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ことわ子

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ご飯と合鍵【ゼン】

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***

 一仕事終えた頃には完全に日が落ちていた。
またやってしまった、と正気に戻る。同じ体勢で作業していたため、固まってしまった肩を回しながら大きく伸びをする。ゴキッ、と肩がなる音がした。
 昔から作業に集中すると他のことが目に入らなくなる傾向はあったが、自分の店を持ってからはそれが顕著になった。誰にも邪魔をされない分、誰にも声を掛けても貰えない。
 集中し過ぎて体調を崩し、よく芽依に怒られていた。

「やば、今何時だ……?」

 時計を見ると19時を回っていた。
 俺は簡単に机の上を片付けると、工房を出た。
 片付けが適当でも誰にも怒られないのもこの仕事の特権だ。
 ふと、トナミのことを思い出した。子供じゃないのだから自分の事くらい自分でやっているとは思うが、流石に初日から放置し過ぎたとは思った。朝も、ついでに昼も夜もあいつの食事のことを忘れていた。

 まぁ、別に食事の準備まで約束したわけじゃないしな。

 あくまでも家に住んでいい許可を出しただけで、生活を共にするわけではない。きっとコンビニか何かで適当に買って食べているだろうと家を開ける。
 と、やけに懐かしい匂いが部屋の中に充満していた。

「ゼン~遅いよ!」
「……え?」
「せっかく作ったのに冷めちゃったじゃん! 温め直すからちょっと待ってて!」

 そう言いながら、キッチンとは言い難いほどの狭さの場所でトナミは慌ただしく準備を始めた。

「ゼンは座ってて!」
「え、あ、うん……」

 俺は訳も分からず言われるがままに指差されたテーブルの前に腰を下ろした。作業用のエプロンを着たままなのを思い出し、脱いで畳んでいると、目の前に夕食が運ばれてきた。

「これ……」
「あれ? ゼン、ワカメ嫌い? それともみそ汁が駄目?」
「いや好きだけど」

 俺が聞きたいのはそういうことじゃない。

「だよね。みそ汁の具になりそうなのワカメくらいしかなくて! 乾燥ワカメがあってよかったよ~。後、卵と……何故か冷凍庫に突っ込まれてた塊のハム使って適当に作ったけど、これじゃ朝ご飯みたいだよね」

 トナミは饒舌に献立の説明をしてくれたが、いつまで経っても肝心な部分の説明はしてくれなかった。

「これ、トナミが作ったのか?」
「そうだよー」
「なんで?」
「得意だから」
「得意?」

 俺が不思議そうな顔をしているからか、トナミは一瞬迷うような表情をした後、言葉を付け加えた。

「料理はウケがいいんだよ」
「……?」
「ゼンには分からないよね。でもそれでいいと思う」

 何故かやんわりと突き放されたような気がした。

「とにかく、ゼンお腹空いてるでしょ? オレも空いてるし、今日のところは我慢して食べてよ」
「我慢もなにも……むしろ、こんなにちゃんとしたご飯食べるの久しぶりで……」
「あー、色々あって食生活疎かにしてた系?」
「…………まぁ、そんな感じ」

 トナミの指す"色々"は十中八九、芽依とのことだろう。色々知られてしまっているのだから、今更否定しても仕方ないと相槌を打つ。

「じゃあ、これからオレがご飯作ろうか? 居候させてもらってるお返しに」
「それは…………正直、助かるけど」
「決まり!」

 トナミは、にっ、と笑って箸を持った。
 最初の印象よりも遥かにトナミへの好感度が上がる。チョロいと言われて仕舞えばそれまでだが、思っていたよりも良いやつなのかもしれないと思った。
 トナミの作ったご飯は見た目こそ派手ではないが、どれも何となく生活を感じる味で美味しいと思えるものばかりだった。
 トナミがご飯を作ってくれるなら、明日からちゃんと買い出しに行かないとな、と考えていると食事を終えたトナミが自分の分の食器を持って慌ただしく立ち上がった。

「どうした?」
「オレこれからバイトで朝まで帰ってこないから鍵閉めちゃってて大丈夫だよ」
「バイト? こんな時間から?」
「夜勤なんだよね」
「そうか……じゃあ、」

 俺は立ち上がると机の上の棚から鍵を取り出した。
 俺が作ったうさぎのキーホルダーがついた合い鍵。芽依がリクエストしたものだった。
 外すか一瞬迷って、そのまま差し出す。

「これ、合い鍵。失くすなよ」
「え、」
「持ってないと困るだろ」
「でも」

 戸惑うような顔で鍵を見つめるトナミ。いきなり脅してくるようなやつなのに、合い鍵でこんな反応をされるとは思わなかった。

「いつ帰ってくるんだか分からないんだから、持っててもらわないと俺も困る」

 これだけ言ってようやく、トナミは無言で俺から鍵を受け取った。

「じゃあ、もう行くから」

 トナミはいつの間にか洗濯が終わっていた自身の服を着て、複雑そうな顔をしながら家を出て行った。
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