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02、壁ドンならぬ窓ドン、割れますわよ

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「ここだ」

 ソフィーは社交会にあまり参加しないと言っても、休憩室は男性専用、女性専用、男女共用のそれぞれが用意されているくらいは常識として知っています。今回はもちりん共用スペースを使用するんだろうなぁと思いながら腰にきっちり捕まえられ、連れて来られた部屋。

「ここ、ですか?」

「…ああ。君も他の人に聞かれたくないだろう?」

 な、何を?



 ひ、ひぃ!

 き、聞かれたくない?

 目の前には二、三人座れるソファセットに奥に天幕のベッド。

 天・幕・付・き・の・ベ・ッ・ド。



 あまりに混乱して二度見しましたわ。

「もちろん君は未婚の女性だからドアはも開けておく。廊下に控えている王家の見張りもいるし。問題ないだろう?さあ、入って?」

 問題ありまくります。男女がベッド付の個室の休憩室へ入ったなんて。ああ。でも取材魂が疼きます。初めての個室の休憩室です。さすが王城!何が置いてあるのかしら。きっとここでドラマが生まれるわ!!少女系なら具合が悪くなった令嬢を騎士様が助けたところから始まるのよね。あとは不倫現場の修羅場だったり、政略結婚の二人が誤解をといたり、亡国の友人との秘密の会合とか。想像すると滾るわ。記録しなきゃ。

「この部屋は初めて?取材は楽しい?」

 具合の悪い人が横になるに相応しい静かな環境の個室。グレーと薄いピンクを差し色にした落ち着いた部屋、思いついた妄想を記録しようとキョロキョしていた私はいつも通り誤魔化すセリフを出します。


「取材?ええ、私、作家に知り合いがおりまして、少しお手伝いしてますのよ」

 嘘ではありません。私の友人に作家はいます。ということで、堂々と取材用の小さなノートに記録をしていくことにします。天幕の中のベッドはどんな感じかしら?ふむ。引き出しの中は?いいわね!窓からの眺めも記録しなきゃ


「…嘘は言ってないが、あなた自身も作家だよね?なあ?ソフィー嬢?いや、ナルート先生。もう逃しませんよ」

 窓の外の木からの妄想を書き付けておりましたら振り返ると壁ドンならぬ窓ドンをされて逃げ場がありませんでした。何故バレているのでしょうか。私の作家活動は私の家族しか知らないトップシークレットのはずです。“作家活動“これが私の結婚しなくても問題ないと言われる理由です。いや、その窓ドンは割れそうですから気をつけてください。いい音しましたよね?今。

 私の生まれた子爵家は商いが盛んで両親は海外、領地と王都といつも飛び回っておりました。兄に爵位を譲った現在も旅行ででかけております。そんな両親にいつも強請るお土産は“本”でした。この国の本だけでなく他国の本も私の部屋にはたくさんあります。その本と本を繋げて作品を紡ぐことが楽しくなり小説を書きはじめました。兄弟達に読んでもらっていたら面白い!ということで商品化されました。

 現在は連載を2つ、短編依頼が1つきています。作家正体不詳が人気を後押したのか、売上を伸ばしており、印税でホクホクの商会は私の結婚については寛容。特にアレンドール王国物語は連載の中でもベストセラーになっております。


「そもそもナルート先生は男性と言われていらっしゃるではないですか。少なくとも私は女です。いくら私の商会を通して発売しているからって安直ですわ。失礼ですのよ」

 女性作家は恋愛物語や詩歌を中心とした作品がここ2、3年で増えてきました。基本は本は男性が書くもの、学のある人が~という考えが多いようので、当時男性名を使い架空の人物で出すことにしたのが功を奏しました。これできっと誤魔化せます。


「…あなたの弟さんから裏はとれているんだ。それで、3巻の暗殺未遂のネタはどこで仕入れたんだ?まさか、取材しにいった?誰の差金だ?まさか、この仕掛けを提供した本人ではないだろうな?」


「…え?」

 暗殺未遂のネタ?先月発売の『アレンドール王国~誓いと裏切り』ね。あれはある小説から閃いたものなのよね。取材?たしかに王国では取材はしてますが、仕入れ?何を言っているのかしら?弟?私の弟は1人、アレンよね。他にいたかしら?アレンが言うことはないと思うけれど。


