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海辺の家
第13話 海辺のスローライフ
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その日、ネーヴェはアンナの話を詳しく聞いて、おおよその状況を把握した。
アンナは漁師の妻だ。最近の戦争で徴兵された夫に代わり、釣り船くらいならと、生活のために海に出ている。
釣り船は使い込んでいるため、船体に海藻やフジツボが付着しており、付着物が波に揺られるせいで真っ直ぐ船体を進められない。掃除をして、付着物を落とす必要があった。
フジツボや海藻について、山育ちのネーヴェはうまく想像できなかった。しかし、山でも同じようなことはある。例えば、屋根や壁は、手入れせずに放っておくと雨漏りし、しまいには草木が生え始める。フジツボや海藻は、山でいう雑草かキノコのようなものだろうと、ネーヴェは置き換えて理解した。
ネーヴェの経験上、専用の道具なしに掃除すると、手間や時間が掛かる。便利な薬や道具があるのであれば、使うに越したことはない。
「私と一緒にパオロさんの元に行きましょう。交渉して、値段を下げてもらうのです」
後日あらためて、アンナと共にパオロの家を訪ねる約束をした。
ネーヴェは護衛を連れず行くつもりだったが、パオロの住居は治安の悪い路地に近い場所だったため、護衛の騎士たちは反対した。
「せめて、男の騎士を一人、伴に付けて下さい」
そう頼んできたのは、騎士の一人ステファンだ。
彼はいかにも貴族出身の優男だが、同行している三人の男性騎士のうち、他の二人は無骨なタイプなのでバランスが取れている。
「俺たちは、女王陛下に忠誠を誓った騎士です。もっと信頼して頂きたい」
今にも跪きそうな彼を、ネーヴェは慌てて「信頼していますから」と制した。
いつの間にか女王親衛隊なるものができており、ステファンはそこのメンバーらしい。今回の旅行に付いてきたのは、ネーヴェを慕う近衛騎士の一部だ。特別な報酬も出ないのに、自主的に志願して来ている。
女王のファンだという家臣はちらほらいて、しばしばネーヴェを困惑させた。
私の顔が綺麗だからかしら……?
ネーヴェは自分の容姿が理由かと思っていたが、実はステファンをはじめとする親衛隊のメンバーは、外面より内面、女王の気配りや誠実さに心酔している。
ステファンは恭しい態度で続けた。
「ニーノはどうでしょう? あいつは庶民出身なので、邪魔にならないと思いますよ」
「そうね……」
三人の男性騎士の中で、ニーノだけは田舎の農家出身だった。
女王就任と同時に、前王の近衛騎士部隊を解散させ、新たに前王と関係の少ない騎士から近衛騎士を選出したため、庶民出身の騎士も入っている。
ネーヴェは熟考の上、ステファンの提案を受け入れ、ニーノを連れていくことにした。
「シエロ様は、どういたしますか?」
外出の計画を立てながら、シエロをちらと見る。
「俺は、壁塗りの続きをするつもりだ。海風でだいぶ壁が傷んでいるしな」
シエロは左官屋のようなことを言う。
彼はこの修道院で暮らし始めてから、外出の時以外は作業着で家の修理をしていた。黙々と取り組んでいるので、実はそういう作業が好きなのかもしれない。
「家の修理は、騎士の皆さんを使ってもよろしいんですよ。シエロ様のご用事は大丈夫ですか?」
ネーヴェは、シエロに彼の目的を思い出させた。
帝国に来たのは、太陽神の遺産を得るためだと言っていたはずだ。
他の騎士がいる手前、豊穣神復活の計画について語る訳にはいかないので、そっと匂わせた。
「用事か……俺の従者のテオが来てからだな。ここに来るよう伝えてあるんだが」
どうやら待っている間、暇だから壁塗りをしているということらしい。
それならば遠慮せず任せようと、ネーヴェは思った。
「シエロ様、ネル様も仰っていましたが、俺たちにも作業を手伝わせてください。その代わり、剣の稽古を付けてくださいよ」
ステファンが雑用を手伝うと申し出る。
「分かったが、実戦式の稽古は無しだぞ」
「やった!」
シエロが苦笑して承諾すると、ステファンは子供のような歓声を上げた。
同行する騎士たちは、ネーヴェが身辺に置いても良いと判断した者たちだ。一行には、旅の仲間の連帯感や親近感が生まれていた。騎士たちは、シエロとも良い関係を築いているようである。
