山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*二年前* 選択

63 隠し事

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 息子には話していないが、クオンはきちんと魔術を学んだ事がない。薬草の効果をほんの少し上げたり、小さな火を付けたり、塔では「まじない」と笑われるような簡単な術しか使えない。
 そんなクオンにとって、目の前のジャガイモから突然芽が出るのは、奇跡以外の何ものでもなかった。
 
「すごい……!」 

 種を芽吹かせる魔術は、塔で三年学べば誰でも使える。
 しかし、ほんの数十秒で芽吹かせるのは、誰にでもできる事ではない。
 実戦でも使えるレベルの魔術は、まずもって速度が要求される。リュンクスは、塔に残るに足る技術を身に付けていた。
 
「あなたの息子は、歴史に名を残すような偉大な魔術師に成長する可能性がある。もうしばらく、塔に預けてもらえないだろうか」
「歴史?! い、いやいや……あの、学費は掛からないですよね」
「塔は、卒業生の寄付によって運営されている」
 
 簡単に言うと出世払いだ。
 実のところ無料ではなく、リュンクス本人があとあと払う事になるのだが、それは言わない約束である。
 
「お金が掛からないなら……」
 
 クオンは現実的な思考に着地した。
 ちなみに、セイエルの言い方は大げさに聞こえるが、塔に残るイコール、魔術師界隈では名のしれた魔術師になるので、全くの間違いという訳ではない。
 しかし魔術師の世界に疎い父子は、望んでも中々得られない栄誉を得たことに気付いていなかった。
 
「ところで、リュンクスの母上の事だが」
「待ってください。リュンクス、外に行ってろ。ああ、ついでにハンナおばさんのところから、卵と牛乳をもらってきてくれ」
「えぇー」
 
 クオンは母親の話になった途端、リュンクスを追い払いにかかった。
 昔からクオンは、母について話したがらない。
 後でセイエルに聞くしかないか、とリュンクスは諦めて重い腰を上げた。




 大人だけになった途端、リビングは重たい雰囲気になった。
 
「……リュンクスには、母親は死んだと伝えているようだが」
「シルヴィーをご存知なのですか?」
「シルヴェストリスは、私が若い頃、まだ塔の学生だった時に、共に学んだ仲間だった」
 
 クオンは、驚いてセイエルを見た。
 
「そうですか。では今、彼女がどこにいるか、ご存知なのですね」
「知っているが……リュンクスに母親が生きている事を教えなくていいのかね?」
 
 リュンクスは母親が死んだと誤解している。
 セイエルが聞くと、クオンは机に視線を落とし、苦悩に満ちた声で答えた。
 
「シルヴィーは、僕と息子を捨てて出て行った。その事を僕は、恨みでも悲しみでもない言葉で説明できる自信がないのです……」
 
 打ちひしがれる男を、セイエルは黙って見ているしかなかった。
 シルヴェストリスが夫と息子を置いていった理由は、察しが付いている。
 貴石級の魔術師は、魔術の発展ひいては人々の幸福と世界の繁栄のため、生涯を捧げる。多くの人々を守るために、家族や恋人を諦めなければならない時があった。
 
 貴石級一位、金剛石ダイヤのシルヴェストリス。
 彼女の真実を、けして夫と息子を捨てた訳ではないことを、セイエルは教えてやる事はできない。真実を知れば、クオンは今よりずっと苦しむだろう。
 セイエルは、深い溜め息を吐いた。
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