「…逃さないぞ。アレンドール王国の作家。レックスフィット国から嫌疑をかけられる前にとあなたをさがしていた。やっと捕まえた」

「ちょっと待ってください!」

 何が関係あるのかさっぱりわからない。氷鉄の補佐官なんて二つ名をつけた人は誰かしら。ネチネチねちねち視線が絡むわ、狙った獲物は逃さないって蛇のように囲われて、その表情には冷たさは感じないなんて。ねちねちくどくど補佐官よね。そうだ、今度こういうキャラを出してみようかしら。黒幕にくっつく小物としてよさそうよね。よく喋るし。


「ああ。待つさ。さぁ、真実を話してくれ」


 私を見つめる補佐官様は窓ドンから動かない。とりあえずソファに移動することを説得し、お互いの話の擦り合せから始めた。

 私が作家であることやはり弟から流出した模様。アレンドール王国の著者が内密に警護対象者になり、護衛騎士職に勤めている弟に白羽の矢が立ち、騎士団の上層部から圧力がかけられたらしい。弟も上司命令には逆らえないわよね。しかも姉が警護対象なんて。随分物騒な話ですね。


「…確かに私がその作品を書きました。で、そもそもどうして警護対象者なのでしょうか?」

「あなたか書いた3巻の内容が酷似している事件が起きたからだ」

「…いつ?」

「発売のひと月前。内密に調査せよとの長官からの命をうけてここにいる。調べたが酷似しすぎていて関係者からのリークだでしかないと判断した。立場といい、暗殺の手法といい、あれは君の作品を先に読み模倣した者か、君自身が仕組んだもので間違いないとみている」

「事件は他国で起こっているから知られていないの?それとも知られたくない理由があって情報統制されている?私はその酷似したといわれる事件を知らないわ」

「どっちもだ。レックスフィット国に反応しなかったな。もしかして、本当に知らないのか?」

 少し疑いの眼差しが薄まった気がします。

「ええ。あれの元ネタはとある国で一部流行しているものから閃いて書いたもので、トリックは私のオリジナルよ」

「…ということは先に読んで模倣の線が強いな。君の近くにレックスフィット国につながる関係者がいるかもしれない。ちなみにその小説は?」

「…言いたくない」

 さすがにあの本を読んでいるとは知られたくない。いや、素晴らしい本なんですが、こう、美形の男性に伝えるのはさすがに恥ずかしいのです。

「…はっ。嫌疑をかけられているのを忘れたのか?向こうから訴えられたら国として君の首を差し出すことで済むならという判断の者も出てくるかもしれない。警護対象者とはそういう意味でもだ。その元ネタはなんだ?レックスフィット国のものか?」

 背に腹は代えられないのでしょうか。そういえば、この方と一緒に休憩室へ入った時点でもう社会的に騒がれていますわね。この報告もきっと上司にいくのでしょう。いっそのこと嫌がらせで報告させてやろうかしら。氷鉄の補佐官が私の読んだ本のネタを上司に報告する姿、なかなか笑えるわね。恥じらうのかしら。いや、やっぱり私が恥ずかしいわ。無理よ。

「本当の事を話して?」

 私が目を合わさずにソワソワしているところ、ソファから立ち上がり、手を重ねて上目遣いで聞いてきました。無駄に美形。

 無性に腹が立ちます。その顔、分かっていてやっているのかしら。

「その、恋愛物語で、南国の一部の方々にとても人気の本ですの、タイトルは『僕と君の秘密~お仕置きは夜明けまで』ですわ!」

 恥ずかしかったので一息で説明しました。

「…わかった。その本を調べよう。他には」

 ええ、調べて驚いてくださいまし。私は特に男性同士の友情から恋愛への抵抗は感じませんでしたが、男性はあまり好まないと耳にしているのです。読み始めて、動揺するその姿を想像してなんだか笑えてきました。果たして最後まで読み切るのでしょうか。

「特に思いつかないですわ…作品として何が参考になるかもわからないので基本何でも読みます。良く読むかと聞かれても、作品として優れていると聞いたものならジャンルを問わず読むようにしてますの」

 そう、私は何でも読むのです。その系統のばかり読んでるイメージにならないように説明をしておかなければなりません。これから読む本の内容が億劫でしょうね。嫌がらせしているような気分になってきました。乙女に恥ずかしい説明をさせたんですもの。これくらい当然よね!
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