海辺の生活は、思いのほか順調だ。
アンナは漁師の妻だ。最近の戦争で徴兵された夫に代わり、釣り船くらいならと、生活のために海に出ている。
釣り船は使い込んでいるため、船体に海藻やフジツボが付着しており、付着物が波に揺られるせいで真っ直ぐ船体を進められない。掃除をして、付着物を落とす必要があった。
フジツボや海藻について、山育ちのネーヴェはうまく想像できなかった。しかし、山でも同じようなことはある。例えば、屋根や壁は、手入れせずに放っておくと雨漏りし、しまいには草木が生え始める。フジツボや海藻は、山でいう雑草かキノコのようなものだろうと、ネーヴェは置き換えて理解した。
ネーヴェの経験上、専用の道具なしに掃除すると、手間や時間が掛かる。便利な薬や道具があるのであれば、使うに越したことはない。
「私と一緒にパオロさんの元に行きましょう。交渉して、値段を下げてもらうのです」
後日あらためて、アンナと共にパオロの家を訪ねる約束をした。
ネーヴェは護衛を連れず行くつもりだったが、パオロの住居は治安の悪い路地に近い場所だったため、護衛の騎士たちは反対した。
「せめて、男の騎士を一人、伴に付けて下さい」
そう頼んできたのは、騎士の一人ステファンだ。
彼はいかにも貴族出身の優男だが、同行している三人の男性騎士のうち、他の二人は無骨なタイプなのでバランスが取れている。
「俺たちは、女王陛下に忠誠を誓った騎士です。もっと信頼して頂きたい」
今にも跪きそうな彼を、ネーヴェは慌てて「信頼していますから」と制した。
いつの間にか女王親衛隊なるものができており、ステファンはそこのメンバーらしい。今回の旅行に付いてきたのは、ネーヴェを慕う近衛騎士の一部だ。特別な報酬も出ないのに、自主的に志願して来ている。
女王のファンだという家臣はちらほらいて、しばしばネーヴェを困惑させた。
私の顔が綺麗だからかしら……?
ネーヴェは自分の容姿が理由かと思っていたが、実はステファンをはじめとする親衛隊のメンバーは、外面より内面、女王の気配りや誠実さに心酔している。
ステファンは恭しい態度で続けた。
「ニーノはどうでしょう? あいつは庶民出身なので、邪魔にならないと思いますよ」
「そうね……」
三人の男性騎士の中で、ニーノだけは田舎の農家出身だった。
女王就任と同時に、前王の近衛騎士部隊を解散させ、新たに前王と関係の少ない騎士から近衛騎士を選出したため、庶民出身の騎士も入っている。
ネーヴェは熟考の上、ステファンの提案を受け入れ、ニーノを連れていくことにした。
「シエロ様は、どういたしますか?」
外出の計画を立てながら、シエロをちらと見る。
「俺は、壁塗りの続きをするつもりだ。海風でだいぶ壁が傷んでいるしな」
シエロは左官屋のようなことを言う。
彼はこの修道院で暮らし始めてから、外出の時以外は作業着で家の修理をしていた。黙々と取り組んでいるので、実はそういう作業が好きなのかもしれない。
「家の修理は、騎士の皆さんを使ってもよろしいんですよ。シエロ様のご用事は大丈夫ですか?」
ネーヴェは、シエロに彼の目的を思い出させた。
帝国に来たのは、太陽神の遺産を得るためだと言っていたはずだ。
他の騎士がいる手前、豊穣神復活の計画について語る訳にはいかないので、そっと匂わせた。
「用事か……俺の従者のテオが来てからだな。ここに来るよう伝えてあるんだが」
どうやら待っている間、暇だから壁塗りをしているということらしい。
それならば遠慮せず任せようと、ネーヴェは思った。
「シエロ様、ネル様も仰っていましたが、俺たちにも作業を手伝わせてください。その代わり、剣の稽古を付けてくださいよ」
ステファンが雑用を手伝うと申し出る。
「分かったが、実戦式の稽古は無しだぞ」
「やった!」
シエロが苦笑して承諾すると、ステファンは子供のような歓声を上げた。
同行する騎士たちは、ネーヴェが身辺に置いても良いと判断した者たちだ。一行には、旅の仲間の連帯感や親近感が生まれていた。騎士たちは、シエロとも良い関係を築いているようである。
海辺の生活は、思いのほか順調だ。
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