実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉

文字の大きさ
249 / 278
空へ続く道

第55話 秘めた想い

しおりを挟む
 聖堂ならともかく、王城から離れた森まで行くには、機を見計らう必要があった。ネーヴェは王として政務を行いながら予定を調整し、外出の準備を整える。
 目的は、妖精王に会って、異界への扉があるか確かめること。
 妖精王への手土産に、最初はビスコッティを持って行こうと思っていた。
 しかし、栗が美味し過ぎて、急遽、予定を変えてマロングラッセにした。フォレスタで栽培されている中で最も高級な品種で、一つのイガの中に一粒しかならない貴重な栗らしい。今年は豊作だったので、一番栗を女王に献上したそうだ。
 
「森の恵みをお返ししようかと思いまして、マロングラッセを作って参りましたわ」
「おお、気がきくのぅ!」

 妖精王セレスは、ネーヴェの手土産を喜んだ。
 砂糖でコーディングされた栗の表面は、陽光を浴びて霜のように輝いている。外は固いが中は柔らかくねっとりした栗のお菓子だ。

「砂糖は人間の作る中で、一番素晴らしい食べ物じゃ!」

 菓子に喜んでいる姿は、可愛い人間の少女のように見える。
 しかし地面まで伸びた白髪と、背中からうっすら輝く光の翼が、少女が妖精であることを示していた。

「セレス様、教えて頂きたいことがあります」
「なんじゃ、フォレスタの女王。そなたの頼みなら、我は何でも聞いてやるぞ!」
「それでは―――豊穣神が守る、異界へ繋がる扉について」

 ネーヴェがそう言うと、急にセレスは青ざめて、栗を吹き出しそうになった。

「なっ、なっ、そ、それはどこで聞いた情報じゃ?!」
「堕天使フレースヴェルグから、ですわ」

 狼狽し過ぎだ。
 ネーヴェはハンカチを取り出し、しかめっ面をするセレスの口元を丁寧に拭いてやった。

「シエロ様には、秘密、ですわね?」
「むぅ……」
「ここには私と護衛のフルヴィアしかいませんわ。女子同士、秘密の会話をしませんか。例えば、シエロ様について」

 話題にあがったフルヴィアは、引きつった表情で雄鶏のモップを抱き締めている。妖精は人間に悪戯をする。妖精の森に入ったら出て来られないと、まことしやかに囁《ささや》かれていた。フルヴィアは、女王というよりネーヴェ個人に好感を持っているから付いてきてくれたが、そうでなければ近衛騎士でも同行を断っていたかもしれない。
 ちなみに、本当の護衛はフルヴィアではなく、雄鶏のモップにくっついてきた火の精霊鳥だ。フルヴィアの肩にとまって優雅に羽づくろいをしている。
 妖精王セレスは、容易い相手ではない。火の精霊鳥は、せめてもの保険だ。
 彼女は、シエロの味方ではないのだから。

「シエロ様に天使でいて頂くために、引き伸ばし作戦をしていたのですよね?」

 ネーヴェが念押しのように聞くと、セレスは観念したように、ゆっくり頷いた。



 シエロは、天使引退計画で豊穣神を復活させるため、妖精と協力して苗木を育てていた。
 ところが豊穣神が宿るはずの苗木は、思った以上に成長せず、困ったシエロは妖精王セレスに助言を求める。セレスは、光が必要だと言い、太陽神の遺産を取りに行く事になった。
 ここまでの話だけでは、妖精王が怪しいとは考えられない。
 しかし、堕天使フレースヴェルグが言ったように、フォレスタに上層世界への出入り口があるなら、話が違ってくる。
 豊穣神が異界への扉の門番で、妖精が豊穣神の眷属なら、異界への扉について知っていなければおかしい。
 もしセレスが異界への扉について教えていたら、シエロは神海まで行ってルシエルに囚われるような危険を犯す必要はなかった。フォレスタから直接、神の世界に行けば良かったのだ。
 セレスが知っていて教えないのは、そもそも豊穣神復活に太陽光が必要なこと自体、嘘いつわりだからかもしれない。
 彼女は、最初からシエロに協力するどころか、邪魔をしていたのだ。
 いったい何のために?

「あなたはシエロ様が好きで、ずっと天使でいて欲しかったのでしょう。妖精は人間よりも長い時間を生きると聞きます。シエロ様が人間になったら、あなたと一緒に生きられない。だから、天使を辞めて人間に戻りたいというシエロ様を許容できなかった。協力するフリをして、時間稼ぎをした。違いますか?」

 ネーヴェは、推測をぶつけた。フレースヴェルグと話してから、ずっと考えていたが、おおよそこれで辻褄が合うはずだ。
 
「見事、見事じゃ、人の子よ! 天使ではなく、そなたに見破られると思っていなかったぞ!」
 
 セレスは手を叩いて、ネーヴェの正答を褒め称えた。

「だがそれを指摘して、何とする? シエロに言い付けるか? あやつは、異界におるようじゃがのぅ」

 にわかに剣呑な雰囲気が森に満ちる。
 返答次第では、森から返さないと、妖精王から無言の重圧を感じた。

「言い付けたりしませんわ。女子同士の秘密だと申し上げたでしょう」
 
 しかし、あっけらかんと答えたネーヴェに、緊迫した空気は霧散した。

「良いのか? あやつの引退計画に協力せんで。そなたは人間だ。このままでは、天使であるシエロと同じ時を生きられないぞ」
 
 セレスが少し困惑した様子で聞いてくる。
 それに、ネーヴェは苦笑して見せた。

「元より、あの方と一緒に生きられるとは考えていませんわ。どれだけ親しく言葉を交わしても、あの方は天使様ですもの」
「……」
「ただ、そばにいられればそれで―――」

 寿命の違いは関係ない。
 ただ一緒にいたい。
 それだけが偽らざる本音だ。
 しかし、あの心優しい男を、必要以上に傷付け、悲しませたくない。それだけがネーヴェの懸念だった。

「セレス様とシエロ様は、これからも協力して国を治めていくのでしょう。私のせいで仲違いはしてほしくありませんわ」

 フォレスタの未来のためにも、妖精王の裏切りは、ネーヴェの心の中だけに留めた方が良い。
 シエロが帰ってきたら、妖精王セレスは何だかんだ理由を付けて、豊穣神復活計画を引き延ばすだろう。彼の引退は、当分叶わない。

「シエロ様は、本当に多くにしたわわれていますね」

 天使たちも、妖精たちも、結局シエロが好きだから、彼に死んで欲しくないのだ。その気持ちは、よく分かる。

「ですが」

 ネーヴェにも、譲れない想いはある。

「短い時を生きる人間として、シエロ様と一緒にいる貴重な時間を奪われたくありませんの。準備が出来たら合図しますから、異界へ通して下さいますか。シエロ様を迎えに参ります」

 妖精王の企みを黙っている代わりに、通行の許可が欲しいと、交渉した。
 セレスはしばし沈黙する。
 そして、ややあって承諾を示した。

「……我はどうやら人の子だからと、そなたを見くびり過ぎておったようじゃ、フォレスタの女王」

 今や興味津々といった様子で、妖精王はネーヴェを見上げる。

「よかろう、そなたが我の邪魔をせん限り、我もそなたの邪魔をせんぞ。女子同士、正々堂々あの男を取り合おうではないか」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

【完結】「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...