僕のために、忘れていて

ことわ子

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僕の宝物

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 俺はアキに近付くと傾いていた椅子を起こし座った。目の前ではアキが棚から次々と消毒液やガーゼを取り出してきている。やけに手際がいい。

「アキはよく保健室利用すんの?」
「…………」

 アキは質問には答えずに、俺の顔を見ないようにする様に腕に触った。

「いた……」

 ピリッとする感覚に少し顔が歪む。こんな怪我をすることなんて久しぶりで、消毒液の痛みに懐かしさを感じる。
 アキがガーゼを当ててテープで止めてくれた。

「出来れば病院で診てもらって」
「……助かった、ありがとう」

 俺はお礼だけ言うと立ち上がった。アキは俺に背を向けて立っていて、表情は分からない。

「じゃあ、もう行くわ」

 俺は早くこの場から去ろうと足を踏み出そうとした。その時、保健室のドアが開いた音がした。カーテンで仕切られているため、こちらからは確認出来なかったが、聞き慣れた声がして誰が来たのか分かった。

「先生ー?」

 瑠璃華だ、と思った直後、俺の口はアキの大きな手に塞がれていた。座っていた椅子に強引に座り直させられると、向き合うような体勢で動きを止められた。

「またいないのー? 職員室かなぁ……」

 瑠璃華はブツブツ文句を言いながら保健室を出て行った。

「アキ…………?」

 瑠璃華が居なくなってもアキは俺に覆い被さるように椅子の背もたれに両手をつき、俺を眺めていた。まともに目が合い動揺すると同時に何故か安心した。

「…………なんで?」
「は?」

 アキはボソボソと聞き取りづらい声で吐くように喋る。

「なんで、普通にしてるの」
「あ…………」

 やっぱりアキはこんな関係を望んでいないのだと痛いほど感じた。

「あの、ごめん、俺、無神経で」
「は? なんの話?」
「いや、だから無神経だったなって……」

 アキは思い切り顔を歪める。長い前髪の奥で瞳が鈍く光っている。

「無神経って言うより最早嫌がらせでしょ」
「え……?」

 アキは自嘲するように笑いながら吐き捨てると前髪をかき上げた。
 俺はそこまでアキに嫌な思いをさせていたのかと、唇を強く噛んだ。

「もうさ、あの女に全部聞いたんでしょ? 気持ち悪いと思わない?」

 あの女……?

「瑠璃華のことか……?」
「そうそう。浮気してたあの女。あ、でもより戻したんだっけ? 良かったね」
「え、ちょっと、待って」

 立て続けに捲し上げられ止める余裕も無い。

「浮気してリュージを傷付けて、それなのにリュージはあの女を助けたりして。ホントお人好しで笑える」

 あははと狂ったように笑うアキは既に自分を見てはいない。

「あんまりにもお人好しだから、つけ込んだら僕でもイケるかなって。結果、大成功だった訳だけど」

 アキが何を言ってるのか理解出来ない。いつものアキらしく無い矢継ぎ早な口調に余計混乱する。

 浮気した? つけ込んだ? アキは一体なんの話をしている?

「あ、見てこれ、宝物」

 アキはポケットから紙を一枚取り出した。裏返してみるとそれは瑠璃華と一緒に撮った写真だった。しかし瑠璃華がいる筈の俺の隣は丁寧に切り取られていて、写真の中では俺だけが幸せそうに笑っている。

「アキ……なんで、これ…………」
「事故にあった時、リュージの鞄から出てきてさ。あの女と写ってるものなんて捨ててやろうと思ったんだけど」

 アキは愛おしそうに写真を手に取り眺めた。

「リュージが幸せそうだったから」

 場にそぐわないくらい優しい声でそう言うと、アキは指で写真をなぞった。

「ちょっと、頭が混乱してて、俺……」

 やっとの思いで絞り出した声は近付いてきたアキの顔にかき消される様に尻すぼみになった。

「気持ち悪いでしょ? 僕がどんな思いでリュージのそばに居たのか分かったんだから」
「気持ちって……」
「まだ分からない?」

 そう言って、アキは俺の体操服の隙間から手を差し入れた。ヒヤッとしたアキの手の感触に思わず身を屈める。

「もう一回怖い思いしないと分からない? それとも彼女が浮気してたって分かって自暴自棄にでもなってる?」

 アキは言いながらどんどん上へと手を滑らせ始めた。俺はされるがままになり、アキを見つめ続けた。

「……っ」

 アキは急に手の動きを止めると、顔を歪めて俺から離れた。閉ざされた瞳が微かに揺れたのを見逃さなかった。アキはそのまま後ずさる様に距離をとると、乱暴にドアを開け、走り去ってしまった。
 俺はアキに触れられた場所に手を当てた。アキの手は震えていた。好戦的な態度とは逆に、俺に触れるのを恐れる様に。

 一度に多くの事を知ってしまった。考えなきゃいけない事も沢山ある。何より、歪められたアキの顔が頭に焼きついた様に離れなくて、俺は頭の痛みを感じ始めた。
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