応は薄かった。単に男同士でお祭りに行くことなんて大したことじゃないからだと決めつけていたが、もしかしたら、もうあの頃には翔は気づいていたのかもしれない。
俺より俺のことが分かるなんて本当に頼もしい。
「よかった~~お前に引かれたら俺どうしようかと思った~~」
安心して一気に脱力する。
そのテンションのまま翔に抱きつくと、予想外だったのか少しよろけた。
熱い抱擁を交わそうかと思ったが、すぐにトキに引き剥がされてしまう。
「浮気」
「浮気じゃないだろ、どう見ても」
「じゃあ、俺が巳波と同じことしてたら先輩は許せますか?」
「それは……ちょっと、だけ……嫌かも」
俺の返事にトキは満足げに笑う。
「朝から痴話喧嘩に巻き込まないでください」
「痴話喧嘩じゃ……あれ、これ痴話喧嘩になるの……? マジで……?」
翔はげんなりした顔でそう言うが、言葉ほど嫌がってはいないようだった。
「もうそろそろ俺は学校に向かうので、バカップルたちは遅刻でもなんでもしてください」
「は? 俺たちも行くし」
呆れ顔の翔と俺の間に何故かトキが割り込み、翔、トキ、俺の並びで学校を目指す。
「向田先輩、千秋くんとの距離感に気をつけてください。先輩はただの幼馴染なので」
「………………お前、本当に感じ悪いな」
翔は顔を引き攣らせながらトキにそう吐き捨て、そんな光景を俺は笑いながら眺めた。
***
無慈悲にも新学期初日から一日授業があるうちの高校は必然的に購買も通常営業している。
しかしもう俺には用がないと思うとなんだか感慨深い気持ちになった。
購買の横を通り過ぎ、旧校舎へ向かう。
旧校舎には一年生の教室しかなく、空き教室がいくつもあるらしい。そこで一緒にお昼を食べようとトキから誘われた。
翔は気を使って自分たちの教室で食べると言い、俺だけが移動することになった。
トキと一緒にお昼ご飯を食べられるのは嬉しい反面、今まで一緒に食べてきた翔と離れるのは少し寂しい。どうにかトキに折れてもらって三人で集まれるようにならないか、と考えながら歩いていると、教えてもらった空き教室に着いていた。
ドアを開けると中には机一つと椅子が二脚、後ろの方にはダンボール箱が積み上げられていて、長いこと使われていないことが分かった。
椅子に座って少し経つと、トキが髪の毛を乱しながらやって来た。
「ごめんなさい……先生に用事を頼まれてしまって遅くなりました」
「お疲れさん」
俺はトキを手招きすると、腕を伸ばした。
そしてトキの髪の毛を整える。トキは少し膝を折って俺の方に頭を差し出した。
なんとなく、大型犬を撫でているみたいだと思ったが、言わなかった。
「トキは何食べんの?」
「焼きそばパンですね」
「ほんと好きなー」
お互いご飯を取り出し食べ始める。いつも翔と向き合っている場所にトキがいる。変な感じがして味が分からない。
夏休み中、何度もトキと二人で出かけた。それなのに、なぜか緊張してくる。
空き教室に二人。多分、トキはなんとも思っていない。
「初日から通常授業って人の心がないよな」
「そうですか? 俺は千秋くんと同じ空間にいられる時間が長くなって嬉しいですけど」
「お前さぁ……」
恋人になったトキは甘い。思っていることをストレートに伝えてきて、いつも照れてしまう。俺の方が年上なんだけどなぁ、と思うと情けなくなってきてしまうため、考えないようにする。
そもそも、俺には全く経験値がない。女の子と付き合ったことすらない。その辺で、トキには差をつけられている気がする。
…………あれ?
