山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*現在* 天空の城

210 昔話

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 リュンクスが小さくクシャミをしたので、ひとまず宿に戻ろうという話になった。
 下着の上にローブを羽織ったままの格好で、足元も素足にサンダルを引っ掛けたまま出てきたのだ。露出した肌は枝がかすったのか、り傷もできていたし、尻もちを付いた時に水に濡れて服が泥だらけだった。
 
「どこかで水浴びしてから帰ろう。先輩が気をきかせて、着替えとタオルを持ってきてくれた」
 
 ノクトはショルダーバッグを肩に掛けていたが、カノンは手ぶらだった。
 
「先輩に持たせたんだ。カノンお前、自分で物を持つって発想なかったろ」
 
 リュンクスが突っ込むと、カノンは珍しく反論できないようで目を逸らす。
 
「ははは。別にカノンに持たせるつもりはないさ。もしもの時の備えは、いつでも必要だからね」
 
 ノクトは軽やかに笑った。
 旅慣れている先輩は、手ぶらで行動はしないらしい。
 三人は湖のほとりを歩き、手頃な穴を掘れる場所を探した。塔でよくやっていたように、穴を掘って水を引き込み、魔術で温水にして、お風呂を作る算段だった。
 
「カノン、穴を掘るなら、そこだよ」
 
 ノクトは、湖から少し離れた地面を指す。
 地の元素の魔術を使って穴を掘ると、底から水が湧いてきた。さすがノクトは水の魔術師、水脈の場所が分かるらしい。
 カノンは得意な火の魔術を使い、水を温める。穴を掘ったのもカノンだ。先輩は場所を指示した後は、のんびり座りこんで終わるのを待っている。
 リュンクスも手持ち無沙汰で、水をばしゃばしゃやって遊んでいた。竜の子は水滴と一緒に跳ね回っている。
 
「先輩は、火の魔術が苦手って言うけど、別に使えない訳じゃないだろ」
 
 隣で同じように、カノンの作業をぼうっと眺めているノクトに話しかける。
 
「そうだねえ。でも本当に苦手なんだよ。セイエル先生の教室に入る試験が、火の魔術だと聞いて、徹夜で練習をしたくらいだ。あの頃は、蝋燭に火を付ける魔術もまともに使えなかった」
「えぇ?!」
 
 努力と根性とは縁遠そうな先輩から、生なましい練習という言葉が出てきたので、リュンクスは仰天した。

「私は塔に入るまで、ほとんど魔術が使えなかったんだよ」
 
 ノクトの告白に、リュンクスは驚く。
 無言で作業しているカノンも、僅かに眉をひそめた。
 
「でも先輩、グラキアスの港で、少年時代に風をピューピュー吹かせてたんだろ?」
「あれは魔術じゃない。今なら分かるが、神霊の力を無意識に使ってたんだ。歌や音律で奇跡を起こすのは、神霊の能力だからね。海の神霊は、妖精や精霊とも仲が良いから、歌ったら精霊も応えてくれる」
 
 ノクトは遠い目をした。
 
「なまじ神霊の力に慣れていたから、普通の魔術師と同じ手順で、魔術を使うのが難しくてね。切り替えるのに苦労したよ。魔術に慣れた頃には、逆に神霊の力が使えなくなって、それもちょっとした試練だったな……」
 
 先輩なりに苦労をしたらしいと、リュンクスは察する。
 いつも夜遅くまで勉強しているカノンを見ているので、何の努力もなく成績を上げる事はできないと理解している。リュンクス自身だって、カノンに負けないように工夫した魔術書を作ったりしている。
 
「カノンは苦手な魔術って、あんまり無いよな? 水の元素も風の元素も、基礎は全部使えるだろ」
 
 リュンクスは、作業中のカノンに話を振ってみた。
 
「魔術はな」
 
 カノンは立ち上がり、二人を振り返る。
 
「挫折は経験している。俺にとっては剣術がそうだ。ブリスト家では、護身術程度にしか教わらない剣術に、俺は興味を抱いた。剣士を夢見たこともある。現実には、無理だと諦めた訳だが」
 
 これはリュンクスも初耳だった。
 カノンは流麗に剣を扱う。素人目に見ても、訓練を受けている動きだ。だが本職の剣士から見ると児戯《じぎ》だと、カノンは自嘲する。
 
「私達ばかりに話させて、リュンクスはどうなんだい?」
「俺?」
 
 ノクトに「不公平だよ」と笑顔で言われ、リュンクスは少し考えた。
 考えて唇を尖らせる。
 
「俺が一年生の頃、さんざんだったのは、先輩もカノンも知ってるだろ」
 
 何だったら挫折の元凶は、目の前で笑っている先輩な訳で。
 そう切り返すとノクトは「そうだったかな。年を取ると物忘れが激しくてね」とすっとぼけた。
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