実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉

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おかえりなさい

第76話 嘘がばれる時

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「シエロ様とお二人で? それでは私は不要ですね。行ってらっしゃいませ!」

 フルヴィアは笑顔で送り出してくれた。
 二人で外泊するかもしれないと伝えているが、誰にも止められなかった。それで良いのかと、ネーヴェは我が国民ながら大雑把な人が多いと呆れる。
 しかし、男女二人で外出とはいえ、相手は天使様だ。何があろうはずもない。あるはずも⋯⋯ないわよね?
 ネーヴェは男女の知識に自信がなくなってきた。一応、王子の婚約者だった頃に一通り学んではいるが、実践する機会は無かったのである。
 美しいが氷のようだと評されるネーヴェに、今まで誰も手を伸ばしてこなかった。王子のエミリオでさえ、ネーヴェは観賞用だと思っていたふしがある。高嶺の花のネーヴェに、誰も下世話な話を振ってこない。また、真面目なネーヴェは政策を行うことに夢中になっていたため、色事のたぐいに自ら関わって来なかった。

「行くぞ」
「手を繋ぐ必要はあるんですの?」

 森の中に入っていくのに、手を繋ごうとするシエロに疑問を覚える。
 シエロは真面目な顔で言った。

「妖精の門を使うからな。異空間は迷いやすい」

 そういうものかしらとネーヴェは納得する。
 握った手の熱さが気になったが、男性は体温が高いのかもしれないと思った。
 不自然に曲がった木のアーチをくぐり抜けると、そこはもう妖精の世界だ。
 真っ先に感じるのは、空気の違い。
 杉やヒノキの香りを濃くしたような、苔に水を含ませたような、深緑の匂いが満ちている。暖かく湿った空気が、体を包み込む。
 日が陰ったように辺りは薄暗い。
 光る蝶が、ヒラヒラと梢を飛んでいく。
 秋だからか、ふっくらとしたキノコがあちこちに生えていた。料理に使える種類か気になる。

「どこからでも、妖精の森に入れるのですね」

 薄暗い森を見回して、ネーヴェは呟く。
 それにシエロは淡々と答えた。
 
「普通の人間は、妖精の門を使えない」

 万が一うっかり妖精の森に迷い込んだら、普通の人間は帰れなくなって死んでしまう。ネーヴェは、民の間でまことしやかに噂されている妖精の悪行を思い出して身震いした。
 妖精は、人間の味方とは限らない。
 二人は静かな森の奥に進み、小さな空き地に辿り着く。
 空き地の中央には、苗木が一本すっくりと太陽を目指して伸びていた。
 シエロはネーヴェの手を離し、ポケットから金属の破片を取り出す。
 黄金色の破片は、自ら淡い光をまとって輝いていた。

「それは……」
「太陽神の盾の欠片だ。太陽の力を発散するため、光の届きにくい場所でも、苗木を育てられる」
 
 欠片を透明な硝子瓶に入れ、紐で木の枝から垂らし、苗木の上にくるように調整する。ちょうど太陽神の盾の欠片が放つ光が、苗木に当たるように。

「セレス! そこにいるんだろう! 出てこい!」
 
 シエロが呼ぶと、幼い少女の姿をした妖精王セレスが現れた。
 少女は白い髪を足元まで伸ばし、透明な光の翅を背負っている。王と呼ぶには幼すぎるが、無邪気さの向こうに人には計り知れない神秘的な雰囲気があった。
 
「太陽神の遺産を持ってきたぞ。さあ、この地に眠る豊穣神を苗木に導け」

 妖精王セレスは、困った顔をした。

「そのようなこと、我にはできぬぞ。豊穣神は時が来れば自然に目覚められる」
「それは、いつだ?」
「い、いつじゃろうのう~~」
 
 セレスの眼が泳いだ。
 どうやら太陽神の遺産を持ってこられた時のフォローをどうするか、考えていなかったようだ。
 シエロは眼差しを厳しくする。

「お前は、いつも肝心なことをはぐらかす。豊穣神をどうやって目覚めさせるか、具体的なことを言え」
「……」
「太陽神の遺産を持ってきたのは、俺の本気を示すためだ、セレス。豊穣神はどうすれば目覚める? それはいつになる?」
 
 期限まで示して問い詰めるシエロに、妖精王はさすがに不味いと悟ったらしい。
 ひきつった顔で後退を始める。

「う、うむ。答えを探すため瞑想するゆえ、しばし待て」
「本当は、豊穣神を目覚めさせる方法を知らないのではないだろうな?」
「……」
「図星か?」
 
 どう見ても、妖精王セレスの旗色は悪かった。
 それはシエロにも分かっただろう。
 彼女は「知らんものは知らんもん!」と開き直った。

「別に嘘は言っとらんし! 豊穣神が樹木に宿るのは、本当じゃ! 太陽の光が必要なのもな! しかし、それで神が目覚めるかどうかなど、我は知らん!」
「セレス」
「そのような怖い顔をせんでもいいではないか!」
 
 セレスは追い詰められた幼児のように癇癪を起こし、ふいっといなくなった。
 同時に、周囲の木々がざわめき、雨もないのに、水滴がしたたり落ちる。

「苗木が……」

 ネーヴェは目を見開く。
 さっきまで青々としていた苗木が急速に黄色くなり、しなびていく。
 まるで妖精王の機嫌を反映したかのようだった。

「っつ!!」
 
 シエロは、せっかく整えた髪に乱暴に手を入れると、うつむいて長く嘆息した。

「……妖精は嘘つきだ。そんなことは、とうの昔に知っていたはずなのに」
「シエロ様……」
 
 騙されたと嘆くより、失意と落胆が大きいのだろう。
 シエロは太陽髪の遺産を持ってくるためだけに、長い旅をしたのだ。
 
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