そう言えば、トキの恋愛遍歴を俺は知らない。こんなにかっこいいのだから彼女の一人二人はいてもおかしくないはずで、元カノに至ってはどのくらいいるか想像もつかない。
「トキって元カノ何人いんの?」
なるべく平静を装って聞いてみる。さも当たり前のように聞いてみれば答えてくれるかもしれないと下心が疼く。
「いないですよ」
「いや、いない訳ないだろ、こんなにかっこいいのに」
「本当です」
嘘をついているようには見えず困惑する。
もしかしたら、日本と海外のかっこよさの基準が違っていて、海外だとそれほどモテないということなんだろうか。
新学期初日の朝。翔の家の前。
トキを隣に引き連れて、俺は小さな声でそう打ち明けた。
夏休み中、何度も何度も翔に言うタイミングを考え、反応を想像しては怯えてきた。どうしたら受け入れてもらえるだろうか。仮に受け入れてもらえなかったとしても、幼馴染の関係は続けたい。そんなわがままな俺の思いもトキは全部聞いてくれた。
最初は俺一人で言うつもりだった。しかし、これは俺の問題でもあるから、とトキも一緒に来ることになった。
「いや、距離感!」
「え、突っ込むとこ、そこ?」
トキと俺の距離の近さに翔は大声を出す。
俺としては、あの花火大会の日以来、この距離感が普通になっていたが、言われてみれば確かにこのノリのまま学校で生活するのは少しまずい気がする。
俺は一歩トキから離れると翔の方を見た。
「…………びっくりした、よな……?」
「え、別に」
「…………………………別に!?」
別に、と返される想定はしていなかった。
どう反応していいか分からずに慌てていると、翔は、ぷっ、と噴き出した。
「なんとなく分かってたし」
「俺だって分かってなかったのに!?」
そう言いながら、あ、と思い当たる。
トキに花火大会に誘われたと話した時、翔の反応は薄かった。単に男同士でお祭りに行くことなんて大したことじゃないからだと決めつけていたが、もしかしたら、もうあの頃には翔は気づいていたのかもしれない。
俺より俺のことが分かるなんて本当に頼もしい。
「よかった~~お前に引かれたら俺どうしようかと思った~~」
安心して一気に脱力する。
そのテンションのまま翔に抱きつくと、予想外だったのか少しよろけた。
熱い抱擁を交わそうかと思ったが、すぐにトキに引き剥がされてしまう。
「浮気」
「浮気じゃないだろ、どう見ても」
「じゃあ、俺が巳波と同じことしてたら先輩は許せますか?」
「それは……ちょっと、だけ……嫌かも」
俺の返事にトキは満足げに笑う。
「朝から痴話喧嘩に巻き込まないでください」
「痴話喧嘩じゃ……あれ、これ痴話喧嘩になるの……? マジで……?」
翔はげんなりした顔でそう言うが、言葉ほど嫌がってはいないようだった。
「もうそろそろ俺は学校に向かうので、バカップルたちは遅刻でもなんでもしてください」
「は? 俺たちも行くし」
呆れ顔の翔と俺の間に何故かトキが割り込み、翔、トキ、俺の並びで学校を目指す。
「向田先輩、千秋くんとの距離感に気をつけてください。先輩はただの幼馴染なので」
「………………お前、本当に感じ悪いな」
翔は顔を引き攣らせながらトキにそう吐き捨て、そんな光景を俺は笑いながら眺めた。
***
無慈悲にも新学期初日から一日授業があるうちの高校は必然的に購買も通常営業している。
しかしもう俺には用がないと思うとなんだか感慨深い気持ちになった。
購買の横を通り過ぎ、旧校舎へ向かう。
旧校舎には一年生の教室しかなく、空き教室がいくつもあるらしい。そこで一緒にお昼を食べようとトキから誘われた。
翔は気を使って自分たちの教室で食べると言い、俺だけが移動することになった。
トキと一緒にお昼ご飯を食べられるのは嬉しい反面、今まで一緒に食べてきた翔と離れるのは少し寂しい。どうにかトキに折れてもらって三人で集まれるようにならないか、と考えながら歩いていると、教えてもらった空き教室に着いていた。
ドアを開けると中には机一つと椅子が二脚、後ろの方にはダンボール箱が積み上げられていて、長いこと使われていないことが分かった。
椅子に座って少し経つと、トキが髪の毛を乱しながらやって来た。
「ごめんなさい……先生に用事を頼まれてしまって遅くなりました」
「お疲れさん」
俺はトキを手招きすると、腕を伸ばした。
そしてトキの髪の毛を整える。トキは少し膝を折って俺の方に頭を差し出した。
なんとなく、大型犬を撫でているみたいだと思ったが、言わなかった。
「トキは何食べんの?」
「焼きそばパンですね」
「ほんと好きなー」
お互いご飯を取り出し食べ始める。いつも翔と向き合っている場所にトキがいる。変な感じがして味が分からない。
夏休み中、何度もトキと二人で出かけた。それなのに、なぜか緊張してくる。
空き教室に二人。多分、トキはなんとも思っていない。
「初日から通常授業って人の心がないよな」
「そうですか? 俺は千秋くんと同じ空間にいられる時間が長くなって嬉しいですけど」
「お前さぁ……」
恋人になったトキは甘い。思っていることをストレートに伝えてきて、いつも照れてしまう。俺の方が年上なんだけどなぁ、と思うと情けなくなってきてしまうため、考えないようにする。
そもそも、俺には全く経験値がない。女の子と付き合ったことすらない。その辺で、トキには差をつけられている気がする。
…………あれ?
そう言えば、トキの恋愛遍歴を俺は知らない。こんなにかっこいいのだから彼女の一人二人はいてもおかしくないはずで、元カノに至ってはどのくらいいるか想像もつかない。
「トキって元カノ何人いんの?」
なるべく平静を装って聞いてみる。さも当たり前のように聞いてみれば答えてくれるかもしれないと下心が疼く。
「いないですよ」
「いや、いない訳ないだろ、こんなにかっこいいのに」
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