山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 海神の子

145 情報交換

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 ノクトの様子に気付き、セルディールは苦笑を浮かべた。

「私が怒っていると思ったのか。確かにベリアの件は悩んだが、それはお前を助けないという理由にはならないよ……その子か。お前が選んだサーヴァント属性の魔術師は」
 
 挨拶を終えたセルディールの視線が、後ろで様子を見ていたリュンクスの方に向いた。
 ノクトも、リュンクスも、内心冷や冷やした。
 セルディールが娘のように可愛がっているダリアを捨て、ノクトが選んだのがリュンクスだ。
 嫌味を言われても仕方ない関係である。
 
「リュンクス君、と言ったか」
 
 しかし、セルディールが口にしたのは意外な言葉だった。
 
「料理が得意なんだって? 君と話したとベリアは言っていたよ。君のおかげで、ベリアが私に連絡してくれた」

 ぽかんとしているリュンクスに、セルディールはにこにこ笑顔だ。
 ノクトが引きつった表情で「リュンクス?」と言ったので、リュンクスは身をすくませる。
 
「はっはっは。お前達の面白い顔が見られて、私はとても楽しい。さあ、山を降りて仕事の話をしようじゃないか。積もる話はその後にしよう」
 
 セルディールは、ノクトの肩を叩いて笑った。
 それからリュンクス達は、他のグラキアスの魔術師とも挨拶を交わした。
 灰色のローブを着た学生のリュンクスが混じっていることに、グラキアスの他の魔術師は驚いたようだが、帝国の人選にケチを付けるつもりはないようだ。差し障りの無い会話をするに留めた。

 魔術師の一団はぞろぞろと街に降りる。
 グラキアスの魔術師が複数連れ立って歩くだけでも珍しいのに、帝国の軍服を着た魔術師も同道しているので、リュンクス達は目立っていた。
 一般市民から物珍しそうな視線を感じたが、無視して堂々と歩く。許可は降りており、両国の魔術師が合同で海域を調査するという名目なので、何も後ろめたい事はない。

 海に出るのは明日で、今日はこのまま宿に泊り、グラキアスの魔術師と情報交換をする事になっている。
 一緒に食事をすると、グラキアス側の魔術師との間に漂っていた緊張感は薄れた。
 彼らは、リュンクスの連れている竜の子供に関心を示す。
 竜の子供が小さな蜜柑を頬張る様子に「可愛い」と場の空気が和んだ。「どこで捕まえたのか」と聞かれ、リュンクスはどう説明するか困った。その頃には落ち着きを取り戻したノクトが「べフレートで。彼はべフレート近くの出身なんですよ」と適当に誤魔化してくれた。
 食事に区切りが付いたところで、グラキアスの魔術師達とノクト達は、仕事の話を始めた。
 
白骨死体スケルトンが海から登ってきたということですが、ありえないんですよ。帝国の下流にあたるグラキアスの晴雲川、その海に通じる近辺は神霊の棲む領域に近い」
 
 神霊……リュンクスは口を挟まずに、耳をそばだてる。
 やはり、この海には神霊がいるらしい。
 
「神霊は陰気を好まない。あの海はいわば聖域。アンデッドが自然発生するなんて、ありえません」
「となると、誰かがアンデッドを量産して持ってきた、という事になるが」
「言うまでもありませんが、グラキアスの魔術師に、そんな大それた侵略を考える者はいません。帝国の魔術師を受け入れたのも、我々の誠意と考えて頂きたい」
「分かっていますよ。帝国もグラキアスを疑ってはいません。悪意のある第三者の仕業でしょう。犯人を捕まえたいところですが……」
「はい。魔術師が連れ立って歩くと目立ちますからね。頭のいい犯人なら、今頃逃げ出していることでしょう」
 
 グラキアスと帝国を戦争させる意図は何だ、などと、ノクト達は議論を戦わせている。
 しかし情報が不足しているということで、結論は出なかった。
 リュンクスは議論を聞きながら、二枚貝をこじ開けて皿に積み上げる。初めて食べる海鮮は美味しかった。
 
 仕事の話題が尽きると、途中から私的な会話になった。
 グラキアス側は同僚同士で雑談を始める。
 そんな中、セルディールが大人の会話に付いていけないリュンクスに気を使って話しかけてきた。

「ベリアは、ノクトに直接、連絡を取るのをためらって、私に連絡して来たんだよ。ノクトは気にしていないだろうと言ったんだがね」

 セルディールは、リュンクスに感謝している理由を教えてくれる。どうもベリアもノクトも、なかなか実家のセルディールに連絡しないようだ。
 
「ノクトは本当に水くさい。私の事を、いつまで経ってもお父さんと呼んでくれないんだよ」
 
 セルディールは泣き真似をして、リュンクスに「どう思う」と聞いてくる。
 リュンクスは慣れない仕事の連続で、そろそろ限界だ。
 必死に頭を働かせるが、疲労で思考がにぶり、上手い回答が思い付かない。
 
「リュンクス、先生に報告するんだろう。先に上がりなさい」
 
 酒宴の雰囲気になってきた事を察し、ノクトはリュンクスを先に休ませる事にした。
 適当な口実だが、他の魔術師達も「学生さんだから仕方ないな」と理解を示してくれる。
 ノクトの相棒として彼らと情報交換し計画を立てる事は、リュンクスにはまだ荷が重かった。魔術を使うだけが仕事ではないと知り、リュンクスは「まだまだ修行が足りないな」と思ったが、ここは厚意に甘えて休むしかない。
 
「リュンクス」
 
 挨拶して席を辞そうとするリュンクスの背中に、ノクトが声を掛ける。
 
「ありがとう」
 
 ベリアの件で礼を言われたのだと分かった。
 リュンクスは胸が温かくなったが、何も答えずにそのまま宿の一室へ向かった。
 
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